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第29話 今後のふたり

目が覚めると、部屋には誰もいなかった。

昨日のことは夢だったのではないか……。早苗は昨日のことを思い出していた。


会議室で鈴木と2年ぶりの再会……。居酒屋で食事をして、駅で抱きしめられ………。今はホテルのベッド。そして服をまとわずに横になっている……ということは、現実だ。おへその辺りがなんだかズキッと鈍く痛む気もする。……やはり現実だ。



記憶にはしっかりと刻まれているが、あまりにも待ち焦がれた再会だったので途中から自分の中の想像の世界かと思うぐらい夢のような時間だった。


ジャージャーキュッ………



水の流れる音がする。シャワーでも浴びていたようだ。


「あぁ、起きた?おはよう」

「お、おはよう」


単なる朝の挨拶なのに、昨日の夜を思い出して少し気恥ずかしくなり噛んでしまった。


「こ、こうた?」まだ半信半疑で名前を呼んでみる

「ん?」

「いや、何でもない」

「ふ、なんだよ笑」


鈴木に別れを告げられてから、何度も呼んでいた「こうた」という下の名前。そして好きという言葉。2年の時を経てやっと本人に伝えられたんだ。なんだか感慨深い気持ちになっていた。


「今日はどんな予定?」

「ん?昼前に出社でいいって言われているから、11時頃に向かう予定。10時頃に出ればのんびり行っても間に合うだろうし。早苗はどうするの?」

「……。んーー、今から帰って支度だと朝間に合わないから午後から出社にしようかな」

「それなら、朝は一緒に食べない?」

「うん、そうしようか」


会社に連絡をし、午前は休みにしてもらった。


ホテルの1階で朝食をとった。思い返せば、付き合う前も付き合ってからも外でこうして一緒に朝ごはんを食べるのは初めてだった。旅行ではなかったが、帰国後に二人で泊まって朝食を共にしているのが不思議な感覚で早苗はコーヒーのカップを口に当てて微笑んだ。


「何笑ってるの?」

「ん?すず……浩太が帰ってきたら旅行しようねって話をしていたけど、昨日遠出ではなかったけどお互いの部屋以外で泊まって朝ご飯食べてるのが不思議な感覚で」

「確かに。外で朝食べるの初めてだな」鈴木も小さく笑った。

「あの時、カップル 旅行でいっぱい検索しちゃった」辛かったはずの想い出が、鈴木と再会できたことで今は笑って話せるようになっていた。

「うん、俺も。出発前は我慢させていたんじゃないかと思って、帰ってきたら早苗のやりたいことすべてやろうって張り切っていた」


「あのさ……。昨日のことなんだけど、もう待たないって無理して笑おうとする早苗見たら耐えられなくて誰にも渡したくないって衝動にかられたんだよね。だけど、海外出向は延長になったし、前回みたいにまた帰れなくなる可能性もある。その事実は変わっていないから早苗の言うように待たない方がいいんじゃないか。とも思っているんだ」


「え……?」


「早苗の気持ちは嬉しいんだ。俺も出来れば一緒にいたい。でも先行きが分からないのに安易な返事をしてはいけないとずっと我慢していたんだ。あの……その……駅で別れるまでは」

鈴木は咳ばらいをした。


「いや、その……。私は、『今は分からない』って浩太が言って居酒屋でもそのまま帰ったから慰めや同情心からの行動かと……。仕事も軌道にのりはじめた時に邪魔するのは悪いと思っての言葉だったの」


「ありがとう。同情心ではないよ。ずっと考えていた、どうするのがいいかって。早苗とは一緒にいたいけれど、仕事もやり遂げたい。そして仕事をするなら戻る必要がある。その間にまた帰国できなくなるリスクもある。今回は帰国できたけれど、前と根本的な状況は変わっていないんだよね。そんな中で、またヨリを戻そう。とか待っていて欲しい。と言うのはまた早苗を苦しめてしまう可能性もある。だからと言って帰国した時だけ会うのも身勝手な気がして。それならもう待たないでいてもらって、逢わない方がいいのか。とか……さ」


早苗は鈴木の言葉を半分理解し、半分呆れた。

昨夜の出来事は何だったのだろうか。お互いが衝動に掻き立てられて、無我夢中に相手を求め交じり合ったあの夜はなんだったのだろうか……。


今までにないくらい、身も心も一つになった。強い絆で結ばれたような一体感を感じていた早苗だったが、朝になり冷静になった鈴木。シャワーと一緒に昨日の衝動や感情も水に流してしまったのではないか……。



「私は、昨日の出来事で浩太と今まで以上に距離が縮まったと思ったんだけど……違ったんだね。お互いの気持ちを確かめ合ってこれでまた乗り越えていける、立ち向かおうって気にはならなかったの?」


「それは……思ったよ。でも、守れないかもしれない約束はしたくないし出来ない。俺個人ではどうしようもない問題だとしても、結果的に早苗を苦しめる可能性があるなら応えられないよ。」


「……………。」早苗は言葉をなくした。


『…………。浩太、いや鈴木の約束を守りたい、苦しませたくないという言葉は誠実と呼ぶのか。真面目で有言実行の男だったが気持ちが通じ合ったのにそれだけでは駄目なのか…』


早苗は、呆れと怒りのような沸々とした気持ちがこみ上げ、そして昨日自分が言った言葉を思い出した。


『私…もう待ち続けるとか言わないから。まだ、心の中に鈴木はいるし、簡単に消えないけれど、仕事を一生懸命頑張っている鈴木を困らせるようなことはしないから。だから…また日本に来た時は逢いたい…日本にいる時は、鈴木の側にいさせて…。』



あの時、どんな言葉にすればこの状況は変わったのか。それとも、この言葉がなければあのまま別れていたのか。……きっと後者であのまま別れていた。そして連絡すると言いつつ、浩太は知らせてこない、とすぐに確信した。





先ほどまでは手に持つと温かさと香りで癒されていたホットコーヒーがぬるくなっていた。

『ぬるいと一気に味が落ちるんだよな…。』物足りなくなったコーヒーと浩太との会話で早苗の心も少し冷めていった。














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