7月7日の七夕に滝は入籍をした。彼女とはすでに一緒に暮らしているらしい。
「なんか結婚するまではあれこれ考えたりしたんですけど、いざしてみるとあんまり変わらないというか……実感ないですね」
「そうなの?」
まだ他にも聞いてほしい感じだったので黙っていると滝がまた話し始めた。
「役所に提出するまでは緊張しましたが、プロポーズがピークで婚姻届を出したら通常モードに戻るというか……。入籍前に一緒に暮らしていたかも知れないですけど……。」
「通常モードか。穏やかに安定した感じ?」
「まあそんな感じです。彼女の方は苗字が変わって名義変更の手続きが面倒って嘆いてましたけど。僕の方は特に。」
結婚といえば、一大イベントのような気がしたが実際は学生時代の入学・卒業みたいに人生の通過点の一つなのかもしれない。
学業と違い、結婚は誰しも通る道ではなく通らない人もいれば何度か通る人もいる。どんな選択をしたとしても本人が最善だと思う道を進めばいい。
芸能人の誰かは忘れたが、熟年のおしどり夫婦と呼ばれている人が「結婚はゴールではない。相手と寄り添って歩くスタートだ。」という台詞を言っていたのを思い出した。
滝は今そのスタートラインに立ったのだろう。表情は、幸せに満ち溢れていた。
その週の夜、珍しく鈴木から電話があった。
「あ、もしもし?今、大丈夫」
「うん、大丈夫だよ。おつかれさま」
「おつかれ、夏に帰れそうなんだけど時間作れる日あるかな?今度は夏季休暇と繋げて2週間くらいいる予定なんだけど」
「長いね。特に予定入ってないから、いつでも大丈夫だよ」
「良かった。近くなったら連絡する。」
鈴木は少し間を置いた後、ゆっくりと話し始めた。
「その時、話したいことがあるんだ」
「話したいこと?何?」
「直接会って話したいから、帰ったらゆっくり話すよ」
「え……なんか気になる」
「まあ、あんまり気にしないでいて」
「うん……」
話があると前持って宣言するくらいなのだから、何か大事なことなのだろう。
気にしないでと言われると気になる。
昔、「白くまのことは考えないでください」と言うと余計に考えるようになるという心理学の実験結果を見たが今まさにそんな状態だ。
おおよその見当もつかないが、電話口の鈴木の声を聞く限りでは悪い話ではなさそうだ。
滝が入籍したばかりだったので、もしかしたらプロポーズ?という妄想もよぎったが違った時に恥ずかしいのでその考えは止めた。
何かは分からないが、今後の関係や環境に変化があるのかもしれない。もしそうだとしたら、滝たちのようにお互いが前を向いて支えあっていきたいと思った。
生ぬるい夜風を浴びながら、缶ビールを片手に星を眺める。
「あと1か月かーーー。早く帰ってこないかな。浩太に逢いたいな」
酔ったわけではないが、自然と逢いたい気持ちが溢れ言葉に出ていた。もうすぐ日差しの照りしげる夏がやってくる。