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一章閑話

閑話 ① 「変態幼女」

「あ゛ー……ひっさしぶりの旦那様のにほひ、脳にキマリますわぁ……」


 信じられるか? 抱き着きながら俺の腹あたりで鼻をくんかくんかしてるこの見た目幼女。

 戦争を終わらせたと言われる英雄の一人、極水なんだぜ?


「ガンギマリしてるところ悪いが、いい加減自分の立場を思い出した方がいいんじゃないかな。むしろ思い出そうかおい」


「わたくしが旦那様のお嫁さんであること以外どうでもいいですのよ」


 だめだこりゃ。

 婚約者なのは事実だけど虫払いの建前って話なのにこいつはまったく。


 ていうか、いい加減エンリにしてもこいつにしても、男子学生寮に入ってくるのはどうかと思うんだけど如何だろう。


「ミューズ」


「っ!!」


「ここには極水として来たんだろう? やるべきことが、あるんじゃねぇの」


「……はい。失礼いたしましたわ、極炎」


 ぱっと身体を離し、透き通る水色の髪を手櫛で整えた後、カーテシーを決められた。


 切り替えてくれたようで何よりだ。

 ほんとなぁ、いつもこう……ってか外面モードなら完璧な英雄様なんだけどなぁ。

 まぁいいや、俺もお仕事モードになろう。


「既定路線だってことはわかった。けど、背景がわからない」


「承知しております。順を追ってご説明申し上げますわ」


 既定路線だって部分を否定されなかったってことは、やっぱり俺が学院にって話が出た時点から組み込まれていたってことだ。

 少しばかりやるせねぇなと思わなくもないけれど、国の看板を背負っている以上納得しておくべきだわな。


「まずご存じ、と言いますよりは実感なされたかと思いますが。近年国内の魔法使いのレベル低下が著しいです」


「そうだな。中々に驚いたよ、未だに信じたくないとも思う」


「事前にお伝えしなかったのは申し訳ありませんわ。ですが、こういった調査が得意な極風様配下の疾風族も戦争に関する諜報にあたっていたこともあり、内部調査へ当たる人員不足は深刻で……こうして表面化するまで掴めなかったものでして」


「民間は民間でモンスターに関する調査でカツカツだっただろうしな。いや悪い、俺のことはいいよ」


 もう一度頭を下げられてしまったが、俺にしても他の極魔にしても渦中どころかその中心にいたんだ。

 王国内部に関するゴタゴタや、国内の魔法使いがどうのって話に触れられなかったのは仕方ないと思う。


「ありがとうございますわ。あなたも想像されていると思いますが、国内で国力低下を目論む輩がいるようです。一番考えられるのは帝国の手先ではあるのですが」


「断じきれないと」


「……はい。関わりがあるのは間違いないでしょうが、証拠がありませんの。何より、短期間でここまで全体的にレベルを落とすことなどできませんし、急激にそうなったというのなら流石に王国調査部が気づきます、つまり」


「戦時中から王国内のそういった人間とつながりを持ち、深め、不自然を生まないよう長期的な計画が練られていたと」


 返事の代わりに極水が目を細めた。

 これは相当イラついていらっしゃるようで。


「現状、極魔は王国各地の復興支援やモンスター狩りに忙しいのは他国からも見てわかる事実ですわ」


「そうだな、そんな中で特別扱いしてもらって感謝の言葉もないよ」


「あら? 皮肉ですの?」


「そんなつもりはない。既定路線を実感して怒ってるわけじゃないさ。知った直前は驚き半分怒り半分だったけど」


 客観的に見て国の腰が重いのではなく、真実動き難い時期ではある。

 だから爺さんに利用されたとわかっても仕方ないかで納得できるのだ。


 そう。

 だからここは強がると言うか、大人になるべきだろう。


「カルロ様が身分を伏せるように言ったとはいえ、あなたがそうであるよう努力して下さったことに感謝いたします。今の状態を継続して頂いた上でとなりますが極炎、ルージュ・ベルフラウ。王の勅命です」


「はっ」


 片膝をついて頭を下げる。

 自然とこうしてしまうのは、やっぱりトワイス王国に仕えている自分が染みついていて、染みを落とそうとも考えていないからだろう。


「エスペラート魔法学院に所属する魔法使いのレベルを向上させ、我が国の威を取り戻し、内患を排除できるよう最善を尽くせ」


「我が身命を賭して」


 つまるところ言われるまでもなく、俺をここにやったのはそういうことだ。

 学院に一般生徒として潜入しながら、国と連携を図りつつ、学生のレベルを上げる。


 エスペラート魔法学院は王国最高峰の魔法使い養成機関だ。

 そこに所属し排出される魔法使いのレベルをあげること、それすなわち国内の魔法使いのレベルをあげることに繋がるのだから。


「もちろん、あなたの回復魔法を学ぶという目的も忘れていませんわ」


「仕事に支障がない範囲で、ということだな」


「はい。わたくし個人としては、自由にして頂きたく思っているのですが」


「ありがとう。けど、それこそ完全に極魔を辞めると言わなかった俺が悪いって話なんだろう」


 我ながら中途半端なやり方だったのは事実で、自由になりたかったのなら辞めるべきだった。

 ただ、こうして仕事の合間とはいえ一部回復魔法を学ぶ自由を認めてもくれてるし、ありがたいとも思うべきだろう。


 何より今日に至るまでにやってきたことをそのまま仕事としてやればいいだけの話でもある。

 違うことと言えば責任って言葉がついたくらいのものだ。


「わたくしも今回、エスペラート魔法学院の特別顧問理事として立場を作りました。微力ではありますが、あなたの一助になれますよう励みますわ」


「お、おう。ありがとう」


 にっこり笑った背後に危ない気配が漂っている。

 王国で舐めたことしてくれんじゃねぇか、あぁん? とでも言いたげなオーラだ。


 気持ちはわからないでもないけれど、ほんと極水は国を大切に想ってるやつだよ。

 流石最高の魔法使いと呼ばれるだけはある。愛国心や忠誠をとっても最高らしい。


「何にせよ、フォルトゥリア、だっけ? 主導的には難しいが、調査隊をある程度融通が聞く状態にしてくれたのは助かる。管理方法は任せてもらっても?」


「ラナ・マシューと獣人の件に関しては追って指示があるでしょうが、それらを踏まえて一任致しますわ」


「了解した」


 お仕事だから仕方ないなんて情けないことを言うつもりはない。

 重ねて本来の目的である回復魔法を学ぶって部分は許されているんだ、自分が頑張った分その時間が取れると思えばやる気も湧いてくる。


 頑張るしかない、ってね。


「ところで、ですが」


「うん?」


「またしばらくこうして直接お会いできる機会もないでしょうし、今お履きになっておられる下着を頂戴してもよろしいでしょうか? よろしいですね、頂きます」


「さっさと帰れ! 変態幼女っ!!」


 両手をわきわきとにじり寄ってきた最高の魔法使いサマを問答無用で部屋から叩きだした。

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