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閑話 ② 「変態との邂逅」

 誰かはあたしのことを最高傑作と呼んだ。

 でも誰かはあたしのことを失敗作の面汚しと呼んだ。


 応えたいとも、見返したいとも思わなかった。


 だってそうだ。

 最高傑作という声に応えても、失敗作の声を撤回させても、どっちにしてもお父さんとお母さんに泥を塗ることには変わりなかったのだから。


 だから別の道を探した。

 幸いにしてあたしの家はそういう家柄だったから。

 女は魔法使いの嫁と呼ばれ男は魔法使いの夫と呼ばれる、そういうところ。


 魔法使いの嫁として、成功すればきっと。

 スピアードという家名も、お父さんもお母さんも、きっと。




「改めてお会いできて嬉しいですわ、どうぞ楽になさってください」


「ひゃ、ひゃいっ! し、しつれいいたしましゅっ!!」


 きょ、極水様だ、本物の極水様だよ……ほ、ほんとに透き通るような水色の髪なんだっていうかかわいい……けど、ほんとにちっちゃいけど雰囲気あるよ……。


「? くすくす。わたくしは、楽にしてくださいと言いましたのに。この場は 責する場でも、ましてや粛清する場でもありませんわよ」


「も、もうしわけっ!?」


 む、無茶言わないでよぅ……うぅ、助けてルージュ君、クルス君……こんなことになるならリーダーなんて引き受けるんじゃなかったよ。


 笑顔だけど何か怖い。というかしゅ、粛清って。

 ……はぁ、やっぱりどれだけ小さな子供に見えても、自然とそんな言葉を使えるくらいには国の重鎮様なんだなぁ。


「そうですわね、では緊張をほぐすために少し世間話でも致しましょうか。まずはスピアード家、器の一族であるあなたと家に感謝申し上げます。日頃より我が国への尽力、まことにありがとうございますわ」


「と、とんでもありません! あたしなんか、特に何もしていませんし! 落ちこぼれの出来損ないですし!」


「落ちこぼれの出来損ないをわたくしがフォルトゥリアの長として認めると?」


「ひえっ!? ももも、申し訳ありませんっ! 身に余る光栄ですっ!!」


 何となくどころかとっても怖いよこの人!!

 え? あ、あたし何か悪いことしたっけ? し、知らないうちに極水様のお怒り買っちゃってた!?


「失礼致しましたわ。いけませんね、同年代の方とお話しする機会に恵まれなかったせいか、どうにも普通のお話というものができません。不甲斐ないわたくしを許してくださいね?」


「ふぇっ!? あ、頭を上げてください! そ、そんな! 英雄と呼ばれる方があたしなんかに!」


「くすくす、お心遣いありがとうございます」


 あーうー、ほんとに落ち着かないよぅ……。

 いくら器の一族だ、大貴族だと言われても英雄様に比べれば塵芥に等しい私だ。

 気軽に話してもらおうとすること自体がそもそも恐れ多い。


「そう、そういえば聞きたいことがあったのです」


「聞きたいこと、ですか?」


 うん、本題に入ってもらった方がありがたい。

 不敬な考えかもしれないけど、いい加減フォルトゥリアに関してのお話がしたいよ、未だにわけわかんないし。


「だんな――いえ、あなたは極炎様の婚約者であると聞いておりますが」


「っ!?」


 本題じゃなかったー!? っていうかとっても雰囲気重くなったー!! なんで??


「そ、れは」


「それは?」


 え? なんでこんなに詰め寄られてるの?

 うわぁ、絶対極水様をこんな至近距離で見る機会なんてないだろうに嬉しくない。

 っていうか大人になったらものすごい美人さんになるよね……うぐぐ。


「ルル・スピアードさん?」


「えうっ……そ、その」


 どうしよう。これって尋問、だよね? 嘘なんて、つけない、よね……。


 ううん、わかってる。

 尋問だろうがなんだろうが、誰にであってもホントのことを話した方が、良いのは間違いないんだ。

 でも他人に、ましてや英雄の一人で極炎様をあたし以上に知っているだろう人に明かせる話なんかじゃない、のも確かで。


「あたしも、詳しいことは、わからないんです」


「わからない、ですの?」


「言われるがままドレスを着て向かった先には誰もいませんでした。あるいは、居られなくて良かったと言うべきなのかもしれませんが。後になって知ったことです、そこに来ていたかもしれない人を知ったのは」


「……ふむ」


 あぁそうだ、言えるわけがない。

 自分を奮い立たせるために、極炎様の婚約者であると思い込もうとしているなんて。

 お父様とお母様が真実を言っていたかそうでないかも、関係ないんだ。


「ただ、待ち人来ずのお見合いがあったからこそ。今のあたしがある、と思います。極炎様に相応しい魔法使いに、なんて恐れ多くて言えませんが。少なくとも、そう言った時にあたしならそうだとしても納得だって思ってもらおうって、志せたんです」


 来るわけがない、来なくて当たり前。

 ショックは受けなかった、家に帰ってからもやっぱりねなんて思ってたくらいだ。


 でも、ふと気づいた。


 最初から諦めている自分は、この上なく恥ずかしいって。

 言い訳を最初から用意しているなんて、この上なく情けないって。


「どうであれ、きっかけとしたと」


「はい、失礼なことを言っているのは承知の上です。ですが、とんでもなく恐れ多いことを目標としたことであたしの脚は動きました。そうなれば自分も、家族も胸を張れるだろうからって」


 極炎様は戦争を終わらせた。

 そして私の心を燃やしてくれた。


 当の本人が何をしてくれたわけではないけれど。

 気づいた時に流した涙の熱さは今も胸に残っている。


「……いいでしょう」


「は、はい?」


「認めますわ、ルル・スピアード。あなたはまだ未熟も未熟、半人前とすら呼べない魔法使いではありますが、わたくしと極炎様の正妻をかけた女の戦いに挑む資格を持った人間であると認めます」


「は――いぃいぃいいいいっ!?」


 え? 何々どういうこと!?

 きょ、極水様って、え? 何? 極炎様の婚約者様!?


「故に、まずはフォルトゥリアで実績を挙げなさい。ライバルがこの程度などわたくしが困ります。正直に言えば、あなたがリーダーを務めると聞いて一抹の不安はありましたが、よろしくてよ。わたくしと同じ高みに早くやってきなさい」


「いえちょまっ――って、え? これなんです? しゃ、シャツ?」


「極炎様が少し前まで使っておられたものです。当然洗濯はしていませんわ」


「ひゃわっ!?」


 た、助けて!? あーもうどうしてこうなるのよぉっ!?

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