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第21話「白と黒と極炎と」

「生憎とコーヒーしかありませんが、大丈夫でしたか?」

「お構いなく。お気遣いありがとうございます」


 どうやって二人で話す方向に行くかと考えた時、メジールは意外にも自分から誘ってきた。


 改めてだがメジールは学院の教員というわけじゃなく、魔法ギルドから出向して学院内の魔法学カリキュラムを監督し監査する存在だ。


 しかし、だというのに先輩方からは教諭と呼ばれているあたり実際に生徒たちと近い距離であれこれ活動していたのだろう。つまるところ間接的にではなく直接的に学院のカリキュラムを操作した可能性が高い。


「気遣いというのなら、こんな場所しか用意できなくて申し訳ありませんね」

「とんでもない。一度、あなたとは話をしてみたかったと思っていました、場所なんてどこでも構いませんよ」


 俺の返事に穏やかな笑顔を浮かべるメジールだが、事前に人物像をある程度知っているだけに胡散臭いという感想が思い浮かぶ。

 なんなら用意してくれたらしいこの相談室には防音の魔法結界まで張られているし、警戒しちゃうよね。


「さて、ルージュ・ベルフラウ君。まずはルージュ君と呼んでも?」

「お好きに呼んで下さればと」

「ではルージュ君。こうしてキミと話したかったのはお察しかも知れないですがバトルロワイアルに関してです」

「この間告知があった催しのこと、ですか。俺に聞かれてもというのは本音の部分ですが」


 多少優秀で将来有望な新入生であればこんな感じの返答になるか。

 メジールの顔を伺っても特に表情の変化はない。相変わらず胡散臭い笑顔のまま。


「そう冷たくあしらわないで下さい。知らぬは本人ばかりなのかもしれませんが、教員たちの間でキミは有名人です。もちろん、将来有望な新入生であり既に一角の実力者だとね」

「過分な評価でしょう。たかが操作魔術に多少秀でているかも知れないだけの未熟者です」

「……やれやれ、謙遜も過ぎれば時に嫌味だとルージュ君は知るべきですね。あるいは、だからこそ先のような衝突が生まれてしまうのかも知れませんが」


 謙遜というよりあまり目立ちたくないが故ではあるけれど、手遅れ感はあるか。


「失礼いたしました」

「構いませんよ、向上心故のことと認識しています。そしてそんなルージュ君に、今日は少し頼みごとがありましてね」

「頼み事、ですか」


 けどやっぱりまぁ胡散臭い。

 物腰柔らかい初老の男、モノクルをかけた好々爺然とした雰囲気よりなにより。


「来月から行われるバトルロワイアル、安全管理を目的とした監視側として働いて頂けませんか?」


 ……強い。

 こうして相対しているだけで伝わってくる魔法的な圧力はかなりのものだ。

 これは意図的にだろうな、言葉とは裏腹に新入生だとまだ侮ってくれているからこそ知覚できないと踏んで魔力を持って圧力を放ってきている。


 まったく、今まで国のレベル低下をずっと懸念していたというのに。

 アイネにしてもそうだが、やっぱり実力者はまだまだいるもんだ。


「少し、言葉の意味がわからないのですが」

「何、簡単な話です。順当に行けばルージュ君、あるいはフォルトゥリアのメンバーが勝ち抜くことでしょう。それは目に見えている。だからこそ、勝利を目標とせずに動いては如何かと思いましてね」


 そう話すメジールの顔は純粋に俺のレベルアップを願っているかのように見える。

 確かに、勝ち残りを勝利や目標として動くのなら俺が得られるものに大したものはない。

 無いが、監視側として動くことで学院生全体の状態を把握できるし次の一手への材料とできるだろう。


「なるほど、ですね」

「如何でしょうか? もちろん、ルージュ君の名誉を傷つけないよう配慮も致しますよ」


 ……やっぱり、今回に限っては事前の情報収集ってのは悪手だったのかもしれないな。

 一部分でも知ってしまったからこそ判断が難しい。

 極水という信頼できる相手がメジールのことを善だと言ったが故に、この提案の裏を見えにくくしている。


 でも。


「メジール教諭、あなたが謙遜が過ぎると称した俺はこれでも欲張りなタチでして」

「欲張り、ですか」


 俺の直感が言っている。タダでは・・・・乗るな、と。


「そう、欲張りなんです。俺はこの学院で回復魔法を学ぶために入学しました。ですが、その過程で得られるものは回復魔法に繋がらないだろうことであっても取りこぼすつもりはありません」

「……素晴らしい姿勢だと感心しますが、であればなおさらこの提案が身になるかと思いますよ」


 もちろん身になるだろう。

 普通を考えればこんな提案は異常とすら言っていいものだ。

 誰がちょっと有望そうな新入生にこんなことを提案するというのか。


「わかります。だからこそ、はい。もしそのご提案に頷くのであれば、俺は普通にバトルロワイアルへと参加しながら監視側としても動くという条件に応じて頂けるのならになります」

「な……」


 このメジールの表情を見て確信できた。


 名誉に傷がつかないように計らう。

 それはつまり、こいつは異常だからというレッテルにも似た何かを貼られるということ。


 確かに俺、俺たちフォルトゥリアはこいつらだから認められたという承認を貰うために動いているが、こいつらだから仕方ないという諦めを貰うためには動いていない。


「如何でしょうか?」


 同時に、ようやく裏の顔が見れたとも思う。

 諦められてしまえば反発や競争は生まれない、それこそが目的なんだろう。


 つまるところ。


「前言撤回いたしましょう、ルージュ君。キミが謙遜上手なんてとんでもない」

「ええ。謙遜なんて、俺から最も遠いところにある言葉ですよ」


 メジールは黒、そういうこと。

 極水が言うように、使われているのか自分の意志でかまではわからないけどな。


「やれやれ、私も人を見る目が曇ってしまったようだ」

「当人を前にして言う言葉じゃないかもしれませんね?」

「予想以上で期待以上という意味ですよ」

「額面通り受け取っておきます」


 何にせよ、吐いた言葉は飲み込めない。

 ミスか、これすらも織り込み済みかは別として、学院側でそういう動きがあると俺に言ってしまった以上もうどうしようもない。何を言っても後の祭りだ、潔く事実を抱きかかえてもらうとしよう。


「わかりました。その条件で結構ですので、詳しい話を聞いて頂いても?」

「もちろん。良い機会……いや、ありがたい機会を頂き感謝します」


 あぁありがたい機会だよ、動きにくくなったのは確かかも知れないが、これでより裏を見やすくなるから。


 そうとも、俺はまだどうしての部分が掴めていない。

 起きてしまっていることに対して動いてはいるが、それぞれの動機や目的が掴めていないんだ。


 それを知るためにはやはり、暴くしかないというのが悲しいところだね。

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