「まあ、テツじゃないと関心持たないことかもしれないなと思うけど」
鷺沢はiPadを取り出し、写真を見せた。
「これ、あそこを通る上野東京ラインや湘南新宿ラインや東海道線の列車のE231系、E233系。国府津と小山の車両センターに所属している車両だ。でも佐々木さん、あんまり乗ったことないでしょこの電車」
「まあそうだけど」
「とくに海老名署にいたりするもんね」
「海老名署の何が悪いのよ」
佐々木はまたイラッとした。
「失敬。でも、駅で聞いたことない? 『今度の列車は、長い15両編成で参ります』って」
「聞くけど」
「じゃ、短い編成もあると思う?」
「わかんない」
「普通はそうだよね。僕は知ってたけど、まさかこれに絡むとは思わなかった」
次の写真を見せる。
「え、なにこれ」
その写真は、電車の先頭車同士が連結しているところだった。
「今回の事件で当該となった15両編成の湘南色というオレンジと緑の帯を付けた列車は、1号車から10号車までの10両の基本編成と、11号車から15号車までの付属編成が連結して走っている。そして前向きになっている先頭車は、本当の先頭と」
「中間連結の先頭車!」
「加藤さんさすがだね。そういうこと。そしてガムテープ弟が当たったのは先頭の15号車の先頭車ではなく、中間の10号車になっている先頭車だった」
「そんなことが」
「鉄道会社もそれが分かって、すごく困惑したみたい。そりゃそうだ、最高速120キロ運転する列車の中間連結部に突っ込んで死ぬなんて普通はなかなかない。やろうとしてできることでもないし」
「でもそれをガムテープ弟がやっちゃったの?」
「そう。でも狙ってもほぼ無理なことを事故でやるのは偶然が過ぎる」
「じゃあ、事故死じゃなくて……他殺?」
「おそらくそうだと思う。それで、四十八願に近辺のライブカメラの動画を調べさせた」
「警察でもないのにそんなことして!」
「まあ、警察にやってもらってもよかったんだけど、のんびりもしてられなくて。そしたら、出てきちゃったの。もみ合ってるガムテープさんと誰かさんの姿が」
「えええっ。殺人事件そのものじゃない!」
「というわけで石田さんに相談した。橘とも一緒に」
「それなのに立件できなかったの?」
「そう」
「まさかとは思うけど、なんで?」
「その相手が例のやばい国の人間だってのが分かっちゃったからね。それも鉄道に破壊工作するところだったらしい。そいつはガムテープ弟を殺してまんまと脱出、今我が国に作られたその国の秘密施設で保護されていて、それを警察公安部が監視してる。でも監視はしてても手は出せない。出したら外交特権使われて話がご破産になるだけだ」
「なんてこと! ガムテープ弟さん、その破壊工作を阻止したの!?」
「そうなる。それで命を落としたことになる」
加藤も佐々木も言葉を失った。
「いくら悪質撮り鉄でも露骨な破壊工作は看過できなかったんだろうし、それには心の中のお兄さんが動いたんだと思う。撮り鉄ができる平和を、どこまで考えたかはわからないけどガムテープ弟は守ったことになる」
「でも……ひどい!」
「またしても真相は公開できない」
佐々木はまたケータイでタイムラインを見た。
そこでは何もこんな実相を知らぬ者たちが、互いを貶め合うSNS喧嘩をまだ繰り広げていた。
「せめて地獄の釜の底を這いつくばって貶めあってる自覚を持ってほしいと思うよ。そして、それを見下して喜んでるクソ野郎たちの存在を見失うな、と」
鷺沢はそう言って、口を歪めた。
「ぼくのような障害者、とくに精神障害者を狂ってるっていう人もいる。でも、狂ってるのはどっちだ、って気になる。まともな神経じゃ、耐えられない」
佐々木はうなだれた。
「でも、まだ、のぞみはあると信じたい。これをすこしでもまともに戻せるのぞみを」
鷺沢はそう言って佐々木を見た。
「だからぼくは、あなたに期待してるんです」
佐々木は、答えられなかった。
〈殺人者は鉄道会社? 了〉