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第34話 被害者は日本国民?(4)

「現場は目白駅前のマンション、ラ・メゾン目白台。3時間BCP職員用宿舎として財務省に指定されている官邸職員用宿舎だ。当該はその3時間BCP要員、内閣官房緊急参集チームの一人、内閣官房参集チーム事務局の主査・白石真理子、54歳。状況から自殺未遂と思われる。発見者は隣の部屋の住人で、回覧板を届けにいって、ドアが少し開いていることを不審に思い警察に通報、急行した目白台交番のPB員(制服警官)が白石を発見し救急通報、白石は現在救急車で2次救急の悦伝会目白病院に搬送。現在意識不明の重体だ」

「なんでまた……」

「白石は内閣官房事務局として総理の元旦沖縄演説の計画作成に関わったらしい」

「まさか、今回の失言の原因を作ったことを気に病んで?」

「その可能性はあるだろうな。ネットでは沖縄演説自身、なんで? って意見が強い。それに新華社通信も中国外務省もまだ沈黙しているけど中国のSNSは『日本が沖縄を見捨てた』という論調で盛り上がっている。いずれ新華社通信もそれに追従するという見方が自然だ」

「まさかこれで国際トラブルに」

「あり得る。かつて一発の銃弾が世界大戦を引き起こしたこともある。現代ではその弾丸はフェイクニュースが代わりになりかねないのは昔から危惧されていた」

「ということは、この事態の黒幕をこれで得する者と仮定すると」

「またしても間接侵略を企てているならず者国家かもしれない」

「その圧力を白石さんはまともに受けてしまった」

「かわいそうと言えばかわいそうだ」

 鷺沢はうなった。

『とりあえず俺は今、その現場にいる』

 石田刑事の声が聞こえる。

「えっ、目白は警視庁の管轄で、なんで私たち神奈川県警が?」

「それは今説明している時間がない。今からケータイで現場を映すので、気づいたことを言ってくれ。時間がないんだ」

 すぐに四十八願が石田の送信する画像をマルチモニタの一番大きな画面に映した。

「とくに不審なとこはない……突然自殺しようとしたのかな」

「遺書はありましたか」

『いや、みつからない』

 そのとき、鷺沢が気づいた。

「石田さん、そのローボードの上にあるの、忘れな盆じゃないですか?」

『そうだろうな……。載っているのは携帯電話、腕時計、鍵、財布……まあ普通だ』

「その鍵のキーホルダー、見えます?」

『ガラス瓶になってる。毒薬かな。花やビーズが入ってる』

「かわいいですね」

「その瓶、多分栓の所、ちょっと見てください」

『あ!』

 石田がいじると、その栓が外れて中から出てきたのは銀色に輝くUSB端子だった。

「USBメモリだ!!」

『分析に出す!』

「お願いします!」

 四十八願は腕を組んだ。

「でも、妙ですよね。まず家の中を荒らされた痕跡がない」

「そりゃ自殺だからじゃないですか。玄関も少しあいてたみたいだし」

「突然の自殺だとすればそうでしょう。でも、人間って意外と自殺を選ぶには抵抗があるんです。まず元気だとネガティブな感情を乗り越えてしまう。自殺を思うには長い時間の疲労とストレスで生命力を削られてないとなかなかできない。とくに大人、高齢になっていくとその傾向が強まる」

「白石さんはもともとそういう鬱の傾向、病歴があったのでは?」

「だとしたら内閣官房事務官を務めているような聡明な人です。病院で向精神薬でも処方してもらうぐらいは普通に思いつくんじゃないでしょうか。でも部屋の中にそのための処方薬がみあたらない」

「でも薬袋はあるわよ」

「そう。でも見てみるとそれはどうやら心臓病、それも微細血管狭心症の薬ですね」

「何? その微細血管なんとかって」

「MVAともよばれる疾患で、心臓表面の冠動脈にある細動脈、前細動脈の拡張不全や攣縮れんしゅく、けいれん性の収縮で狭心症状をおこすものです。閉経後の女性に多く、女性ホルモンの関係で起きると考えられています」

「じゃあ白石さんは」

「その病気はちゃんと対策してて、病院にも通っている。それなのに長期の鬱症状とか強いストレスがあったら医師に訴えるのは自然だし、医師もそれに弱い抗不安薬を処方するのも普通でしょう。でもそれが処方されてない」

「白石さん、なんともなかったの?」

「そうなるでしょうね。石田さん、白石さんの自殺未遂、手段はなんだったんです?」

「ドアノブにタオル引っかけての首つりだよ。こんなので自殺できるとは思えないのが普通だが、ある特定のやり方をすると本当に死んでしまう。だから詳しくは言えないんだ」

「ありがとうございます。でも、これ、本当に白石さん、自殺しようとしたんでしょうか」

『たしかに。密室でもないし、首つりに偽装するのは他人でも出来るかもしれない』

 佐々木は目を見開いた。

「じゃあ、他人による殺人未遂!?」

「その可能性がありますね」

『第一発見者の隣人を大塚署が拘束して事情を聞いている』

「ありがとうございます」

『ただ、白石さん、容態がよくないらしい。今夜が峠かも』

「そんな」

「医療チームを信じよう。我々はそれより犯人を捜すんだ。総理に失言演説をさせたやつと、その責任を負わせて自殺に見せかけようとしたやつを。どっちもくそ野郎だ。絶対正体暴いて償わせるんだ。もしこれで戦争になったりしたら、総理も白石さんもだけど、最大の被害者は日本人みんなだ。普通になんの罪もなく平和に暮らしてるのにこんなこと仕掛けられて挙げ句の果てに戦争なんてたまらない」

「だから外患誘致って刑法で一番重い罪なんでしょうね」

「そうだ。そんなことさせてたまるか。でも日本人も中国人もこのままだとネットでの誹謗中傷を現実世界に拡大させかねない。その行き着く先が武力衝突になるかもしれない。なんとしても真相を解明して、その前に停めないと」


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