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第33話 被害者は日本国民?(3)

「でもなあ、考えれば考えるほどおかしいわけで」

 大臣の公用車とトラックの車列を見送りながら鷺沢はぼやいた。

「そもそも正月になんで総理演説なんだよ。普通こういうのは仕事始めからじゃない? 正月は短いお祝いメッセージだけってのが普通だろ。政治家の正月ってのはそれより地元選挙区に戻って休んで、地盤固めの挨拶回りするにおが普通じゃないのか? 森下総理、そんな選挙に強いとは思えないんだけど」

 四十八願が何かを調べている。

「森下さん、たしかに10万票もらって前回の選挙で当選してるけど次点の野党候補、3万票も取ってますね」

「現役の自進党総裁にしてはあんまりみっともいい選挙じゃないよね」

「じゃあ、よけい地元に戻らなくちゃいけないじゃない」

 佐々木もそう言う。

「それだけでなんでまた沖縄なんて行ったのかがまず疑問。そして最大の疑問は、なんであんなこと言っちゃったのか。可能性としては『本当にそう思っている』」

「そんな訳無いと思うけどなあ。売国奴だって批判されるのはあきらかでしょ」

「あるいは『無理に言わされた』」

「脅迫を受けているようには見えなかった。あとはお金でもつかまされたのかと思うけど、総理がそんな簡単に買収されるとは思えないし」

「もしくは『そう言うように仕向けられた』」

「それはよくわからないわね……どうやったらそんなことができるんだろう」

「買収の線はないと思う。森下さん、地元では森下セメントを中心とした企業グループを持ってる。お金に困ったことはない」

「じゃあ無理に言わされた方向はないのかな。でも仕向けるって、どうやったんだろう」

 そのとき四十八願が口を開いた。

「ちょっと気になって調べたんです。人間が思ってもいないことを言っているように仕向けられる可能性。それにはなんらかの技術を使われたのではないかと」

「技術!?」

「それはまず3つ考えられます。1つめは脳への操作。脳のハッキングみたいなものです」

「そんな」

「実はいくつか研究があるんです。人間の精神病治療に研究の進む強力な磁界を使う方法、あるいは頭蓋に電流を流す方法で脳の中に影響を与えられることが見つかっています。またアメリカのキューバ大使館で2016年から2017年にかけて起きた事件で、アメリカ外交官とその家族がめまいや頭痛、耳鳴り、吐き気などの症状を訴えました。アメリカはキューバが音波攻撃を大使館に向けて行ったと強く非難したけれど、キューバ当局は強く否定。でもこの事件は『ハバナ症候群』として広く知られました。その原因についてはキューバの攻撃だけでなく、アメリカが大使館に仕掛けた盗聴防止装置や虫除け装置などがそれぞれ出す超音波が干渉して起こした超音波の影響との説もあります。

 またキューバだけでなく中国でも米外交官がマイクロ波攻撃にさらされ脳神経にダメージを負った疑惑もあります。マイクロ波兵器はまだ研究途上であり、その最新のものがどういう能力を持つかは未知数。しかし気づかないうちに脳に影響を与えうると考えられ警戒されています。とはいえその実態調査にアメリカはキューバや中国に送って被害に遭った外交官の支援に専門チームを設立して調査に当たりましたが、真相も加害者も未だに不明。でもこの手の技術が重大であらたな戦略的脅威であることは認識され、国際的な論争や緊張の種になっています」

「あり得るのか……でもあそこで総理だけ狙ってそんなことは出来るんだろうか」

「もう1つはディープフェイク技術を使った上書き。総理の発言は直接聞いた人々もいますが、今多く出回っているのは動画ファイルですし、発言は音響機器で録音されながらスピーカーで拡大されています。その音響機器を通るあいだに別に用意された問題発言の音声とすり替えられ、総理のほんとうの発言を上書きされた」

「出来そうな気がする……」

「総理の声をデータ的に取り込んで任意の言葉に置き換えるAIボイスチェンジャーはすでに存在しています。あとは前後とうまくリアルタイム編集を行ってしまえば、総理が何を言おうとも別人がなりすました言葉に差し替えが可能です。それはそれほど技術的に難しくない」

「じゃあコレかな……」

「でも総理はそれを否定している。たしかに言ったはずのない言葉が報道されればもっと驚いても良さそうなものだと思います」

「そうね……」

「最後の可能性は仮想現実です。仮想現実技術は悪用すれば人間を深い錯乱に追い込めます。それだけ強力な技術です。総理をそれに取り込んで、徹底的に精神的に錯乱させれば総理が何を口走っても不思議ではない」

「でも総理の表情は普段通りだったわ。そんな錯乱のそこにあったとは思えない」

「そうですね……でも、総理動静の報道見てたら、あの首里城での演説の前に、OIST、沖縄科学技術大学院大学の研究を視察しています。OISTは理工学分野の5年一貫制博士課程を置く学際的大学院大学。世界最高水準の研究拠点として政府が設立したもので、光学ニューロイメージング、分子神経科学、機械学習とデータ科学、発達神経生物学、知覚と行動の神経科学、神経回路、神経情報・脳計算、神経活動リズムと運動遂行、計算脳科学、記憶研究、認知脳ロボティクス、身体性認知科学といった脳・意識関係の研究ユニットが存在します」

「じゃあ、そのときになんらかの操作が」

「普通そう思いますよね。大学側は当然猛烈に否定してます」

「そりゃそうだ」

 鷺沢が息を吐く。

「でも、このOISTの研究を使えば3つの操作のどれかは実施できてしまいそうに思います。今それで捜査が行われています」

「そりゃそうだ、最盛期からだいぶ衰えたとは言えまだまだ経済力があってG7にも残ってる国の宰相の発言がいじれるなんてなったら世界的にも不安が広がっちまうよ。やれやれ、とんだ正月スピーチになっちまった」

「幸いテレビなどはお正月番組流しててニュース少ないので余り影響ない感じです」

「テレビ局も正月休みだもんなあ」

「ただネットは大荒れですよ」

「ネットに休日はないもんな。というより休日のネットはむしろヤバいか」

「暇人が集まってきますからね」

「それもろくでもない暇人ばかりだ」

「どんどん話が過激になってる……」

「佐々木さんもドン引きするレベルだもんなあ」

「どういう意味ですか」

 佐々木が抗議する。

「やれやれ、お正月が台無しだよ」

 でもマジックパッシュの中では子どもたちはいつものように宿題をしたり、思い思いに遊んだりしている。それを包むように下がった寒さよけの薄いカーテンが揺れ、いかにも優しい感じの室内に演出されている。地域の人々の心づくしである。

「この子たちの未来はどうなっちまうんだ」

 鷺沢はそう言った。

「もうちょっとまともな世の中にしてから引き継ぎたいと思っちゃうけど、どうしてこうも悲惨なのか」

 佐々木も同意する。

「でもこの件、ここまで調べたけど、これで当然終わらないだろうな」

「やめてくださいよ……」

 佐々木が眉を寄せて嫌がったとき、そのケータイが鳴った。

「うわ、こんなときに」

 とった佐々木の表情が変わる。

「どうしたの?」

「もう! なんでそうなるんですか!」

 佐々木の慟哭の声が響いた。


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