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第36話 被害者は日本国民?(5)

「でも白石さん、殺されかけたのに抵抗しなかったんですね。普通は抵抗して部屋の中がごちゃっと荒れそうな気がするんですが」

 四十八願がそう疑問をいう。

「首つりに見せかけた絞殺なら、抵抗した痕跡は普通にあるだろうね。どうも何かがおかしい」

「なんでしょうね……。そもそもなんでまた石田さん、警視庁管内に行ってるのかも」

 佐々木も困り顔になっている。

「聞いてないの?」

「ええ。でも、石田さん、年末からなんか大きな事件追っかけてるって忙しそうでした」

「大きな事件?」

「それを全然教えてくれないんです」

「でも石田さんがいつもみたいに燃えるような大きな事件って言うと、なんだろうな」

「それと総理の失言演説事件。つながってるのかな」

「うむーう」

 四十八願はアヒル口になって黙り込んだ。

「四十八願、なんかわからない?」

「まったく。雲つかむみたいな話ですよ」

「雲、か」

 鷺沢はマジックパッシュのリビングで、ケトルからお湯を注いでドリップオンのコーヒーを入れている。

「鷺沢さん、それ気に入ったんですか?」

「この前の鉄道模型展示の準備でホテル泊まったらこれが部屋に備え付けられてて美味しかったからね。インスタントコーヒーよりも良いと思った」

「コーヒーメーカーは」

「あれはめんどくさいのよ。胃に悪くてそんな多く飲まないから効率悪いし」

「佐々木さん、ここにいて良いんですか? ここ数日ずっとここにいるけど」

 四十八願が聞く。

「石田さんもいないし、そもそも正月の署は御用始め前で私のいる部署は仕事できないのよ。それだったらここにいれば資料もあるし、人もいるし」

「そうなんですか」

「雲……」

 まだ鷺沢は繰り返している。

「なんか、こういうときにアイディア降ってきませんかね。雲の上からみたいにふわっと」

「雲の上から降ってくる」

 佐々木の言葉をまた鷺沢は繰り返した。

「雲……」

 四十八願も繰り返した。

 そして、寸時の間のあと、3人は声を揃えた。

「雲、クラウド!?」

 そろった声に3人はまたびっくりした。

「でもなー、こういうときのクラウドってなんだろう」

「事件の真相をアップしたGoogleドライブみたいなもの?」

 そう鷺沢が言ったとき、四十八願がPCに飛びついた。

「そうですよ、クラウドですよ!」

「えっ」

「政府はデジタル庁を設置して今、政府のIT化で『ガバメントクラウド』を推進しています。そのうち各省庁のシステムは8年以内にクラウドに移行する『クラウド・バイ・デフォルト原則』によるクラウド化を決め、そのうち人事給与や文書管理は米Amazon傘下のAWS、Amazon Web Serviceに発注する調整をしています。2026年までに300億円かける見込みです、また機密性の高い情報管理ではそれに加えて国産クラウドを採用する方向です」

「国産クラウドってどんなのがあったっけ」

「NTTコミュニケーションズ、富士通、日立ソリューションズ、IIJ、さくらインターネットが公募に応募してます」

「さくら……あんなとこまで。なんかすごく懐かしいけど、大丈夫なの?」

「さくら、侮れないですよ。日本のインターネット黎明期からの会社ですけど、2015年には東証一部上場してるし、ISMS認証の27001と27017も取得、2021年12月には日本政府のセキュリティ評価ISMAPにも認められてるんです」

「そうなのか……なんかネット黎明期のレンタルサーバのイメージが」

「そのころからもう30年近くにもなりますからね」

「でもその政府クラウドがどうしたの?」

「私も忘れかけてたんですけど、政府の機密情報管理用国産クラウドのプロジェクト、私もおととしから参加してたんです」

「うっ、本当?」

「権限はそれほどでもないですけど、去年末から官邸周りで起きてたことは調べられます。それでやってみたいことがあって」

「四十八願……君が凄腕なのは知ってるけど、ほんと、大丈夫?」

「まーかせて、といいたいところです」

「ネタが古いよ……四十八願、君は本当は何歳なんだ?」

「というわけで試作中の政府クラウドに探りを入れます」

 マルチモニタを見る四十八願の目が妖しく光る。

「ちょっとここからは手強いけど、たぶん、と思うんですが、官邸のこと、佐藤大臣もなにか言わないでごまかしてる気がします」

「本当?」

「推測ですけどね」

 四十八願はそう言いながらPCを操作している。

「じゃ、佐々木さん、ちょっと我々は目白に行きましょうか」

「えっ、現場検証に入ることはできませんよ?」

「でも石田さんと話はしやすいんじゃないかな。ここにいても四十八願の集中の邪魔にしかならないし」

「……まあ、そうかもしれませんけど、パトカーはダメですよ」

「電車で行きましょう。その途中で話したいこともあるし」

「話したいこと?」

「まあ、それは道中で。四十八願、お願いな」

「はい。こっちはやっときますから」


 焼き肉店を兼ねた子ども食堂マジックパッシュの駐車場には軽自動車が止まっていた。

 佐々木がその鍵をリモコンキーで解除して運転席に座る。

「え、ミニパトじゃないんですか」

 助手席に座りながら鷺沢が言う。

「ええ。警察にも連絡用の軽自動車があるんです。ミニパトは持ってる部署が違いますし」

「そうなんですか。まだまだ知らないことばっかりだ」

 佐々木は鷺沢がシートベルトを締めたのを確認して、軽をスタートさせた。

「多分、なんですけどね」

 軽が広い県道に出たところで、鷺沢が口を開いた。

「この事件、なんとなくわかったことがあるんです」

 佐々木は怪訝な顔になった。

「それは、この事件、多分、総理は誰かをかばおうとしてるんじゃないかな、って」

「え、誰です?」

 佐々木は思わず聞いてしまう。

「それは」


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