「いま
「四十八願さんってどういう人なんですか」
「登校拒否で彼女、小学校を途中で辞めてる」
「ええっ、そうはみえない! すごく役所にしろなんにしろ詳しいじゃないですか。てっきり技術系の大学院とかで学位持ってるように思ってました」
「もともと私のビッグサイトでの鉄道模型展示を見に来る子だった。毎年展示は8月の金土日3日間やる。彼女はそのうち金曜日の開会から、日曜日の閉会までずっときて、私の模型を見ていた。それで私も声をかけて、以来の縁になる。はじめ彼女は新幹線や電車の運転士になりたいと言っていた。
だけど、それは無理になってしまった。卑劣ないじめのせいで」
鷺沢は口を曲げていた。
「あんなことがなければ、四十八願は普通に小学、中学、高校と進んで運転士になれたと思う。途中でもっと望めば大学もその先へも行けたと思う。でもいじめが全てを台無しにした。いじめをした子どもは今頃普通の生活をしているだろう。ふざけんなと思う。四十八願を追い出しておいてなにが。でも学校ってのはそういうとても不条理なところだ。加害者の権利を守ることにばかり。被害者にいじめの原因があるんだ、そう言わなくてもそう思ってる教師はいくらでもいる。まして聡明な子はそう扱われる。
教師にとっては扱いやすくて楽な平凡で愚鈍な子の方がいい。聡明で非凡な天才なんてクラスにいられたら面倒で困る。だからいじめで出て行ってくれれば安泰。政府はそういう卑劣ないじめをなくすことにしている。でもほとんどの関係者はそんなことに関心はない。
だからいじめの発生報告がヘーキで半年近く遅れることもあった。すぐ対処しよう、すぐ解決しようなんて気がハナからない。被害者の子より加害者の子の未来のほうが大事。そういう状態は今でも続いている。四十八願はそれの犠牲者だ。幸い全てがそうではなく、一人の教師が彼女と彼女の能力を理解してくれて、転校のために頑張ってくれた。でも四十八願はそれに感謝したけど、小学を辞めた。彼にメーワクをかけるのはいやだ、と思ったらしい。幼いのにそういう所が四十八願らしいけど」
佐々木は聞いている。
「そこからの苦難、多分ぼくらでは想像つかないと思う。学校や就職と言ったいわゆる普通の人間の進路はスゴく楽に出来てて、それから外れた人間へのサポートは驚くほど少ない。その上偏見も蔑視も浴びる。四十八願はそれを小学の段階からやらねばならなかった。小学の勉強そのものの理解は聡明な彼女には何でもない。中学も高校も。でも彼女にさらなる不条理が襲った。ご両親の交通事故だ」
「!!」
佐々木は目を見開いた。
「一挙に両親を亡くした彼女は悲嘆に暮れる。当然のことだ。そして相手はよりによって無保険で車を運転してぶつかってきた。普通は保険でまかなわれるものがまかなわれない。一気に四十八願は経済的にも苦境に陥った。そんななかでも四十八願は私を慕ってきてくれていて、ある日、それに私は気づいた。私は海老名市のとある部署の下にいる。制度的に四十八願を助ける方法を必死で探した。
そこでやったのがあの子ども食堂でもあり、放課後児童クラブでもあるマジックパッシュの設立だった。いろんな市の議員にも役所にも地域の人々にも頭を下げて、まず四十八願の居場所を確保した。みんな快く協力してくれた。
マジックパッシュの建物、中古建て売りと焼き肉屋のうち焼き肉屋は前から四十八願を知っていた隣人。そして建て売りは四十八願のご両親と四十八願の家だった。それを改装してマジックパッシュにして、認定NPOの申請もした。
私も必死だった。もうそのころ嫁とは離婚してて、深い無力感で鬱のどん底だった。それでも鉄道模型をやっていたのは、そのときだけ希死念慮から逃れられるから。そしてNPOマジックパッシュができた。でも収益事業をなにか見つけないと運営は苦しい。寄付金だけでこんなNPOが運営できる世の中ではない。でもそのとき、四十八願がプログラミングを身につけていた。
ほんと、四十八願は何でもやってくれた。当時はやり始めたWebサーバ設置や保守、ウェブページやeコマースサイトの立ち上げもスイスイ出来るようになってその収益をマジックパッシュの収益にしてくれた。そのうちに官公庁のシステム保守や開発もするようになり、今では各省庁から随意契約でシステム開発を頼まれるまでに至った。
それでも大学入試検定試験を取る時間がなかった。とろうと思えば簡単に取れると思うけど、彼女にその時間がない。だから最終学歴は未だに小学。そのことで絡んでくるバカは今でもいるらしい。でも彼女はそれを意に介してない。だけどそこまでの激動で彼女もメンタルを患って今も通院服薬している。
私には、どっちが狂ってるんだ、と不条理に憤りしか思えない。でも世の中はホントあきれるほどの不条理にまみれている。なかには不条理だってのを受け入れろと迫るバカもいる。そういうバカは私も嫌いだ。不条理であることと不条理を強いることは同じ訳がないし、強いるのは明らかに罪だ。それを恥もしないで何が大人だ。ふざけんなと思う」
佐々木は運転しながら、言葉もなかった。PCに楽しそうに向かっている四十八願にそんなことが。
そう思っているうちに車は海老名駅に着き、駐車場にそれを預けて鷺沢と佐々木は目白の現場に向かう。