「というわけで、お願い!」
子ども食堂「マジックパッシュ」のPCルーム。女性刑事の佐々木が片手を立てて頼み込んでくる。
「佐々木さん、なんかキャラ変わってません?」
四十八願がそう口を尖らせる。
「フレッシュジュース電車に乗りたいから、こんな話持ち込んだの?」
鷺沢も眉を寄せて困っている。
「そう思われるのは覚悟してるわ。でもどうにもならないのよ」
佐々木の声に、鷺沢は頭をかいた。
「ええと、今回の事案は総理に届いた暗殺予告の発信源解析ね。でもこんなの、警察の普通のルートで出来るじゃないの」
「今はサイバー事案対策センターもあるはずですよ」
「それが発信源、goドメインなのよ」
「え」「え」
四十八願と鷺沢はそろってあきれた。
「government、政府行政機関が暗殺を予告してきちゃったの?」
「そういうこと」
佐々木が答える。
「いやいやいや、それこそこっちもちゃんとした政府機関、警察や外務省や公安外事が扱うべきでしょう。なんで僕らマジックパッシュに頼むわけ?」
「私たち『ハイテク犯罪捜査NPO』じゃないんですよ」
四十八願も言う。
「あ、そうか、そういう言い方がしっくりくる。なんかいい言い方ないか探してた」
「あ、そうかじゃないですよ」
四十八願は更にあきれる。
「でも露骨だなー。普通こういうのはいろいろ隠蔽するもんじゃないかな。偽装企業とか偽装組織とか使ってさ」
「そう思うわよね普通。この相手の政府ってのが」
「カラハン共和国?」
「聞いたこと無いですね」
「そりゃそうでしょう。私も知らなかった。1999年にクーデターでロシア周辺の中央アジアで民族自治区だったのが当時のソ連から独立を宣言、したんだけどインドとパキスタンの地下核実験とか米英軍のイラク大規模攻撃、北朝鮮ミサイル実験、クリントン米大統領の不倫、コソボ問題でNATOがユーゴ空爆とかいろいろ」
「当時大きいニュースが多すぎて話題にならなかった、ってことですか」
「そういうこと」
「ヒドいなあ」
「でもカラハン共和国、外交通のなかでは知られてる国なのよ。元首はアリフ・カラハン。もともとトルコ系だったカラハンで民族統一党KNJを組織して選挙は毎回投票率100%で得票率も100%。アリフはそれで『カラハンの獅子』と呼ばれている」
「聞いたこと無いけど、それ聞いただけでヤバい国ですよね」
「イスラム系の国だったのだけどアリフは自分を神格化してイスラム教を弾圧してる」
「めちゃくちゃだ。でもそれでよく問題になりませんね」
「地下資源があるのよ。金とウランがとれる」
「うわあ……」
「また今ウクライナを侵略してるロシアをこっそり後ろから支援もしている。地下資源だけで無く弾薬や兵士も供給しているとか」
「めちゃめちゃだ」
「こっそり麻薬や合成薬物、偽札にまで手を出してるって噂もある」
「日本の近所のあのヤバい国よりヤバいじゃ無いですか」
「でもなんでそこが日本の森下総理にgoドメインから暗殺予告なんて送ってくるんですか」
「それが全く意味不明なのよ」
そして佐々木が目を向ける。
「え」
「意味不明だから調べろ、って?」
「うん!」
「うん、じゃないですよ。佐々木さん、非常識にもほどがあります!」
「でもこういうこと、意外と警察が調べるのは苦手なのよ」
「だからといって子ども食堂のホワイトハッカーたちに安易に依頼するのもどうかと思うけど」
「僕ら忙しいのよ」
鷺沢がそう言いながらPCルームの隣に視線をやる。
「国際鉄道模型コンベンションに向けて今、せっせと模型作りの追い込みしてるんだから」
「なにそれ」
「いわなかったっけ。毎年夏にビッグサイトでやってる鉄道模型界最大のイベント。毎年東1ホールで開催して2万人以上の鉄道模型ファンと鉄道模型のほぼ全てのメーカーが集まる。ぼくら、そこに模型をモデラーとして出展してるの」
「佐々木さんの変な依頼受けてきたのも、これに出展する軍資金集めなんですよ」
「四十八願が模型の自動運転ダイヤのプログラミングして、ぼくがモジュールっていう分割式の鉄道模型ジオラマ作ってる。晴山さんは車両の工作。毎年好評で、ぼくらこれへの出展を基準に一年を計画してる」
四十八願と鷺沢が言う。
「鉄道模型は時間、場所、お金の連立方程式。時間があればお金が足りなくなる、お金稼いでると時間が足りなくなる、それがそろったら作ったり出展リハーサルする場所が確保できない。そういう難しいところを調整して、いよいよあと一ヶ月で搬入日なんです」
「そこにきてまたこんな変な依頼ですか」
「変な依頼っていうけど、あなたたち、そのお金どうやって確保してるの?」
「ぼくはバイト2つ掛け持ち。四十八願はホワイトハッカーと請負エンジニアの掛け持ち」
「足りるの?」
「そのかわりぼくらお酒もたばこもしませんからね。鉄道の話しながら徹夜作業が幸せなんです」
「キモっ」
「キモイいうな!」
思わずでた佐々木の言葉に四十八願が即座に叱る。
「でも今は鉄道模型ジオラマ、流行ってるんですよ。コロナ禍の巣ごもり需要とか女性のドールハウスの趣味とかとつながって」
「……聞いたこと無い」
佐々木が言う。
「文化圏が違うのかなあ」
四十八願が嘆く。
「ああああ、もう時間が無いのに!」
鷺沢が苛立つ。
「そうだ、時間節約で3Dプリンタ、今1台でやってるけどもう1台佐々木さんに買って貰いましょうよ!」
四十八願が思いついた。
「あ、そか。それはかどるね。レーザーカッターも欲しいし」
「超音波カッターも欲しい!」
「それにハンダゴテ、もっといいのほしいですわ」
晴山も加わる。
「わかりました。全部手配します」
「ええええっ、本当ですか!?」
マジックパッシュの3人が驚く。
「大倉参与に言ってみます。多分通ると思う」
「え、これ、もしかすると、例の」
「内閣機密費?」
「そういう感じのモノらしいです」
「そういう感じって」
3人は言葉に詰まった。
「というわけで、お願い。我が国の総理に暗殺予告を突きつけたそのカラハン共和国の発信源のこと、調べて」
鷺沢は溜息をついた。
「毎度毎度、しょーがねえなあ」