そして、それから数ヶ月が経った。
「梅岡の奴、海外移住してたのか……参与、訴追できないけど容赦しないって言ってたのになー。金持ちは死ぬまで金持ちか。くっそー」
四十八願が言う。
「参与襲撃事件の捜査も立件も、中途半端で終わってしまいましたね」
晴山も溜息をつく。
「でもさ、その梅岡、案外なことになってるらしい。参与からこんなの届いてた」
鷺沢が言う。
「まず梅岡の新居。ドバイなんだけど、それがね、ものすごい医療チームを伴ってて」
「え、なにかの病気ですか?」
「まあ、普通はガンとか、そういう話だと思うでしょ?」
「違うんですか」
「参与のくれた、その医療チームのリスト」
「精神科医に麻酔科医……変ですね。外科医も内科医も少ない、というかほとんどいない」
「ガンの治療ではないよね、これ」
鷺沢は言葉を切った。
「梅岡のYouTubeチャンネルの更新も止まってる」
「そうだよね。だって、梅岡、重度の」
みんな、鷺沢の口に注目した。
「重度の不眠らしい」
「え、不眠症? なんだ、寝れないだけじゃないですか」
「そうでもない。不眠症は怖い。後遺症の残らない断眠記録は11日間。それでも心身症状が出た。人間は食事しなくても3週間は生きられる。水が飲めないと4~5日で死んでしまうのと比べると、不眠ってのはなかなか怖い。エジプトのピラミッドの副葬品にも眠剤になる薬草があった」
「鈴谷さんのことで眠れないんでしょうか」
「まあ、いろんな原因があるんだと思う。すくなくとも氷河期世代1900万人の恨みは食らってそうだ。そのせいか、かなり重度の不眠で、精神科で出せる薬では足りずに麻酔科まで使ってる、ってことらしい。どうも未解明の不眠症で、医者も身体を眠らせることは出来ても、心までは眠らせられないらしく」
「え、それじゃ」
「すさまじい疲労、集中力低下、不安、焦燥、さらに高血圧や心臓などへの負担増大、そして鬱症状らしい。で、なんども自殺未遂してるそうだけど、周りの医者がそれを止める。でも不眠は解決しない。つまり梅岡は生きてるけど自分の身体が抜け出す術のない『魂の牢獄』になった状態らしい」
「そうですか」
「このことは公開されてない。梅岡は今も健在だと思われてる。でも」
「因果応報、ですね」
「そういうこと。いっそのこと死刑にでもなったほうがまだ楽かもしれないね」
佐々木も溜息をついた。
「鷺沢さん、生活はどうなったんですか」
「それは、言えないよ」
「ええっ」
「じゃあ、何か仕事見つかったんですか」
「そうでもない」
「……どういうこと?」
「もうおれもよくわからん。ただ、まだ死なないですんでる。そして、眠ったら朝が来ちゃう。だから、まだ生きてろ、ってことなんだと思う」
鷺沢は、続けた。
「鈴谷さんの片翼だったのに、あっさり屈してしまったことは、おれの大きな失敗として消えないからね。おれもそういうイミで、背負うものが増えた」
「鷺沢さん」
「おれも魂の牢獄状態だ。でも、おれには、まだ、やることがある」