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第106話 真犯人は政府クラウド(7)

「ええっ、それって!」


 鷺沢は目を見開いている。


「これ、鷺沢さんの当時のネットのログですよね」


 四十八願が見せる。


「うわ、やだなあ。恥ずかしいよ。黒歴史も良いところだ。でも、そんなもの、どこで見つけたの?」


「それが……ERINAのプロンプトインジェクションで出てきたんです」


「うっ、マジか」


「で、一緒に出てきたのが鈴谷さんのネットのログ。照合してみたら」


「……まさか」


「ええ。合致してました。鈴谷さんと鷺沢さん、当時、互いを知らずに交流してたんです」


「じゃあ、鈴谷さんの言ってた『新進気鋭の作家』って」


「鷺沢さんの言ってた『面白い役所の人』って」


「つまりはそういうことです」


「……まじか……!!」


「そういうことですよね」


 みんな、黙り込んだ。


「あと思い出した。鈴谷さん、なにかを最後まで追っていた」


 参与が言う。


「え、事件ですか」


「ええ。『ぼくの片方の翼を奪った奴』と言ってた。絶対許さない、って」


「片方の翼」


「だれのことかわかんなかったけど、今、思い出した。私も時系列を整理してて、あれ、と思ってたの」


「なんでしょう?」


「鷺沢さん、なんで商業出版やめたの? いろいろあって、としか言ってなかったけど」


「それは……あんまり言いたくなかったけど」




 鷺沢は話し出した。


 そして、聞き終えたみんなは口々に言い出した。




「それ、ほんとうに出版の作業で必要だったんですか?」


「今で言ったら、パワハラですよね」


「でも、おれ、事実、いろいろ書くのもその関連の作業も下手だったから、おれがいけないんだと思ってた。だから嫁さんと相談して、商業を辞めた。でも、仕方ないよ。普通の叱責だと思ってた。耐えられないおれが悪い」


「そうなのかな」


「でも、そうやって出版の世界から追放して得する人は誰でしょう?」


 参与が言う。


「誰だろう?」


「まず鈴谷さんは悲しみますよね」


「ええっ」


「貴重な未来を見通す情報源を失うわけで。それは鈴谷さんにとっては」


「片方の翼……」


「まさか」


 鷺沢が言う。


「そんなことありえないですよ。おれは好きな空想をして小説書いてただけだし。むしろ精神的に不安定で、鈴谷さんには迷惑かけてたと思う」


「そうでもないわ。鈴谷さん、あなたのことだと思うけど、すごくいつも感謝してたし、そういう話をするのがとても楽しそうだった」


「ということは、鷺沢さんを奪ったことで、その鈴谷さんが目の上のたんこぶになっていた梅岡は喜びますよね」


「ええ。どういう手段かわからないけど、鷺沢さんはあまりにも容易なターゲットだった。ちょっとそそのかすだけで簡単に無力化できる。鈴谷さんの知恵袋、片方の翼をイージーに奪える」


「そんな。おれにはそんなの、もったいないですよ」


「でも、あまりにもイージーで、発覚しても訴追するにはあまりにも因果関係の立証が難しすぎる」


「防御力があまりにもなさ過ぎて誰が攻撃したのかが特定できないって話みたいですもんね」


「そうなってしまえば梅岡はやりたい放題だ。鈴谷が失意で動けないうちに手を回して」


「アイツ……そんな手を」


「というか、おれがあそこで抵抗してれば、鈴谷さんは抵抗できて、梅岡の非道を防げたのか……」


 鷺沢は落ち込んでいる。


「でもそのことを鈴谷は言わなかった。言ったら鷺沢さん、自分を責めてしまうでしょう。だから堪えていた」


「おれのせいだ」


「やめてください!」


 落ち込む鷺沢に四十八願が叫ぶ。


「でも、鈴谷はずっと我慢していた。鷺沢さん、ネットから離れてないから、その頃からの復活も見ていたんでしょう。そして鷺沢さんが受け止められる頃に、私に梅岡の件をやらせることにした。残念ながらそのまえに鈴谷の命は尽きたけど、ERINAにそれを引き継いだ」


「まさか、だからその件で梅岡が参与襲撃を!」


「どこまで追及できるかわからないけど、やってみます」


 参与はうなずいた。


「でも梅岡、ほっとけば良かったのに、なんで参与襲撃なんてやったんでしょう。そのせいでこうしていろいろバレてしまう」


「なにか梅岡は鈴谷さんをすごく恐れてたんでしょうね。よくわからないけど」


「死せる鈴谷、生ける梅岡を走らす、ですね」


「ええ。でも、なんとなくなぜ梅岡が鈴谷さんを恐れるか、それもわかる気がする。鈴谷さんって、すごく鋭い人だったから」


「そうなんですか」





 そのとき、この子ども食堂・マジックパッシュの呼び鈴が鳴った。


「あら、竹警部」


「大倉参与! こちらにいらっしゃったんですね」


 警視庁情報犯罪センターの竹カナコ警部が来たのだ。その隣には例の動輪の髪飾りをつけた高校生、エビコー鉄研総裁がいる。


「別件でちょっと鈴谷さんのこと調べてました」


 そのとき、彼女は四十八願のPCモニタを見て、さっと敬礼した。


「鈴谷さん……お久しぶりです」


 みんな、それを見守る。


「鈴谷さんが六丈島に飛ばされた私を拾ってくれなかったら、今の私の警察人生は無かったと思います」


 参与もうなずいている。


「ところでどうするのだ? 大倉参与、訴追には材料が足りなすぎると思うのだが」


 総裁が言う。


「そこはね、やりかたはあるわ」


 参与は、微笑んだ。


「私も、あれから歳を取ってずるくなったの。そして、私も、大恩人を傷つけた奴に、容赦する気はないわ」

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