骨董店の裏側。
住居と店舗を繋ぐ、普段は鍵付きの扉を開けると、右手に商談室兼事務室がある。大切な商談や、取り置きの商品、高額で小さな商品の受け渡しの時はこの部屋を使うことになっている。
臨時休業の看板をさくっと店のドアにかけた兄に押されながら、ハリエットたちは何故かその部屋にいた。
壁の一面には父が趣味で集めたアンティークの書籍が所狭しと並べられており、暖炉には赤々と火がともっている。落ち着いた色合いの絨毯が敷かれた部屋の中には執務用のデスクの他に、応接用のソファとテーブルがあった。
(うう。……気まずい)
兄のジェイドがお茶を入れてくると言って一度
隣にヘンリー、正面にアルフレッドという配置に、ハリエットは心の中で頭を抱えた。
(話をするだけなら、表の店の方でいいじゃない)
初対面の三人同士が共通して盛り上がれるような内容の話題を提供できるはずもなく、ハリエットはちーん、と脳内で鐘を打った。
ハリエットは隣に座るヘンリーの気遣わしげな横顔をちらりと見やる。向かいにはアルフレッドが腰を落ち着けていて、にこやかに微笑んでいるのにその視線は鋭く、どこか不敵な笑みを浮かべていた。
「で。あなたはティアーズのオークションに参加したい、ということですが」
両手を膝の上で組んで、ヘンリーが口火を切った。
「ティアーズをはじめ、国内の主要なオークションでは事前の会員登録が必須です。セキュリティも当然厳しく、新規の参入はよほどのコネクションがない限り難しいのはご存じですよね?」
「それは当然。まどろっこしいのは苦手なので、単刀直入に言いますが、――僕はフェレイユ社の指環を探しています。数か月前、とある知り合いから、ティアーズの冬のオークションでフェレイユ社の指環が出品されるという話を聞きました。わざわざアストリカから飛行機に乗ってオルデンに訪れたのも、オークションに参加するためだった。――けれど、他のオークションハウスとは異なり、ティアーズは非公開の会員制。この国に知人も友人もさしたるコネもない僕にとっては、あなたのおっしゃるように十分に資産があっても参加するチャンスすらなかった」
アルフレッドは一度言葉を切り、双眸を少し伏せて静かに語りだす。彼の背後で赤々と揺らめく暖炉の炎を受けて、瞳が強い光を帯びた。
「この国に来るまでに、長い付き合いの宝飾店はもちろん、方々のオークションに出入りしている業者や参加経験のある友人にも問い合わせをしました。ですが、ティアーズはかなり厳重で、推薦状の他に関係者の有力なコネがなければ新規の参入は難しいと言われました」
アルフレッドは胸ポケットから折りたたまれた薄い紙を取り出した。それを机の上に滑らせるようにしてハリエットの側に提示する。折りたたまれた紙をゆっくりと拾い上げたヘンリーが、中を開いて頷いた。
「メイフェアーズ社のオールデン氏ですか」
「自動車会社の?」
彼の腕越しに覗き込むように手紙に視線を落とせば、羅列された文字が目に写った。
簡単なあいさつの後、アルフレッドの身元の確かさを示す内容の記述があり、推薦状として支配人に検討して欲しいという旨の内容が記されていた。末尾にミミズが這った様な大きなサインがあり、ハリエットは目を見開く。
(メイフェアーズというと、世界的に有名なあの会社のことよね)
「チェインウェイルやランドフィルゲからの推薦状も意味がありませんでした。数か月前からティアーズに突っぱねられている状態です。いや、完全に無視されていると言った方が正しいかな」
ヘンリーがやけに静かに頷いているのを奇妙に感じながら、ハリエットはふとした疑問を口にした。
「そこまでしてどうしてティアーズにこだわるんですか?」
小首を傾げて問うたハリエットに、アルフレッドがおや、と興味を惹かれたように顔を向けた。何を考えているかわからない不思議な瞳の色に戸惑いながら疑問を整理するように言葉を続ける。
「あなたがさっき買ったあの指環。……模造品だったけど、単にフェレイユ社の指環というだけならティアーズにこだわらなくてもいいと思ったの、あ、思いました」
慌てて語調を訂正したハリエットに、アルフレッドは少し苦笑して、気を楽にしゃべってくれて構わないと言った。
緊張状態がずっと続いて疲れていたこともあり、ハリエットは「お言葉に甘えて」と前置きしてから続ける。
「フェレイユ社の宝石物語は人気のシリーズだから、言い方は悪いけど模造品がたくさん出回っているわ。その春のシリーズだけでなく、秋や夏のシリーズだってある。似た指環ならどれでもよかったのなら、別にティアーズにこだわる必要はなかったんじゃないかと思ったの。現に、うちの店に流れてきたのと同じように、色々な骨董店、宝飾買取店にも似た指環はたくさんあるわ」
ティアーズほどのオークションハウスに出品されるのなら、おそらく「真作」の方だろう。しかし、アルフレッドが先ほど模造品とわかって購入したことを思い出せば、本物にこだわっているとは思いにくい。それなのに、彼はやけにティアーズに執着している。その理由が判然とせず、違和感を感じてしまったのだ。
ふとした疑問を口にしただけだったのだが、アルフレッドが笑みを深めてニヤリと表情を変える。
どういう意味だろう、とハリエットが顔を上げると、隣のヘンリーと視線がかち合う。彼は困ったように微笑を零すと、再び視線をアルフレッドに戻した。