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第4章 守りたい人

第4章第1話

 夏休み最後の午後は、一輝さんの家で、これからの計画をいっぱい立てた。空き部屋のひとつは、私の書斎に変わる。

「たまには一人になる時間も必要だろうからな。本を借りに行くかもしれないが」

「結局一人になれないじゃないですか」

「本を借りるだけだぞ」

「信用できません」

 家の中をあれこれ思いめぐらせながら歩き、戯れる。

 夏休み中は、主に一階を使っていた。寝室、リビング、ダイニング、キッチンのほかに、お風呂などの水まわりと、一輝さんの書斎。一階にもうひと部屋あるのを、私が使うことになる。

 アパートの荷物は、休日ごとに少しずつ運ぶことにした。ホテルは引き続き押さえておくそうなので、ドレスの類いは向こうに置かせてもらう。

 二階にも部屋があり、今はテーマごとに、一輝さんの趣味の展示室になっている。『納屋』に入りきらないのと、使わないと部屋が寂しそうだからというのが、その理由。人との関わりに線引きをしてきた分、趣味に愛情を傾けるのは、私も似ているからよくわかる。

 彼は色彩豊かなもの、透き通るように明るいもの、温かくて穏やかなものが好き。私もそうだから、話が弾む。図書館と、ちょっとした美術館と、映画博物館がひとつになったような家。

「庭にも手を入れたいな」

「お庭ですか?」

 ベランダに続く窓から見下ろすと、ガーデンパーティーでも開けそうな芝生が広がっている。目に優しい緑。年々、帰る日が減っていたという彼の自宅は、植物といえばほかには、木陰を提供してくれる大きな木と、数本の薔薇だけ。手入れの都合だと思う。敷地は広いから、まだまだ増やせそうではある。

「表にある薔薇の木は、丈夫そうですよね。花もとても綺麗」

「ほとんど手入れがいらない種類だ。ほかにもいろいろ植えてみたい。俺が『緑の指』の持ち主かどうかは自信がないが……」

 肩を抱かれれば、それが合図のように唇が重なる。いちゃいちゃしすぎじゃないかと自分でも思うけど、致し方ない。私は永久就職しちゃったんだから……意味が違うか。

「灯里がこの家で、俺のベッドで目が覚めると、窓の外には毎日薔薇の花……どうだ?」

「ん……素敵です」

 入院を機に、私の考え方は大きく変わった。「いつでも突然終わりになる関係」と割り切っていたのが、何十年も続く可能性を知り、いい意味で肩の力が抜けた。まして家族になるなら、構えていてはうまくいかない。引っ張ってくれる一輝さんが居心地よくいられるように、私も少しぐらい、守ってあげられるといいな。

「育てるコツは、明田に教わろう」

「明田部長? ガーデニングがお得意なんですか?」

 温厚、上品なおじ様。イギリスの庭園で、薔薇に囲まれて紅茶を飲む図を想像してみた。……似合う。

「あいつは、大抵のことはできる」

 窓から離れ、階下へ向かいながら教えてくれる。

「はぁ……ただ者じゃない雰囲気をお持ちだとは思っていましたけど」

「ハハッ。ただ者じゃない、か。俺に護身術を教えたのも彼だ」

「えっ!?」

 私を攫った体格のいい人たちを、数分で片付けてしまった強さは、あの部長に仕込まれたものだったの!?

「かっこいい……」

 階段を降りながら、ぽーっと呟いた。

「俺が?」

「いえ、明田部長が」

「こいつっ」

「ふふっ。一輝さんも、とってもかっこよかったですよ。私のヒーローです」

「なら……許す」

 手をつないで、嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、テレビの前の大きなソファーへ。ベッドの形にして、ごろんと寝転んだ。ああ、これが私の日常になるんだなあ。こんなにゆっくり過ごせる日は少ないにしても、ずっとここで……一輝さんと。

「柿も植えようか」

「八年ですか」

「最初の実を、半分に分けて食べよう」

「一輝さんて、ロマンチスト……」

「灯里も相当だ」

 桃栗三年、柿八年。物事が成るには時間がかかることの例え。数字っておもしろい。おとぎ話などでは、「七」が特別な意味を与えられている。どれも、長いようで……過ぎてみれば、きっと短い。何もかも変わるには十分な時間。でも、今の約束は、今はまだ本当だから。

「こたつはどこへ置こうか?」

「それは重要事項ですね……遅くても十一月までには決めないと」

「あれ、持ってくるだろ?」

「あれがいいんですか。小さいですよ?」

「くっつきやすいからな」

「もう……」

 甘えん坊の一輝さん。次の冬も、そばにいられる。

 夏の嵐も、彼の腕の中にいれば乗り越えられる。色づく秋も、来年の薔薇も、八年後の柿も……どうか、隣で見られますように。


 お休み明け、一輝さんは明田部長を最上階のオフィスに呼んだ。私も同席した。「実はな」と切り出す社長に緊張気味の面持ちだった部長は、用件を聞いて相好を崩した。

「俺の家に、薔薇をもっと植えたいんだが。ほかの植物も。どこから手をつけて、何を植えるのがいいか、アドバイスをもらえないか」

「かしこまりました。それではまず……戸倉さん」

「はい」

「好きな花と、好きな色を教えてもらえるかな」

「え? 私のですか?」

 部長はにこにこ頷いて、私の好みを聞き、書きとめた。一輝さんは我が意を得たりという顔で見守っている。

 部長が退室する時、男性二人はウインクを交わした。



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