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第36話 科学発展しろ

カルタ視点


 仮面の者達がスカーフを回収し、その場から去った頃。


「魔獣、いい加減にしてくれないかな……!」


 哀れな戌井の小さな叫びが僕らの鼓膜を揺らした。


 あれから少しして僕と戌井が入れ替り、戌井が担架を担ぎ森のなかを走っていた。


 血の匂いに誘われてか、魔獣が集まってきている。作戦前にシマシマベアーが僕らにマーキングしたからか、来るのは餓えに負けたような獣だけだったんだが、それが厄介だった。


 僕が担架を担いでいるときは戌井が護衛をすることになったのだが魔法の飛距離の問題でヒヤヒヤすること多数。


 途中で痺れをきらしたメイドが交代しようと言い出した。だが僕がそれを却下して戌井と交代、餓えた魔獣を撃退しつつ進んでいる最中の戌井の発言だった。


「恐らく冬眠し損なったのでしょう。食べるものがなく餓え、理性を失くし、この状態と思われます」


「冬眠、魔獣でもするんだな……」


「無駄口叩いてる暇があるなら走れ」


「わかってる〜」


 青年の顔をチラリと見る。顔色は悪いものの、呼吸は安定しているし怪我の悪化はしていないだろう。


「あぁ!松明の光見えてきたあ!」


 歓声に等しい喜びの声に、青年い向けていた視線を正面に向けた。


 森の浅瀬に町の医者と憲兵が来ていた。医者と憲兵は僕らを見た瞬間、目を丸くし慌てて駆け寄ってきた。


「何があったんだい!?あちこち真っ赤じゃないか!」


「止血してたらこうなったの!それよりもお医者さん何処?」


「こっちです。とりあえず一番近い私の診療所に運びましょう」


 怪我がないことを確認され担架は衛生問題などで医者達は運ぶことになり、青年ほどではないが怪我人のメイドも連れていかれた。僕と戌井は青年とメイドの状態を話したあと疲労からか、その場に座り込んだ。


 僕らと入れ替わりに少数の憲兵が入っていくのが見えた。


「はぁ……はぁ……科学発展しろ。車普及しろ。救急車普及しろ」


「……ふぅ」


 魔力の残りはほとんどない、恐らくは戌井もそうだろう。そして体力も使いきったと言っても過言じゃない。


 戌井から聞こえてくる、この世界への恨み言を無視しする。


 あの連中が上手いことごまかされてくれると良いんだか……。





 __ __ __ __




 時間を戻してシマシマベアーと再開した頃。


「何をするんだ?」


「狂暴な熊注意」


「は?」


 すっとんきょうな発言に呆れと疑問を孕んだ返事を返す。


「熊の住んでる山の方じゃあるでしょう?熊出没注意ってさ。あれって何でだと思う?」


「危険だからだろう?食われる可能性もある」


「そう、だから看板があるし熊に近寄る人はいない。猟師とかじゃなければよけいに」


「そうですね。時おり立て札がございます」


 戌井は皮袋の水筒の中身を確認している。


「血まみれの怪我人、そして今は冬。口の回りを真っ赤にしたシマシマベアーが歩いているのを見た追手はどう思う?」


 戌井の水筒から出てきた水は赤黒く変色していた。水ではなく、正しく血のような色だ。


「なるほど、我々が逃げている最中に熊に襲われて死んだことにするのですね」


「そう。しかも、これなら死体の確認はしないと思うよ」


「猛獣の口に自ら手を突っ込むバカはいないものな。それでいくか」


 仮に死体を確認しようとしたとして、餌を取ろうとしてると思われる可能性が高い。そうなれば自分達が襲われるし、今度は自分達が餌になるかもしれない。


「うん。さて、シマシマベアーさん、人食べた熊の演技お願いできるかな?」


 首を縦にふった。恐らくは肯定だ。


「あの、水のことなんですが奴らなら匂いで気づくやも知れません」


「なら血を混ぜるか」


「え?それ大丈夫?本能刺激しない?」


「血まみれの僕らの前にいてヨダレひとつ垂らさないシマシマベアー相手に心配することか?」


「ぐう」


 まるで「大丈夫だ」とでも言いそうな鳴き声だ。この熊、キャベツを好んで食べるし血まみれの僕らを目にしてもこれだと思うと肉興味がないのかもしれない。もしや草食動物だったりして……。


「それもそうだ」


 戌井が変色させた水を魔法で取り出し空中で止める。混ぜる血はどうすると言う話になったら、またメイドが何処からともなくタオルを取り出して止血するために縛り付けてるタオルと交換した。


「こちらをどうぞ」


「戸惑いな……」


「仮にも主だろうに……」


 差し出されたタオルを絞るとボタボタと血が滴り落ちる。血と水を少しだけ混ぜてシマシマベアーの口の回りにつけた。


「人食べたあとのヒグマだ」


「前足も赤くしとくか?」


「ぐう、ぐう〜」


 前足と胸元もしろとお達しが出た。最近は何となくだが動きで何が言いたいのかわかるようになってきたかもしれない。


 ナノンというファンタジー色強い動物と話せる子供と、それなりの長さ一緒にいたことが原因なんだろうか。僕もずいぶんと、この世界に染まったものだ。


「あ、こちらもお使いください」


 メイドは青年の着けているスカーフと自分が着けているエプロンを外して、僕らに差し出した。


「信憑性がますかと」


「なら、ありがたく」


 エプロンとスカーフを適当に裂いてシマシマベアーの歯の間に挟む。本人?本獣?不服そうだが抵抗はしなかった。


「どう?めっちゃ人食い熊」


「なにも知らない人が見たら絶叫者ですね」


「その状態で突進してきたら大抵のやつは腰抜かすだろ」


 腰を抜かしたあとは死を覚悟すると思う。


「よし、大丈夫そう。じゃあ、シマシマベアーさん、お願いね」


「ぐう」


「危なかったらすぐに逃げて良いからね。無理しないでね」


「ぐう〜」


「あと町の人驚いちゃうだろうから赤いのは池とかで落としてきてね。それ色変えただけの水だから害ないから」


「ぐう」


「よしよし。うむむむ、ふぁに?」


 しゃがんでシマシマベアーに目線を会わせて撫で回していた永華の顔がシマシマベアーの毛に埋まった。


 永華の体にグリグリと頭をすり付けて、そして離れた。


「わっ!」


「きゃっ!」


 永華の次はカルタ、そのつぎはメイド、そして最後に青年に少しだけ触れた。


「うぶぶ、顔が毛だらけ……」


「……マーキング、でしょうか?」


「おおかた気を利かせて魔獣でもしてくれたんだろう。あれはそういう熊だ」


 のっしのっしといつもと変わりない足取りで森の奥へと進んでいく。


 カルタ達はその姿を見送り、魔法で断末魔のような音が発生するように設定し、また町へと向かって動き出した。




 __ __ __ __




 死んだことを偽装するためにシマシマベアーに頼ったが、うまく行っているだろうか。


 森の方を見る。誰かがやってくる気配はない。


「ほれ、兄ちゃん達とりあえず風呂は行ってきな。色々ひでぇことになっとる」


 永華もカルタも森の方を見て動かないでいると老人が声をかけてきた。


 医者のおじいさんに言われて二人揃ってひどい状態だということに気がついた。


 僕は青年を背をっていたから背中は真っ赤になっているし、止血のために色々していたから手元も真っ赤、汗をぬぐったりもしたので顔もひどい。


 戌井も手元と顔に青年の血がついていた。


「わ、わぁ……」


 戌井は自分に付着した血にドン引いて、元々悪かった顔色をさらに悪くしていた。


 何があったか、誰があんなことをしたのか。それを聞くのは憲兵の意見により明日に回され、僕らは風呂に入ったあと自室のベッドで泥のように眠ることになった。

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