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第37話 お前が忘れてどうする

翌日。


 パン屋は午前中だけ休み、憲兵に呼び出され事情聴取を受けていた。


 クリスマスイブに事情聴取を受けることになるとはな。


 ただまあ、事情聴取とは言えども話すことはほとんどなかったのだけれども。


「シマシマベアーが血の匂いに反応しまして危ないと思ってナノンちゃんを先に返したんです」


「そのあと気になることができて向かってみたらボロボロのメイドさん達がいたんですよ。流石に見殺しなんてできないし……」


「姿を見られないようにして救出しました。シマシマベアーの協力のもと追手には死んだと思われている可能性が高いです」


「君ら本当に16?」


 前とは別の理由で年齢を疑われたが、それ以上は思ったよりもなにも聞かれなかった。どうやらメイドとナノン経由でシマシマベアーに色々と聞いたらしい。


 シマシマベアー曰く“作戦成功、少なくとも皆死んだと思われてる”らしい。


 帰ってきたシマシマベアーの毛の色はもとに戻っていたので戌井の言いつけ通り池か何処かで洗ってきたのだろう。


「まったく、危ないことをして、血まみれになってるからビックリしたんだぞ。とくにカルタ!」


「すみません……」


「はい……」


 まぁ、危ないことをしたのとのことで雷は落ちたけど。


「お前らだけで危ないところに突っ込んでいって、相手がうまこと騙されてくれたから良いものの失敗してたら死んでいたかもしれないんだぞ。それをわかっているのか?」


「はい……」


「わかってます……」


「ただまあ、結果的に二人の命を救っていることについては誉めなきゃな。よくやった!」


「へへ……」


「ん……」


 大きな手のひらでガシガシと雑に頭を撫でられた。こういう経験はほぼない、だからかうまく返事ができなかった。


 なんと言うか暖かい何かが胸の奥から沸いてくるような気がしたが、ドタバタと急いで走ってくるような慌ただしい足音に暖かいなにかは書き消された。


「ん?一体なんだ?慌ただ__」


 憲兵の言葉を遮るように、別の憲兵が部屋に飛び込んできた。


「森で救出された青年が目覚めました!」


 その言葉を聞いた僕らは診療所へ急いで向かうことになった。




 とある医者の診療所。


 診療所について案内された病室には包帯やガーゼをつけたメイドと青年がいた。


 ただ、どうにも様子がおかしい。メイドは困惑した様子だし、青年は首をかしげている。主治医らしきお爺さんは頭を抱えていた。


 異様な光景に病室にはいるのは戸惑われたが肝の座った年老いた看護師が僕たちの戸惑いなど無視して開いたままの病室にの扉をノックした。


「憲兵と、あんたらの恩人を連れてきたよ」


 メイドはカルタ達の姿を認識すると、すぐに深く頭を下げた。


「助けてもらったと言うのにお礼を言うこともなく、申し訳ありません。私とご主人様を助けていただいたこと、なんとお礼を申し上げればよいか……」


「あ、え!?頭下げないで!?」


 戌井が慌てて言った。


「僕らは僕らのために貴方達を助けただけに過ぎません。そう頭を下げられ__」


「篠野部、言い方!」


 __ても困ります。そう言葉を続けようとしたら背中を叩かれ、遮られた。


 少し後ろでは憲兵が額に手を当てていた。


 メイドがゆっくりと頭を上げる。


「いいえ、たとえ何か思惑があろうとも助けら得た事実に変わりはありませんから。とわいえ、困らせたいわけでもありませんので、この辺りでほどほどに」


 メイド、そして青年へと視線を動かす。


 どうにも今だ状況がよくわかっていないのか、首をかしげている。


 何かが、おかしい。


「貴方達の思惑がどんなものかは知りませんが、渡したいはあまりお役に立てないかもしれません」


「え?」


 青年は気まずそうに頬をかいていた。


「ご主人様は戦闘の際、頭を強く打ち付けたせいか……記憶がないのです」


「はあ!?」


「なっ!?」


「そりゃあ……全部か?」


 憲兵の問いかけにメイドと青年が頷いた。


「自分の名前も、出身地も、なぜ逃げていたのかも、彼女の子とさえも、何一つわからないんです」


「……」


 確かに頭を打ったようなあとがあったが記憶をなくしてしまうとは予想外だ。


 部屋が沈黙に包まれる。最初に沈黙を破ったのは主治医だった。


 主治医いわく、応急処置は完璧で記憶障害以外の後遺症は特にこれと言ってないそうだ。


 この記憶障害は一時的なものの可能性が高く、生活していれば些細なきっかけで思い出せるだろう、とも言っていた。


「記憶障害……つまりは記憶喪失ってことだよね」


「あぁ、短期のな」


「ありゃ……」


 あわよくば騎士のように貴族に援助をと思っていたのだが、この様子じゃあ期待するだけ無駄だろう。記憶のなくした貴族なんて一般人も同然だ。


 というか、よくよく考えてみるとだ。命を狙われ追いかけられていた以上、僕らに援助なんてできるわけもない。だって自分達で精一杯なんだから。


 僕の考えは最初から無理があったことに今更ながらに気がつた。


「怪我もしとるし、あとは経過観察じゃの」


「はい、ありがとうございます」


「ありがとうございます」


「よいよい、わしの仕事じゃし。それでは仕事があるので、わしはこれにて失礼する」


 年老いた医者は年老いた看護師を引き連れて部屋を出て診療室に向かっていった。


「……少し質問をしても?」


「え?あ、うん。良いけど……」


「ここを退院したあと、そうするおつもりですか?」


 青年の視線がメイドにいった。メイドは何も分からない青年の変わりに質問に答える。


「……ご迷惑でなければ当分この町にとどまる予定です」


「まぁ、その方が良いわな」


「うん」


「あぁ、記憶もないのに旅なんて危険すぎる」


 満場一致である。


 目的通りに動いたとして、それまでに記憶がなかったら似てる他人が成り代わったと思われて大変なことになりそうだ。


 貴族辺りなら、その辺は大分警戒するだろう。


「計画通り目的地に向かう話も出ていたんですけど、その計画を考えた肝心の俺が記憶をなくしてしまっていて計画がなんだったか分からないんです」


「目的地もおしゃっておらず、ひたすらに色々な国を進んでおりましたので私にも分からないんです。ですのでとどまるという選択を取りました」


「はは、お前が忘れてどうするって話ですよね」


 青年が自嘲的に笑った。


 記憶をなくした不安からか、なにも知らないのに自分が殺されかけたということへの恐怖か。青年の顔色は悪く精神的にも些か疲れているように思えた。


「……この記憶喪失は貴方達にとって都合がいいかもしれませんよ」


「え?」


「それはどういうことでしょうか?」


「記憶喪失が都合が良い?」


「……まぁ、そう取ることも、できるか?」


 そう、さっきも考えたことだが“似ている他人が成り代わったと思われて大変なことになる”こと、これを使う。


「他人のふりして水面下で動けば良いんですよ。よく似た他人ですまされる程度の変装をして別の名を名乗って生活する。記憶がない間は、その準備期間とすればいい。よく似た別人と言う実績を持ってしまえば生きてる疑惑が出たとしても周りが、それを否定する。いくらなんでもおいそれと他国の一般人は殺せないでしょう、政治的な問題に発展しかねないですから」


 マーキュさんや他の医者の話を聞く限り、この世界にはDNA検査のような技術はないらしい。魔法も同じである。記憶を覗く魔法があるらしいが、必要な道具や素材が大量にあるらしいので簡単にあちこちでできないらしい。だから拐われでもしない限り、その危険性はない。


 ともなれば同一人物かどうか調べようとも、情報を集める以外は方法はない。その集めた情報も位置から作り上げた他人の話だから本人がミスをしなければ結び付くこともないだろう。


「なるほど、そうなると確かに都合が良いですね」


「つまり、俺は思い出すまで普通に生活してれば良いんですよね?思い出したら、それまでに築き上げたものを利用してやろうとしていたことをなせばいい」


「えぇ、まあ不安がないかといえば微妙なんですけど……」


「大丈夫いける、いける〜」


「……無責任な」


「無責任じゃないし。案外人間って気づかない生き物よ。動物のほうが鋭い」


 ……まぁ、いい。問題はいつ記憶が戻るか、なんだが……。まぁ、近くにメイドがいるだろうしフォローするか。


「髪の色は色変え魔法で変えられるし、髪型とか変えて化粧しちゃえばいけるんじゃない?」


「服の系統も変えちまえ。質素なのにしろよ」


「あと、主従関係も隠すべきですね」


「え、それはご主人様を偽名とはいえお名前でお呼びするかもしれないと言うことですか?」


 メイドの頬がポッと桃色に染まる。両手を頬に当てテレテレ、モジモジとしつつ何やらブツブツと言っている。


 青年はビックリしてメイドを見てる。「あれ?主従関係なんだよね?」なんてメイドに聞いていた。


「あ、い、いえ。その、いつもご主人様とお呼びしていたのでお名前をお呼びするなど……なんというか、ちょっと恥ずかしい……です」


「慣れようね」


「はい!」


 本名についてだが情報はどこから漏れるか分からないという戌井の意見により誰にも知らせられることはなかった。


 こうしてバイスの町にケイという青年とシースー・シケメンという女性が引っ越してきたことになった。







「なんで名前ごときで頬赤らめてたんだ?」


「篠野部、女心ってもんを知らないんだな」


「知らなくても生きていけるだろ」


「お前、自分の顔面に感謝しろ……」


「は?」

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