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第38話 同郷の者

???視点


 真夜中。


 どこかの海沿いの町、今は使われていない倉庫。


 倉庫にはケイ達を襲っていた仮面の者達がいた。


 そしてもう一人、所有者も分からない積み上がった木箱の上に腰を掛け、リンゴにかじりつく男がいた。


 シャク__


 静かな倉庫の中にリンゴをかじる音が響く。


 苛立ったようすの仮面の者が仮面を乱暴にはずし、地面に投げつけた。仮面は転がり、地面を滑って木箱に当たる。


「てっめぇ!今までどこにいやがった!」


 男の怒声が空気を揺らし、倉庫のなかで響いた。


「うるさい。人が来る」


 シャク__


 またリンゴをかじった。仮面の者達を気にする素振りは一切ない。


「あぁ!?ふざけてんじゃねえぞ!仕事に来なかったてめえが悪ぃんだろうが!」


「そうだ!そうだ!」


「うむ」


 仮面の者達からはやいのやいのと文句が飛んでくる。自分からすれば文句を言われる筋合いなど微塵もないのに、うるさいものだ。


「はぁ、君らが気づいてないだけで少し離れたところにいたけど?」


「はぁ?嘘いってんじゃねえぞ!いたんなら証拠でも見せろよ」


 いつも「兄貴、兄貴」とリーダー格の男に金魚の糞のようについていく男が噛みついた。


 噛みつかれた男の表情はあからさまに「めんどくさい」といったものになった。それを見た仮面の者達は余計に噛みつく。


「なんか言ってみろ!」


「……光と音に目と耳を潰されて見失ってた」


 口にしたのは近くにいなければ知りえない事実だ。


「しかも、熊がいたって理由で死体の確認もせずにボロボロのスカーフ持って撤退した」


 変わらない表情で淡々と言葉にする。


 それが癇に触ったのか、リーダー格の男が更に噛みついた。


「うるせぇ!そもそもお前なんかに監視されなくてもなあ!あのガキ共ぐらい殺せんだよ!」


 さっきからずっと叫び続けている。ガンガン音が響いて頭が痛いし、うるさい。


「いくら“あのお方”に雇われて、気に入られてるからって調子に乗ってんじゃねえぞ!見てるだけでろくに仕事もしやしねえ!」


 リーダー格の男が苛立ちをぶつけるように木箱を殴った。


「そうして俺たちを見下して食べるリンゴはうまいか?」


 長髪の男が攻めるように言った。


「とっとと報告しに帰ったらどうだ?俺たちが優秀で手を出す暇もありませんでしたってなあ!」


 金魚の糞が、また怒鳴る。


 あぁ、もう、うるさい。


 さっきからずっと文句ばっかり、なんで俺が送られたか一切考えもしない。


 ……これは早々に切る対象にされても仕方ないな。


「揃って勘違いしてるみたいだから言っておこうか。俺の仕事は「使えるかどうか、見極めること」だ」


「は?「使えるかどうか、見極める」?何言ってるんだ?」


「そのままの意味だが?まったく……」


 もはや呆れを通り越し、何の感情もわいてこない。はなから期待していないけど失望しかない。


「仕事を任されたのに、長い間、瀕死の獲物を弄ぶ猫のように遊んでたこと」


 リンゴを置いて、木箱の上から降りる。


「部外者に手を出されて対象を見失い、挙げ句の果て対象を熊に横取りされたこと」


 ゆっくりと三人に近づいていく。


 何かを感じ取ったのか、怯えた様子で一歩さがった。


「関係ないものに手を出して憲兵に追いかけられたこと。その他複数」


 ベルトに吊るしてあるサバイバルナイフを引き抜く。


「な、何する気だ!」


「その全てを雇い主に報告した上で決断し、雇い主と意見が一致した」


「は、はあ?」


「全員、解雇」


 仮面の者達の顔色は一気に悪くなる。


 彼らの勤め先でされる解雇宣言、それすなわち死を意味するも同義であるからだ。


「な、なん……で……」


「さっき、並べ立ててやっただろ?あまりにもおいたが過ぎたんだよ。凄くて偉い人に雇われて贔屓にされてたからって、調子に乗るからこうなるんだよ」


 そもそも、雇い主が何でこんな問題児を雇ったのか疑問はつきない。


 まぁ、大方金をけちった結果なんだろうな。「あの小僧に金を賭けるなど溝に捨てるも同然だ」とか言っていたし。


 だからって最低限のラインはあるだろうに……。


「じゃあ、さようなら」


 一番近くにいた金魚の糞の首をかききる。


 唖然とした金魚の糞はなにか言おうとしたものの喉を切られたせいで空気が出入りするだけになっていた。首から血が溢れ、開いた口からも血が溢れてくる。


「あ……え……?」


 容赦なく、肺の辺りをナイフで突き刺す。


「ガボッ……ゴボッ……」


「一人目」


 膝をつき、必死に首の出血を止めようするのも虚しく、肺のなかに流れ込んだ自分の血で溺れ、白目を剥いて地面に倒れこんだ。


 そういう仕事を生業としている癖に随分と弱いものだな。ほんと、期待はずれもいいところだ。


「あ……あぁ……」


「て、てめぇええええ……!!」


 リーダー格の男が息絶えた死体を見て激昂する。


 感情のままに剣を引き抜き、俺に向かって突進してきた。


 感情のままに動いているから動きは単調、小細工する余裕もないらしい。剣を振り下ろすも、易々と避けられた。


 俺が攻撃を避けたからか、少しだけ余裕が戻ったようだ。刻印魔法を使ったのか、剣が炎を纏った。


 一度、二度、三度と剣が振り下ろされる。炎を纏っていても俺にとっては単純な動きだから、どの攻撃も掠りもしない。


 そこらの実力者なら、今の状態でも殺せてしまいそうだ。まぁ生憎と、俺は強い部類であるので、こんなのに殺されることはない。


「はぁ……単調」


「ガッ……!」


「二人目」


 あっさりと背後に回り込み、頭をつかんで勢いよく地面に叩きつけ、背中を刺した。


 振り返る。


 そこには現状を“理解”出来てない長髪がいた。


 物言わぬ死体となった二人に目をやり、そして恐怖に染まった視線が俺に注がれる。


「……逃げないのか?」


 疑問に思ったことを言ってみる。二人が殺されるまでの時間、逃げようと思えば逃げられたのに何で固まってるんだか。


 ハッとした様子の長髪は慌てて踵を返し、外へと走っていく。


 今更遅い、しかも自分を殺そうとしている相手に背を向けるなんて無策がすぎるだろう。


 獲物を近くにあった錆びたハンマーにかえる。走って距離をつめ、足を狙ってナイフをなげる。刺さったナイフのせいで少しだけ姿勢を崩した。


 すぐに体勢を立て直そうとしたが、もう既に遅い。


 大振りの一撃が無防備な後頭部に入った。


「ぐっ!」


「三人目」


 全員が動かなくなった。


 動くのは血に汚れた男、だた一人だけ。


「異世界の殺し屋って聞いてたから期待してたのに、チンピラも同然だし、弱いじゃん。期待して損した」


 男は動かなくなった死体を失望の色だけをのせた目で見つめる。そのうち失望の色もなくなり、ため息と共に開け放たれた窓から見える空を見上げる。


「誰か、俺のこと殺してくれないかな……」


 空を見続けていると白み始めていることに気がついた。


 いったいどれ程ボーッとしていたのか検討がつかないが、さっさと退散することにした。


 木箱の群れに火を放ち、撒いた油に引火していくのを確認して血濡れのマントと手袋を放り込んだ。


「そういえば、あれってスタングレネードと同じ効果の魔法だったよね」


 思い出すのは森でのこと、どこから嗅ぎ付けてきたか知らないが一般人が介入してきて撒かれた。


「あの三人の様子から察するにスタグレはこの世界にないし、光だけならまだしも両方使ってる魔導師はいないみたいだよね」


 そして、ふとあることを考え付いた。


「もしかして俺と同じ様に異世界から呼ばれてきた?そうじゃないとすれば追跡に必要な部分を的確に潰してくる、咄嗟の判断力は中々……。一般人じゃない?」


 いや、でも熊の形をした魔獣に食べられてたみたいだし、どうなんだろうか。


「距離の問題か、薄いけど血の匂いがしてたしなあ……。匂いがしてきゃ速攻で偽装だってわかるんだけど……」


 また考える。そして、ある結論を見つけた。


「知識だけある異世界の一般人か、その知識を教えられた異世界の一般人かな?ミリタリー好きならスタグレの知識があっても不思議じゃないし、熊にあっさりと殺されたのにも納得がいくし……うん、これだな」


 やっと納得のいく結論をえられた。


「ああ、でも折角なら生きててくんないかな。そして俺を殺しにきてほしいなあ」


 二つ、仕事をこなしたことの報告をしなければならない。次はどんな仕事が言い渡されるんだろうか?死ねるような難易度の高いものならいいんだけど。


 ごうごうと燃え盛る倉庫を背に不気味な男が一人、人気のない港の影に消えた。

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