永華視点。
冬が終わり、今は春がすぎ、そして夏になった。
ケイ達がバイスの町に来てから半年近く、私たちが“異世界”に来てからは一年近くたった。
忙しいからか、それとも慣れない環境が原因なのか。目まぐるしく時間がすぎて言ったように思う。
ただ異世界に来た一年前の日が昨日のように鮮明に思い出せる。インパクトが強いのも原因だろう。そもそもの話だけど、あの日の衝撃、忘れたくとも忘れられない。
話しは変わり、学費の問題も普段の給料とギルドの依頼での給料を合わせることで何とかなると思う。なんならちょっとだけだけどお釣りが来るかもしれない。
必要分といくらかの余分、それが集まったので私たちはマーキュリー夫婦に魔法学校へ行こうと思っていることを話すことにした。
仕事も終わり、家事も終わり、ナノンも寝た頃。相談事があるから時間をつくってほしいとお願いした。
そして当日、言われた時間の少し前。私と篠野部はリビングでマーキュリー夫婦が来るのを待っていた。
「あ〜、気まずい。若い人たちが魔法学校に行って人手ないからって雇ってもらったのに私たちも魔法学校行こうとしてるんだもん。気まずい」
「戌井、うるさい」
篠野部から辛辣な言葉が飛んでくるのは、もう日常だ。一年近く一緒の家で生活したが直らないどころか遠慮がなくなってきたから「これが通常運転なんだろうな」と受け入れることにした。
「だって、だってえ〜……」
「なるようにしかならないんだ。少し黙れ、僕も気まずいんだぞ」
「うぅ……」
なにか話してないと不安なんだよ〜……。
コツン__
小さくだが足音が聞こえた。
スッと姿勢をただし、夫婦が来るのを待つ。
扉が開き、夫婦がやってきた。夫婦は私たちの前の席に座ると静かな空気のなか、笑顔で話しかけてきた。
「それで話さなきゃいけにことって何かしら?何かあったの?」
「もしやエイカとカルタが恋人になったとか?」
「なりませんけど!?」
「質の悪い冗談やめてください!」
「え?そんな否定する?」
「もう、あなたったら何言うのよ。結婚の報告でしょ?」
「違うてば!」
「違います!」
「なんで私が篠野部と結婚しないと行けないの!?顔は好みだけど、こんな毒舌野郎とか願い下げなんですけど!」
「こっちこそ願い下げだ。何がよくて、こんな頭お花畑な能天気女と結婚なんてしなければならないんですか!」
「あら、思ったより拒絶反応強いわね」
「二人とも言うなあ〜」
イルゼが必死に否定する二人の様子にケラケラと笑う。
永華達はイルゼの様子から、すぐに自分達がからかわれているのだと気がついた。
「……もしかして、からかってます?」
「うん!」
「ええ!」
「元気な返事どうも!」
いつの間にか体に入っていた力も、気まずさも霧散していた。脱力して、椅子に座り込む。
「それで、体の余計な力は抜けたかしら?」
「え?」
「……わかっててからかいましたね?」
「もちろん。なんか緊張してるな〜、と思って即興でやった」
「うふふ」
緊張をほぐしてくれたのはありがたいが、からかいのネタは不満を言いたい。
「はぁ……本題なのですが」
篠野部が切り込んだ。
「僕らは魔法学校を目指しています。ですので試験の間の休みと合格後の退職についてお話をしようと思いお呼びしました」
「知ってるわよ」
「知ってる」
「……は?」
「……え?」
今「知ってる」って言った?あれ?私たち話したことあったっけ?
予想外の事実に固まっていると夫婦が微笑ましげな表情に変わった。
「たまたまね、ナノンが聞いていたのよ。貴方達が家に帰るために魔法学校に行こうとしているってね」
……聞いてたとすると、あの試験があった日だろうか。
いつにしろ今まで緊張して、気まずいといって、ガッチガチになって固まっていたのが何かバカらしい。
「知ってるのは私たちだけじゃないわ」
「え?」
「……?」
「町の人たちも知ってるの。ギルドの依頼、雑用が多かったでしょ?」
あぁ、なるほど。
町の人たちがギルドに依頼を出していたのも、相場よりも高い金額を設定していたのも、提示額よりも多い給料を渡されたのも、全て私たちが確実に魔法学校へ行けるようにするため。
「町全体な老婆心ってところですか」
「うふ、そうよ。“子供の背を押すのは私達は大人の役目”なんだから」
「試験期間内の休みについても気にしないでいい。退職後のこともな。実はケイ達の今の仕事場は畳んでしまうから別の場所を探しているらしくてな、話しは通してあるから後のことは気にするな」
ケイ達には二日前に話をつけにいっていた。その時に笑顔で快諾し、私たちの背中を押すような発言は、この町の人達に相談していたからだったんだ。
「……全部お見通しと?」
「そう」
あまりの事態に頭を抱えてしまう。
全てがお見通しだった。事実を知れば一通りの筋が通るのだ。
「まあ、揉め事になるよりもはいいか……」
「そう、だな」
「二人とも王都の学校はいろんな人、種族、実力者がいるわ決しておれないで最後までやりとげなさいね?」
「ちゃんと家に帰れるように祈ってるぞ。ダメだったらまた家に来い」
「はーい」
「はい」
なんというか、無駄に体力を消費した気分であるが悪いきはしなかった。
それからネタが割れてしまっていることも伝わっていたらしく、色々とお節介__といっていいのか__をやかれた。
ケイやシースー、マーキュリー親子、等いろんな人から祝いの品を用意しておくから合格してこいと言われてしまった。
そう言われてしまえば合格是ざる終えないというもの。まあ、ある意味信頼なのだろう。私たちが絶対に落ちるわけ無いという信頼、それからくる言葉。
「なんか、むず痒いなあ」
「……」
「篠野部?」
「っ!……あ、いや、なんでもない。気にするな」
皆の様子に篠野部は何か言いたげだったが、すぐにいつもの仏頂面に戻って“気にするな”と言われてしまった。
そう言われ建前、何も言うことはできなくて「そう?」と軽く流したあと適当な絡みかたをした。
「王都に言ったらなに食べたい?」
「はぁ……特になにもない」
「え~、私オムライスとか食べたい。王都名物あるならそれがいいな~」
呆れた目で見られたが話題はそれた。話題をそらした理由?世の中、詮索しない方がいいこともある。ただそれだけ。
マーキュの薬屋にて。
作業台に向かいながらマーキュは薬の調合を行っていた。
この町では珍しい若い二人が魔法学校に行くため、色々と努力しているのを表だって応援できるようになったのは今日だ。
そして、唐突にあることを思い付いた
「あ、二人とも王都に行くのならあの子に知らせた方がいいかしら?あの子は二人の先輩になるのだし」
作業は一時中断して、仕事机に置いてある写真立てを持ち上げる。そこに写るのはマーキュとエイカ達と似かよった年齢に見える青年だった。
「あの子も今年で三年生なのね。うふふ」
自然と笑みが漏れる。
あの二人が合格したら手紙を送ってみるのもいいかもしれない。
「うふふ、仲良くなれるといいなあ。私の息子と、あの子達」