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第43話 箱庭試験

どこからか漂ってくる磯の匂いや、少し遠くから聞こえてくるさざ波の音、カモメの鳴き声、船の汽笛。


 自分がどんな場所に飛ばされたのか、検討がつくのに一分とかからなかった。


 少しすると光がやんで目を開けられるようになる。


 目を開けた先には想像通り、港町が広がっていた。


 周囲を見渡す。この港町、まるでさっきまで人がいたかのような生活感が残っているのに永華たち六人以外は誰もいない。


「人がいないのは必要ないから、か?」


「多分そうなんじゃねえの?試験の内容は“ワイバーンから逃げ切れ”だしな」


 人がいない理由はそれで納得できるが、ワイバーンはいったいどこにいるんだろうか。獣人がいるからちょっとやそっとのことで逃れられないと思うんだがな。


「ワイバーン、私の人形に出来たりしないかな……」


 なんかゴスロリが怖いこと言ってる。


「試験はまだ始まってないのかしら?」


「……なくはないな」


「合図もなにもないしねえ」


 試験が始まるまで時間があると仮定して、この間に地形を把握しておくべきだろうか。


「篠野部、ちょっと飛んできなよ」


「は?なんで僕が……」


「私、飛べない」


「……他のやつに頼め」


「む、仕方ない。誰か空飛んでくれません?地形把握したいんだけど私飛べないんですよ」


 カルタに断られた永華は他の受験者に声をかける。これで断られたら諦めるか、高台にいくしかない。


「飛べない?何?飛行魔法も使えないのにメルリス魔法学校の試験を受けに来たの?バカ?」


「いや体質ですけど……」


「あぁ、相性が悪くて発動できないのか。そりゃしかたねえ」


「あ……わ、わるかったわね」


「いや別に。で、試験がまだ始まってなくてワイバーンがまだ出現していないっていうんなら、今のうちに地形把握したくて、だから上から見てきてほしいんだけど」


「俺がいきまっす!」


「あ、お願い」


「可愛子ちゃんの頼みとあらば!それじゃいってきまぁす!」


 調子の良さそうな男……確か、ローレスだったけ?が箒にまたがって空に飛び立った。


「……飛行魔法やらの一般人が使う機会の多いものって簡略化されて詠唱いらないのが多いよね」


「それだってごく一部よ。全部が全部そうならありがたいのだけれどね」


 私が知る限り洗浄魔法とかも簡略されて詠唱いらずだったはずだ。魔法を簡略化した人は主婦の見方だな。


「他のも簡略化されてたらなあ」


「それが出来るのは一部で一部の奴らが有利とりたいから、そうそう表に出しゃしねえ。自分で考える方が早いな」


「世知辛い世の中だぁ」


空を飛んでいるローレス君を眺めつつ駄弁る。少しするとローレス君が降りてきた。


「ローレス・レイスただいま帰還しました!」


「おう、どんな感じだ?」


「俺たちがいるのがちょうど町の中心辺り。町は海に向かって扇状に広がってて、反対は山。山から海に向かって緩やかな坂になってるわ。あと海の方に大きな時計塔があるな。でも、ありゃ動いてないな」


「よくある港町って感じですね。動かない時計塔以外は」


「サンキュー、助かったぜ」


「男から礼持っても嬉しくねえ」


「なんだお前」


「ありがとうね」


「はぁい♡」


「なんだお前……」


「お調子者ね……」


「はぁ……」


 地形の他に一つ、気になることがある。それは箱庭の範囲だ。


 いくら異空間とはいえども限度はあるはず。この空間の範囲、末端はどこなのか。それが気になる。


 どこまでかによって行動範囲、行動のしかたも変わってくる。


 完全に理由もなにもない予想なのだが箱庭の範囲は山から海、町の端から端までとみる。“箱庭”って言うんだし、多分四角でしょ。知らんけど。


「可憐なお嬢さん方!お名前をうかがっても?ちなみに俺はローレス・レイスと申します!」


「ん?あぁ、永華・戌井だよ」


「ミュー・レイ、猫の獣人よ」


「メメちゃんはメイメア・ファーレンテイン、人魚です。メメちゃんと呼んでください」


「はぁい♡で、そっちの二人は?」


「篠野部」


「俺ぁ、ベイノット・アルマックだ」


 永華は頭の中で四人の名前を復唱する。


 ……うん、覚えた。


「篠野部は相変わらず無愛想だね」


「ふん」


「お?二人は長い付き合いなのか?」


「う~ん。まぁ、わりとなが__」


 ローレスの言葉を肯定しようとした永華の言葉を遮るように、海に面した巨大な時計塔の鐘が鳴った。


 ゴゥン……ゴゥン……__


  その場の全員が時計塔の方へと振り返る。


 時計塔に吊るされた鐘が揺れ動き、低く心地よい音を鳴らしていた。


「急に鳴りましたね?」


「いきなりなんだ?動いてねえんじゃねえのか?」


「そのはずだけど……」


 ローレスは時計塔は動いていないと判断した。そう判断したのは理由は針が時を刻んでいないからだった。だが、今、時計塔は時を刻み鐘を鳴らしている。


 動かなかったギミックが、唐突に動く理由。永華は思考を巡らせ考える。


 ゲームならば、フラグがたったからギミックが動く。なら今は?


「……これが試験開始の合図!」


「っ!ワイバーンはどこだ!」


 ワイバーン、ドラゴンが一体どこからか襲撃してくるのか警戒して辺りを見回す。


 一番最初に気がついたのは人間や人魚よりも耳が良い猫の獣人、ミュー・レイだった。


「……上から羽音がするわ」


「え?」


「……」


「上?」


「羽音って……」


「ま、さか……」


 猫耳の獣人の言葉に一斉に上を向く。


 私たちの頭上空高く、灰色のなにかがいた。


「ワイバーンだ!」


「隠れろ!」


「あそこの路地裏、隠れられそうな場所があります!」


 メイメアの言葉に一目散に路地裏へと駆け込んだ。


「ええっと……あ、ここ隠れられる隙間あるぞ」


 木箱のをずらして急いで隙間に入り込む。木箱の山の中に隠れたすぐあと、ワイバーン__

にしては大きい個体__がさっきまで永華達が居た場所に降り立った。


 空気がはりつめる。はじめてまじかで見るドラゴンに本能からくる恐怖を感じた。


 模造品のワイバーンは身体を灰色の鱗で覆われており、額に試験官のもっていた紙が張り付いていた。


 その紙を見た瞬間、悪寒が永華を襲った。


「ひゅっ……!」


 怖い、怖い怖い怖い!!!


 恐怖で体が震える、呼吸が浅くなる。


 永華は思わず近くにいたローレスの腕を掴んだ。


「ひぇっ!え、永華ちゃん?いきなりそんな……永華ちゃん?」


 一体あれはなに?私はあの紙の、あの魔方陣の何が怖いの?


 ドゴォン!!__


 さっきまで受験者である六人を探してキョロキョロ、うろうろとしていたワイバーンは突然、周囲の民家を壊し始めた。


 ワイバーンが永華たちのいる方向から反対側へと、民家を破壊しながら進んでいった。


「……いったか?」


 ベイノットが口を開く。無言で一番最初にワイバーンに気が付いたミューが頷いた。


 ホッと息を吐く。


 気が抜けてペタンと地面に座り込んだ。


「永華ちゃん?どうした?!顔色ひどいぜ?」


 震える永華を心配したローレスは永華の顔を覗き込むと、その顔色の悪さに驚く。


「ていうか、顔色悪いの永華ちゃんだけじゃないよな?ミューちゃんもメメちゃんも顔色ひどいよ!?てか女の子のきなみ顔色ひどくない!?」


「……二人は人魚と獣人だったよな」


「さっきそう言ってたな」


「で、戌井は野生動物並みに勘が良いと自己申告していたな」


「そうなの?」


「君たちは?」


「え、純人間だけど……」


「俺は多分混ざってるが……大昔すぎて何が混ざってるかわからねえ。家系図的にほぼ人間のはずだ」


「……」


 獣人も人魚も人に比べれば生存本能が強い種族だ。そして野生動物並みに勘が良いという永華の言葉を信じるならば、その間の良さは他二人と遜色ないとみていい。


 その三人がワイバーンの模造品に強い恐怖心を抱いている。


「……いや、模造品とはいえワイバーンを見たから怖がっているんだろう」


「そう、なの?」


「たぶん、そうだと思います。ワイバーンを見た瞬間だったので……」


「そう、ね。たぶんそうだわ」


 あぁ、そうだ。これは魔法学校の入学試験、危ないものなんて出すとは到底思えない。


 怖いのはそうだが、とにかく試験に合格することを考えなければ……。


「怖いのはいったん置いておいて、これからどうしま__」


「フシュー……」


 ミューが「これからどうしましょう?」と言おうとした時、何かの大きな生き物の鼻息に遮られた。


 音がしたのはさっきワイバーンが消えていった方向とは真反対だったはず、なのに人間以外の音がする。


「ぐるる……」


 木箱がずれて、さっきまで暗かった隠れ場所に光が差し込む。


 ゆっくりと、刺激しないよう確認する。


 木箱をずらしたのは、音の正体は顔に魔方陣が書かれた紙をつけた、ワイバーンだった。


「あ……」


 誰かが悲鳴になり損なった、音をこぼす。


 ワイバーンが、私達を見ていた。

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