「これは共有していい情報だろうから言っておく。おまえが戻ってくる一つ前の時間に、俺は説明不足ぎみの妙な男に出会った」
説明不足気味の妙な男……と聞いて、リディは思い浮かべる人物がいた。そう、さっき思い浮かべていた、リディに色々なことを告げて去っていたあの白装束の男のことだ。
「それって、白装束の口調が独特な人?」
小生、と自分のことを言っていた。
「ああ。白い猫が目の前で人になったんだ。俺の頭の方がイかれてなければ、だが……」
そうだった。白い猫がいきなり白装束の男に変身した。そして彼と話をしたのだ。その直後のことだった。ジェイドと話をしていると少しずつ霧がかっていたものが晴れていく感覚がした。この症状は【世界】或いはこの【物語】に二人が登場人物として定着したと考えていいだろうか。
「あなたはおかしくないわ。私も同じことを経験したもの」
「そうか。なら話は早いな。奴をただの傾奇者だと思うには不可思議なことが起きた。その男に時間が戻されたらおまえを連れ出せ、と言われた。それで気付いたら大広間で倒れかけたおまえを抱いていた……というわけだ」
「そう、だったの……それで私、あなたの腕の中にいたのね」
二人が同じ時間に戻され、そしてこうして共有された。巻き添えにされたジェイドにとっては迷惑極まりないことかもしれないが、リディにとっては朗報だ。もう自分一人だけで悩む必要がない。何かあれば彼には打ち明けることができる、その権利をもらうことができたのだから。
そう感じたとき、どこか意識の外で白装束の男が微笑んだように感じられた。
安堵と共に心強さを感じる一方、さっきまでジェイドに横抱きにされていたことを意識したら、彼の顔が見られなくなった。頬から耳にかけて発火したみたいに熱くなってしまう。
そんなリディを尻目に、ジェイドは険しい表情を浮かべる。
「リディ、おまえはここにいない方がいい。ここにいたらまた殺されるだろう。企んでいる人間が王太子である限り、延々とその【呪い】は続くことになる」
ここ、というのは王宮のことを言いたいのか。
ジェイドは警戒するようにあたりの気配を探っている。
「呪い……だなんて」
リディはその先の言葉を飲み込む。
しかし、確かにそれは言い得て妙だった。
「殺意という名の呪いだろう」
そうだ。殺されたから時間が戻ったのではない。時間を戻すために殺されるのだから。明確な意図をもって【歴史】を【改変】するために【時戻し】が行われているのだ。
そういえば、また思い出したことがある。時戻しの寸前に、白装束の男が言っていた【暴君】というのはひょっとして二コラのことを指していたのだろうか。
(二コラが……本当に?)
リディはそれでも信じがたい気持ちで立ちすくんでしまう。
「それでも、すべてが思い通りにいくわけではないはずだ。たとえ今まで順当に繰り上げられてきたとはいえ、次に必ず一番目になるとも限らないだろう」
たしかにそんな保証はない。だからこそ何度も戻されているのだろう。ひょっとしたら次で一番目にならずに最下位に落とされることがあるかもしれない。そのたびにリディは殺されなければならなくなる。無限のループが続くことになりかねない。
けれど、企んでいるのは本当に二コラなのだろうか。二コラの様子がおかしかったことが脳裏をよぎったが、すぐには信じたくなかった。その証拠に、殺意を向けてきたのは知らない女性だったのだから。
「まだ、二コラが犯人だと決まったわけではないわ」
「さっきも言ったが、王太子自ら手を汚さずとも、おまえが殺されるように仕向けたとは考えられないか? 上に立つ者はそうやって刺客や従者を扱うことだってある」
実際、王太子という立場にあるジェイドが言うと説得力があるから言葉に詰まってしまう。
「……でも」
信じたくはない。幼なじみの彼がそんな悪事に手を染めるようなことをしているなんて。
リディの中でどうしても受け入れがたかった。
黙り込んでしまったリディをよそに、ジェイドは別の件を追及した。
「おまえを殺しにくるやつはどんなやつだ」
「女のひとよ。あまりよく思い出せないのだけれど……私を邪魔にしている感じだったわ」
「毎回そうだったのか?」
「え、ええ」
「結局、おまえを殺しにくる人間はおまえを邪魔に思っている。つまり、おまえがここにいたら危険しかないだろう」
「そうだけれど……」
「王太子は花嫁にしたいおまえに対して自分の手を汚したくないのかもしれない。それでその女を利用するために焚きつけている可能性だってある。たとえば――自分の花嫁になりたければ……リディ・ヴァレスを殺せ、と」
「まさか――!」
「勿論、推察でしかないが、現状……二人は共犯と考えて動くべきだ」
「私を殺して花嫁候補の順位を上げるなんて、矛盾しているわ。二コラには王太子の身分があるのに、わざわざ……」
と言いかけてリディは押し黙った。その続きはジェイドが淡々と口にした。
「王太子ひとりの意見だけが通るわけではないはずだ」
「……っ」
たしかにそうだった。
二コラが言っていた。自分に決定権があるというわけではなく、様々な思惑が王宮内にはあるのだということ。
「でも、だからって好きな人を花嫁にしたいがために殺す……?」
二コラに好きだと言われたことはないが、花嫁にしたいということはそういうことなのだろう。
「共感はできないが、理解はできる。それほど、執着しているんだろう。おまえの存在に」
ジェイドはため息をつき、静かに目を伏せた。
「執着……」
その言葉が、ねっとりとリディの心臓に絡みつくような気がしてぶるりと身震いがした。