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第20話 魔王

 うぅ……ここどこだろ……このままじゃ本当にの垂れ死んじゃう。

 魔王が家出して迷子になって魔王城に帰れず死ぬとかやだなあ。恥ずかしいってレベルじゃないもん。魔族史のギャグパートじゃん。でも、もうMPも無くなっちゃったし、HPもヤバくなってきてるし…………ほんとにもうダメかも……。


 方向音痴なのに家出なんてしなきゃよかった……。

 でもあのまま魔王城で侵略とかして村を荒らして暮らすのはすごく嫌だったし……でも結局どこにも行くところなくて道に迷って帰れなくて死にそうになってるし……魔王なにやってんだろ……泣きそう……。


 ん?……あれは……人間?人間の親子かな?あの人たちに道聞けたら帰れるかも。

 んーでもなあ……怖がらせちゃうかもだしなあ……魔王だしなあ…………いや……でももうそんなこと言ってられない!聞こう!!がんばって声かけよう!


 あ、あのすみません……魔王なんですけど……道に迷っちゃって……その、よかったらその道をお尋ねしたいなぁーって思って声かけたんですけど………………あのー……もしもーし……すみませーん!


子供「お父さんお父さん……魔王がいるよ」


 ああごめんねごめんね!びっくりしたよね急に魔王出てきたから!

 でも大丈夫だから。魔王人襲ったりとかしないし。道聞いたらすぐ帰るし。いますごい弱ってるし。だから……道だけ聞けたら嬉しいんだけど……その……。


父親「ははは全くこの子は何を言っているのやら。魔王なんているわけないだろう」


 え………?あれ、お父さんもしかして僕のこと見えてない感じ……?魔王って人間に見えないっけ……?いや、でも君見えてるよね?魔王のこと。

 ねっ、ねっ、そうだよねめっちゃうなずいてるし。おかしいなあ……大人は見えないのかな……。


子供「お父さんお父さん聞こえないの?魔王が話しかけてきているよ」


父親「それはね、何処かで響く地鳴りがそう聞こえているだけなんだよ」


 いやいや違いますお父さん。地鳴りとか全然してないし。そもそも僕そんなドスの効いた声じゃないし……ちょっ、ちょっと君からも言ってあげてくれない?


子供「お父さんお父さん聞こえないの?魔王はなかなかどうしていい声をしているよ」


父親「何を言う。魔王はデスボイスに決まっているだろう」


 お父さん偏見ですそれ……!魔王そんな感じじゃないんです!見た目も人間と変わらないし、結構歌とかも得意なんですよ魔王!子供の頃合唱団入ってたし!ほら、こんな感じで〜〜!


子供「お父さんお父さん聞こえないの?この魔王の魂を揺さぶるような芳醇なビブラートが」


父親「それはね、何処かで響く地鳴りがそう聞こえているだけなんだよ」


 んんんん頑なだなあお父さん!全部地鳴りのせいにするじゃん!

 魔王そんな怖くないのに……ほら踊りとかも得意なんですよ!昔パラパラやってて!ほらっ!ほらっ!


子供「お父さんお父さん見えないの?魔王がとても珍妙な動きをしているよ。これはなかなかレアなやつだよ。見ないと損だよ」


父親「それはね、何処かで響く地鳴りがそう見えているだけなんだよ」


 んなにそれ!!地鳴りと全然関係ないじゃん今!枯葉のざわめきとか霧がどうのこうのとか言いようあるじゃん!なんで地鳴り一辺倒で押し切ろうとするの!

 …………やっぱりあれかな。大人は先入観があるから魔王が見えないのかな。でもなんとかして道聞かないと魔王マジでやばいし………。

 あ、あのさ!お父さんに魔王の風貌とか詳しく説明してあげてくれないかな?多分お父さんが先入観を捨ててしっかり魔王を認識しようと努力してくれたら魔王のこと見えると思うんだよね。


子供「お父さんお父さん見えないの?魔王は年齢は20代〜30代くらいで身長180cmくらいのがっしりした体格。全身黒っぽい格好をした大柄の怪しげな男だよ」


 間違っちゃいないけど不審者風の紹介はやめてね。


父親「何を言う。魔王は身長は5mをゆうに越え8万とんで300歳くらいの年齢の長髪の怪物だぞ」


 お父さん偏見強いなあ…………もうそれ鬼じゃん。魔王そんなんじゃないもん。


父親「蝋人形にされるぞ」


 なにそれ。



……………………。



子供「お父さんお父さん本当に助けなくていいの?魔王は道に迷っているだけで見たところそう悪い人ではなさそうだよ。存外好青年だよ」


父親「さっきからどうしたのだお前は。……ふむ、少し熱っぽいな。よし急いで帰ろう」


 ああ待って!行かないで!


子供「お父さんお父さん大丈夫だよ。それより魔王に道を教えてあげようよ。迷子みたいだよ。」


父親「これはどうやら本当に熱で混乱してしまっているようだ。よし、抱き抱えてやるからこのまま走って家まで帰るぞ!」


子供「お父さんお父さん降ろして!魔王に!魔王に道を教えてあげて!」


 ああ行ってしまう…………仕方ないよな。魔王だもんな。魔王のくせに人間に助けてもらおうなんて考えたのが間違いだったんだ。なんとかして自力で生きて魔王城まで帰ろう。

 でもあの子には悪いことしちゃったな……魔王のこと怖がらずに助けようとしてくれていたのに。


子供「お父さん……お父さん……なんか苦しい…………」


 えっ!?


父親「大丈夫か!?しっかりしろ!……いつの間に熱がこんなに!」


 ちょちょちょ大丈夫ですか!?ええどうしよう!どどどどどどどどうしよう!!救急車!?救急車呼ぶ!?あーでも電話とかないし!


父親「ここから村までは走ったとしてもまだ数時間はかかる……この様子じゃ村まで持つかわからない……くそっ、こんな時魔法が使えたら……!」


 魔法……?そうだ魔法で回復させてあげよう!ってああああああああMPなくなってたんだった!くそ!魔王のバカ!なんでこんな時に!


父親「魔王……本当にいるのなら、私の命をくれてやるからこの子を助けてやってくれ…………!」


 お父さん……!ごめんなさい魔王そういう能力ない!死神じゃないし!他人の命と引き換えにどうのこうのとか…………ん?他人の命?

 …………もしかしたら、他人のじゃなくて自分の生命力を相手に送ることはできるかも……でもそうしたら魔王はどうなる…………?


 ……ええい迷ってる場合か!どちらにせよこのままだったら魔王は野垂れ死ぬんだしそれなら最後くらい誰かを救って死んだ方がマシだ!

 迷子になって魔王城に帰れず死んだ魔王より最後に子供の命を救って死んだ魔王ならだいぶ格好もつくし!

 何よりこの子は初めて魔王のことを怖がらずに助けてようとしてくれた人間の子なんだ!


 よしやるぞ!魔王の残りのHP全部送る!


 ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


父親「しっかりしろ!目を開けてくれ!」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!


父親「頼む!神でも魔王でも誰でもいい!この子を救ってくれ!!」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!


子供「………………さん……」


父親「!?」


 もう少しいいいいいいいいい!


子供「おと……さん……おとう……さん」


父親「そうだ!お父さんだ聞こえるか!お父さんだよ!!」


子供「お父さん……お父さん……聞こえるよ…」


父親「よかった……意識が戻ったんだな!本当によかった!よし、このまま村まで走って帰るぞ!」


 はあ………はあ……よかった……これであの子は村までは持つだろう……。

 魔王は……もうダメかも…………でも悪い気分じゃないな…………魔王……もっとこうやって誰かのために生きれたらよかったな………まぁ……もう遅いけど…………。



 数時間後、村にて



医者「うん……薬を飲んで熱も下がったし、このまま安静にしておけば大丈夫でしょう」


父親「本当ですか!?……よかった!」


医者「しかし、もう少し遅かったら手遅れだったかもしれませんな。あの場所からこの村まではかなり距離もあるのに、お子さんの生命力は大した物です」


父親「いえ、私も不思議でして……」


子供「お父さん……お父さん……」


父親「おおごめんな起こしてしまったか」


子供「本当に見えてなかった……?魔王が……私のこと……助けてくれたんだよ……」


父親「…………アリス……」


子供「お父さん……お父さん………だから……魔王を…………」





10年後




『ピンポーン』


アリス「お父さんお父さん!魔王君がきたよ!」


魔王「あっ、お邪魔しまーす」


父親「おお魔王君。よく来てくれたね。そこにいるのかい?まあ座りたまえ」


魔王「ご無沙汰してますお父さん」


アリス「もうすぐパイが焼けるから私キッチンの方に行ってるね!二人でゆっくりしてて!」


魔王「あ、お父さんこれお土産です。お父さんの好きな魔界印の栗ようかん」


父親「おおいつも悪いね。相変わらず魔王君は礼儀正しい好青年だね」


魔王「いえいえ……」


父親「しかし早いもんだね……あれからもう10年か」


魔王「あの時は本当にお世話になりました」


父親「礼を言うのはこっちだよ。君がいなかったらあの日アリスは……」


魔王「僕の方こそ、あの後お父さんが馬を飛ばして戻ってきてくれたからこそ助かった命なので」


父親「不思議なんだ。あの時だけは君の姿がはっきり見えた気がするんだ」


魔王「きっとお父さんの僕を助けたいという思いの強さのおかげだと思います」


父親「まあ、あれからまた見えなくなってしまったんだけどね」


魔王「ハハハ……」


父親「しかしあの日から何度も君とこうして会っているうちに声だけは聞こえるようになってきた」


魔王「おかげで僕もお父さんとお話しできるようになって嬉しいです」


父親「デスボイスじゃないのは意外だったが」


魔王「それ偏見ですってば」


父親「ハハハ……まあ、今日はせっかくきたんだ。アリスも喜んでいる。ゆっくりしていきたまえ」


魔王「あの……お父さん、実は今日は大切なお話があってここにきました」


父親「……どうしたんだい改まって」


魔王「娘さん……アリスさんと結婚したいと思っています」


父親「!?」


魔王「ごめんなさい……いきなりこんなことを言って。アリスさんとは今、結婚を前提にお付き合いをさせてもらっています」


父親「君が……魔王君が……アリスと…………」


魔王「お父さん!この通りです!……と言っても見えないでしょうけど。僕はあの日お二人に救われたんです!お父さんが命を!そして道だけじゃなく魔王としての生き方に迷っていた僕が純粋なアリスさんに出会えたことが変われたんです!」


父親「魔王君……」


魔王「あの日以来、お父さんも知っての通り僕は魔族の長としてと人間との共存の道を模索し、そして10年経った今、こうして普通に魔族と人間が仲良く暮らせる平和な世界を実現できました。今度はアリスさんを幸せにするために頑張りたいんです!」


父親「魔王君……もしかして、君……土下座をしているかい?」


魔王「え……見えるのですか……?」


父親「ああ……うっすらとだが……君の姿が見えているよ……頭を上げてくれないか」


魔王「本当に……本当に僕の姿が見えるのですね!」ガタッ


父親「……見える!見えるよ!あの日は必死だったから風貌まではわからなかったけど今ははっきり見えてきたよ!推定30代〜40代くらいでグレーのジャケットを羽織った身長180cmくらいのがっしりした大柄の男が!」


魔王「わあ表現が親子だ!遺伝ってすごい!じゃあこれは!お父さんこの僕の動きが見えますか!」


父親「魔王君……それは……パラパラじゃないか!!!」


魔王「流石お父さん!やった通じる!パラパラが通用する世代!!」


父親「私も若い頃はよく踊ったもんだよ!私の時代はこんな感じで……ホッ!ホッ!」


アリス「二人ともパイが焼け……」


魔王「お父さん竹の子族だったんですかお父さん!すごい!初めて見ました!負けませんよ!ホッ!ハッ!」


父親「ホッ!ホッ!」


アリス「いい大人が二人でなんて珍妙な動きを…………」


魔王「おおアリス見てくれよ!お父さん僕の姿が見えるようになったんだよ!」


アリス「えっ⁉︎お父さんお父さん本当に魔王君の姿が見えるの!!」


父親「も……もちろんだとも……ゼェ…ゼェ……魔王くんが……み…みえ……ゼェ…」


アリス「あーもういい歳してそんなアクロバティックに珍妙な動きをするから!ほら水飲んで!魔王君も若くないんだからそのコミカルな動きやめて!」


魔王「いやだからこれはパラパラと言ってね」


父親「ハァ……いやすまない。魔王君の熱いダンスを見てると若い頃の血が騒いでしまってね」


アリス「お父さんお父さん……じゃあ本当に魔王君が見えるのね!」


父親「あぁもちろんだとも。お父さんの想像していた通りの好青年がいま目の前に見えるよ」


魔王(お父さんの魔王想像図はだいぶ違った気がするけど)


アリス「よかった……本当に……!」


魔王「あの……お父さん。改めて……娘さんを僕にください!!必ず幸せにしてみせます!」


アリス「魔王君……!」


父親「……そうだな。君になら安心して娘を任せることができるよ魔王君」


魔王「お父さんそれじゃあ……」


父親「ああ。娘を……アリスを頼むよ魔王君……いや、息子よ」


魔王「お義父さん……お義父さ〜〜ん!」


父親「あぁ……なんて芳醇なビブラートだ……」

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