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第22章 終焉の使徒

同時多発暴動



「よっし、買い出しに行くぞぉ!」


 セイが元気よく声を上げる。

 小鳥のリンを肩に乗せたミカが、手帳に目を落として買い物の内容を確認した。


「鳥籠と餌に水、あと床材。すぐに揃いそうだね」


「ああ。ドローマの知り合いが鳥用品の専門店をやってるから、そこに行こう」


「ドローマ……」


 ドローマはディザスの破壊活動で受けた傷から、今なお立ち直り切れずにいる。

 躊躇うミカを気遣って、セイが言った。


「今はシナトが守護者代理をやってる。あいつのことはよく知らんが、少なくとも兄貴と妹の区別がつかない男じゃないさ」


「……うん。行こう、セイ」


「ああ!」


 セイとミカは野宿に使った物を片付け、一路ドローマへと向かう。

 セイの知り合いが経営しているその店は、ドローマ西部の外れにあった。


「いらっしゃい。ようこそ、『バードショップ風切かざきり』へ」


 店主の青年は爽やかに挨拶すると、鳥の世話を中断して来客に体を向ける。

 来客がセイたちだと分かると、彼は驚いて駆け寄った。


「って、セイじゃないか! 久しぶりだね、元気にしてたかい?」


「おう。……悪かったな、カザキリ。大変な時だってのに力になれなくて」


「気にしないで。幸い、あれからこの国に災獣は出てないし。それに大災獣と戦う君の姿には、いつも勇気を貰っていたからさ」


 青年––カザキリはそう言って、今度はミカに顔を向ける。

 彼は心の底から心配そうに尋ねた。


「君は歌姫のミカさんだよね。セイが迷惑かけてない?」


「ううん、むしろ助けられてばかり。それよりも……ごめんなさい」


 ミカは深々と頭を下げる。

 驚くカザキリに、彼女は理由を説明した。


「ディザスを操っていたのはわたしのお兄ちゃんで、お兄ちゃんはもういない。だから、わたしが代わりに謝ろうと思って」


「こういう人だ。俺は気にすんなって言ったんだけどな」


 セイは気まずそうに苦笑する。

 カザキリは爽やかさを保ったまま答えた。


「お兄さんがしたことに、君が責任を感じる必要はないよ。それに僕、過去は振り返らない主義だからさ!」


「……ありがとう」


 真っ直ぐな許しをぶつけられ、ミカの胸が熱くなる。

 彼は大袈裟な咳払いをして、無理やり話題を軌道修正した。


「それよりっ! 俺たち鳥を飼うことにしたんだ。なあ?」


「う、うん」


 ミカは頷いて、カザキリにリンの姿を見せる。

 褪せない美しさを放つ白い小鳥に、カザキリは思わず釘付けになった。


「見たことない種類だ……君たちが拾ったのかい?」


「傷ついてるのを偶然見かけてな。怪我が治るまで世話をしようと思って」


「そういうことなら、この店の物を何でも好きに使ってくれ!」


「そりゃ有り難い話だけど……いいのか?」


 カザキリは大きく頷く。

 鳥籠の中で思い思いに過ごす鳥たちを見やって、彼は悲しげに言った。


「いいんだ。こんな時勢に、わざわざ鳥を飼おうなんて人はいない。それにこの子たちを養うためには、もっと確実な収入が必要だからね。短い間だったけど、夢を叶えられて幸せだったよ」


「カザキリ……」


 カザキリの胸中を思い、セイは拳を握りしめる。

 そして彼の肩を掴み、決意を込めて言った。


「必ず、また鳥の店を開けるようにしてやるからな!」


「ああ……ありがとう!」


 カムイとして戦う理由をまた一つ増やし、セイとミカは店の商品を見て回る。

 ミカの肩に乗るリンは羽を軍配のように扱い、望みの品を次々に指定した。


「え、偉そうに……!」


「自分の物は自分で選びたいんだよ。ね、リンちゃん?」


 リンはすっかり懐いたようで、ミカにじゃれつく。

 やがて必要な物を揃え終えた時、不意に近くで銃声が鳴り響いた。


「何だっ!?」


 セイとミカは店の扉を僅かに開け、隙間から外の様子を伺う。

 二人の気配を察知した暴徒の集団が、銃を構えて襲いかかってきた。


「カザキリは隠れてろ!」


 二人は店を飛び出し、暴徒たちを迎撃する。

 初撃で一人を倒し、他の仲間が動揺した所で一気に乱戦へと持ち込んだ。

 セイは持ち前の身体能力で暴徒を圧倒し、ミカも攻撃を掻い潜っては電撃を放つ。

 全ての暴徒を倒し店に戻ろうとしたその時、セイは背後に強烈な殺意を感じて叫んだ。


「しゃがめ!!」


 ミカが咄嗟に身を屈めた直後、銃声と共に鉛色の弾丸が空を切り裂いて飛来する。

 凶弾がセイの眉間に突き刺さろうとした刹那、また別の弾丸がそれを弾き飛ばした。


「わっ!」


 目の前で火花が飛び散り、セイは驚いて尻餅を突く。

 彼に手を差し伸べたのは、意外な男だった。


「アラシ!」


「危ねえ所だったな」


 アラシは暴徒から奪った銃の口から立ち昇る煙を吹き消し、懐にしまう。

 ミカが溜め息混じりに言った。


「弾丸に当てるなんて、凄い命中精度……」


「まあな。それよりさっきの暴徒だ。実は今、さっきみてえな事件が世界各国で同時に起こってる」


「何だって!?」


「オレも鎮圧のために各国を回ってて、さっきようやくドローマに戻れたんだ。幸い、ドトランティスとミクラウドには何もねえみてえだが……」


「とにかく今は、虱潰しに暴徒を止めるんだ!」


「おう!!」


 セイとミカはカザキリに別れを告げ、アラシと共に暴徒制圧戦を開始する。

 戦いに明け暮れる中、アラシの第六感がある違和感を嗅ぎ取った。


「こいつらの動き、何か妙だ。まるでオレたちを何処かへ誘い込もうとしてるみてえに……」


 そして森を抜けた時、アラシの予感は的中する。

 アラシは周囲を見回すと、確信を持って言った。


「間違いねえ! ここはクーロン城があった所だ! あいつらは何かの目的のために、オレたちを誘き出したんだ!」


「察しがよいですね」


 やや低い女性の声が、虚空からセイたちに囁きかける。

 直後、黒い霧がクーロン城跡地を包み込んだ。


「我々の演説を、貴方たちには是非特等席でご覧頂こうと思いまして」


「その声はラストか。何を企んでる!」


 セイの問いに答える代わりに、彼らを包む黒い霧がラストの姿へと実体化する。

 両翼に二人ずつ、計四人の黒外套衆を従えて、彼女は優美な微笑みを浮かべた。


「なかなかいい立ち姿でしょう? 今、世界中に私たちの姿が映っているのですよ。鏡や水面を介してね」


 ラストが指を鳴らすのを合図に、黒外套たちはただ一人を除いて一斉に素顔を明かす。

 セイたちがその正体に驚愕する中、五人は声を揃えて告げた。


「我らは『終焉の使徒』。この世界を滅亡に導く者なり!!」

––

使徒、終来しゅうらい



 ラスト率いる謎多き五人組『終焉の使徒』。

 その構成員の中には、かつてファイオーシャンを襲ったガメオベラの姿もあった。

 しかし何よりセイたちを驚かせたのは––。


「ゆ、ユキ!?」


 シヴァル守護者・ユキが使徒の一員となっていたことだった。

 目の色は妖しい紫色に染まり、顔つきも悪どく歪んでいる。

 ユキは彼らしからぬ悪戯な笑い声を上げると、その肉体を操る者の名を告げた。


「違う違う、ボクは憑依のフィニス! ユキの体を使ってるだけでれっきとした別人さ」


「どうしてユキの体を」


「ボクはみんなと違って、誰かの肉体を借りないと活動できないんだ。だからこいつの弱い心に漬け込んで、肉体を乗っ取ったってわけ」


 ユキ––フィニスはニタニタと笑い、ミカの問いに答える。

 彼の他者を踏み躙る卑劣な性根が、セイたち三人の怒りに火をつけた。


「……酷い!」


「ああ。ユキのことは気に食わねえが、こいつのやり口はそれ以上だ!」


「ぶちかますぞオメーらぁ!!」


 アラシはフィニス目掛けて発砲し、セイとミカが弾に風雷のエネルギーを乗せる。

 しかし三人分の力を込めた弾丸は、フィニスの隣に立つ少女によって防がれた。


「嘘っ、当代のカムイ弱すぎ! マジ笑えるんですけどぉー!」


 露出の激しい衣装に身を包んだ小悪魔然とした少女が、受け止めた弾丸を掌で弄びながら言う。

 鉛の弾丸を指で挟み潰して、無邪気に自己紹介をした。


「アタシは終焉の使徒『堕落のアンティル』! 可愛くティルルって呼んでね!」


「破壊のガメオベラ様だ!」


「……『偽神ぎしんのシュウ』」


 唯一黒外套で顔を隠したままの使徒が、低い声でそう名乗る。

 彼ら四人を従えて、ラストが誇らしげに告げた。


「そして私が破滅のラスト。以上が、この世界を滅ぼす存在の名前です」


「一つ聞かせろ。どうして世界を滅ぼそうとする?」


 セイが真剣な態度で尋ねる。

 ラストは何食わぬ顔で答えた。


「全ての物には終わりが訪れます。花が枯れ、人が死ぬように。この星にもその時が来たというだけの話です」


「ふざけんな!」


「ふざけてなどいません。我々は摂理の代行者として、滅亡を実行しているだけです」


「それがふざけてるって言ってんだ!!」


 セイが激昂して叫ぶ。

 首元で煌めく翡翠の勾玉を握りしめ、彼は喉を枯らして訴えかけた。


「摂理だか何だか知らねえが、勝手な都合で終わらせていいものなんか一つもねえ!!」


 セイはカムイへと変身し、鉄鎚の如き拳で使徒たちを叩き潰そうとする。

 カムイの拳がラストたちを打ち据える刹那、ガメオベラが不敵に言った。


「その前にこいつを見な!」


 上空に映し出された光景を見て、カムイは殴る手を止める。

 それは黒い首輪をつけられたシナトが、闘技場のような所で苦しそうに呻いている姿だった。


「シナト!!」


「そうだ。滅亡の手始めに、まずはシナトを処刑する!」


「忠告ですが、シナトが着けている首輪は我々の意思と連動しています。下手な真似をしたら、即座に彼を処刑しますよ」


「クッ……!」


 ラストの忠告という名の脅迫に、カムイは変身を解除する。

 悲痛に拳を握りしめて、アラシが声を絞り出した。


「シナトを……シナトを解放しろッ!!」


「助けたければ、一人で大銅鑼山おおどらやまの天辺に来い。待ってるぜ」


「ガメオベラは一人でと言いましたが、誰が来るかまでは指定していません。私としては、カムイに頼ることを推奨しますよ」


 嘲りを込めたアドバイスを残して、ラストはその場から姿を消す。

 次いで他の使徒も去り、後にはセイ、ミカ、アラシの三人だけが残された。


「で、どうする? ……なんて、聞くだけ野暮だな」


 セイが横目でアラシを見る。

 アラシは闘志を漲らせて、セイとミカの予想そのままの言葉を返した。


「大銅鑼山にはオレが乗り込むぜ! そしてシナトを助け出すんだ!!」


「うん。アラシならそう言うと思ってた」


「他のことは俺たちに任せろ!」


「お前ら……! ありがとうな!!」


 三人は拳を突き合わせ、改めて結束を確かめる。

 そして準備を済ませ、アラシは大銅鑼山へと駆け出していった。


「シナトっ!!」


 大銅鑼山の頂上に着くなり、アラシは大声でシナトを呼ぶ。

 しかし返事はなく、シナトが囚われていた闘技場のような空間に繋がる出入り口らしきものも見当たらなかった。

 すわ騙されたか、とアラシの脳裏に最悪の可能性が去来する。

 そんな彼の心を見透かしたように、ガメオベラの声が響いた。


「来ると思ってたぜ、アラシ!!」


 同時に空間が歪み、異次元へと繋がる穴が現れる。

 その中から微かに漏れ出るシナトの悲鳴を聞き、アラシは一も二もなく飛び込んだ。


「ワアアアアァッ!!!」


 異次元の中に踏み込むと、処刑の場に似つかわしくない歓声がアラシを出迎える。

 見れば観客たちは、皆暴徒と同じ血走った目をしていた。

 恐らくはガメオベラが操っているのだろう。

 愕然とするアラシの前に、闘技場の奥から傷だらけのシナトが現れた。


「あ、アラシ……」


「シナトっ!!」


 アラシは堪らずシナトに駆け寄り、彼の無事を確かめる。

 闘技場の特等席で、ガメオベラが野蛮な声を上げた。


「ははっ、感動の再会だなァ!」


「ガメオベラ! シナトは返して貰うぞ!」


「そう焦るなよ。処刑人の紹介がまだだぜ?」


 確かに、処刑をすると言った割にはそれを執行する者の姿がない。

 何が相手でも倒してやると息巻くアラシの足元に、突如黒い剣が投げ込まれた。

 剣は地面に突き刺さり、柄に刻まれた眼の紋様がアラシを誘う。

 困惑するアラシに、ガメオベラがあまりに残酷な宣告をした。


「処刑人は……アラシだ!!」


 ガメオベラの宣言で、観客席の盛り上がりは最高潮に達する。

 血の気が引くような感覚の中、シナトが白い剣を抜く微かな金属音だけが鋭敏に聴覚を刺激した。


「処刑決闘……殺す者と殺される者が、文字通り命懸けで戦う最高のゲーム! さあ、決闘開始だァ!!」


 ガメオベラの思惑に乗せられるがまま、シナトがアラシ目掛けて斬りかかる。

 交わる白と黒の剣が、二人の眼前で火花を散らした。

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