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第23章 究極龍轟臨

科戸風の嵐



 二つの刃が火花を散らす。

 ガメオベラによって仕組まれたアラシとシナトの処刑決闘は、未だ続いていた。

 アラシは一度の反撃もせず、シナトの猛攻を耐える。

 防戦一方のアラシに、ガメオベラが安全圏から野次を飛ばした。


「どうした、守ってばっかじゃ勝てねえぞ!」


「ゴチャゴチャうるせぇ……ぐほっ!」


 注意が逸れた隙を突き、シナトが強烈な一撃でアラシを吹き飛ばす。

 激しく咳き込みながらも、アラシはシナトに訴えかけた。


「目ぇ覚ませよ、お前はあんな奴に操られるようなタマじゃないだろ!? なあ、シナト!」


「……っ!」


 シナトの眼に正気の光が戻り、手の中の剣を放棄しようとする。

 しかし首輪から流れる黒い電流が、再びシナトから自由を奪い去った。


「おっとォ、戦いを止めたらかえって苦しむぜ。それともそうやってジワジワと甚振り殺すのがアラシの趣味かァ?」


「やるしかねえってことかよ……畜生ッ!!」


 アラシは拳を握りしめ、悔しげに唸る。

 硬く結んだ拳で自分の頬を殴りつけて、彼は雄々しく咆哮した。


「うぉおおおーッ!!!」


 そしてアラシは剣を投げ捨て、シナトに殴りかかる。

 困惑するガメオベラに、彼は血に染まった拳を見せつけた。


「こうなりゃとことんまでやってやる。だが剣は使わねえ! 男の喧嘩に必要なのは、コイツだけだ!!」


「アラシ……っ」


「シナトも遠慮は要らねえぞ! 腹の底に溜めてるもの、全部ぶつけてこい!!」


「アラシぃいいッ!!」


 シナトの激昂に呼応し、首輪の電流が停止する。

 肉弾戦へと切り替えたシナトの徒手空拳を捌きながら、アラシは冷静に次の手を思索した。


「ひとまずシナトに『自分の意思でオレと戦わせる』ことはできた。後は少しずつシナトの心を目覚めさせて、ガメオベラ《やつ》の影響下から引っ張り出すッ! そんでもって」


「よそ見をするなぁッ!!」


 シナトの鉄拳を喰らい、アラシの思考は強制的に中断される。

 シナトが放つ本気の一撃に何故か高揚感を感じつつ、アラシは威勢よく反撃した。


「おらあッ!!」


 左の拳で体勢を崩し、素早く右脚で蹴り込む。

 怒涛の連続攻撃に想いの丈を乗せて、アラシは切々と語りかけた。


「シナト、オレたちには……ドローマにはお前が必要だ! だから戻ってこい!!」


「そんな風に思っているのはお前だけだ!」


「シナト……!」


「あの時、俺がどんな思いでお前を送り出したか分かるか? 守護者代理になった俺を、みんながどう評価したか分かるか!?」


 シナトの悲痛な叫びに、アラシは攻撃の手を止める。

 アラシの無防備な鳩尾を殴り抜いて、シナトは続けた。


「みんな、みんなアラシを求めた。新参も古参も関係なくだ! 俺があいつらの生活を支えるためにどれだけ手を尽くしたかも知らずに!! ……あの時、初めてお前を嫌いになった」


「嫌いに……」


「だけど一番嫌いだったのは、あいつらと同じようにアラシの帰りを望んでた俺自身だ。国のことは任せろって、約束したのにな」


 シナトはそう言って哀しげに笑う。

 しかしすぐに、それは憤怒の表情へと切り替わった。


「なのに戻ってきたお前は! 俺たちの知るお前じゃなくなってた! 目の前のドローマ《おれたち》より、他の奴らを優先するようになっていたんだ!!」


「……っ」


「侵略も防衛もない! お前が俺たち以外に意識を向けることそのものが、どうしようもなく気に食わないんだ!!」


 アラシは言い訳一つせず、シナトの感情を真っ向から受け止める。

 戦局はいつの間にか、シナトの独壇場へと変わっていた。


「裏切り者が! 今更正義の味方面して助けに来るんじゃねえっ!!」


 シナトの渾身の一撃が、骨を砕く不快な音を立てる。

 荒い息をしながら、彼は冷たく吐き捨てた。


「俺たちはもう、終わってるんだよ」


「だってよ! 振られちまったな、ギャハハ!!」


 血と涙に塗れた死闘に、ガメオベラが下卑た笑い声を降らす。

 アラシはゆっくりと顔を上げ、ドス黒い目線で彼を射抜いた。


「……少し黙ってろ」


「っ!」


 生まれて初めて感じる恐怖に、ガメオベラは思わず竦み上がる。

 満身創痍のシナトに向き直って、アラシは己の罪を懺悔した。


「今まで、自分の都合で振り回して悪かった。お前が一番困ってる時に側にいてやれなくて悪かった。俺の無神経さがお前を傷つけた。だから、ごめん」


「アラシ……!」


「これからは近くのもんも、遠くのもんも、両方大事にする! 全ての世界を守る最強の男になる!! ……でも、どうしたらなれるのか分からねえ」


「ふっ、やっぱバカだな」


 ドローマ再建を目指していた時を思い出し、シナトは優しく微笑む。

 アラシも満面の笑顔を浮かべた。


「そうさ、オレはバカなんだ。だからお前が必要だ。シナト」


 アラシが伸ばした右手に、シナトも左手を伸ばし返す。

 二つの手が重なる刹那、二人はその手を握り拳に変えた。


「うおおおおっ!!」


 打撃音が二つ、処刑場内に反響する。

 長い長い静寂の中、アラシが不意に笑い出した。


「何が可笑しい」


「……いや。オレたち生きてるなって、思ってさ」


 拳に滲む赤い血も、全ては生きていればこそ。

 無邪気に笑うアラシを眺めながら、シナトは彼に貰った言葉を思い出した。


『何度だって始めればいい』


 例え全てを失っても、諦めなければ必ず道は拓ける。

 かつてそう教えてくれた男に、シナトは改めて尋ねた。


「アラシ。俺たち、やり直せるかな」


 アラシの答えは、決まっていた。


「ああ、当たり前だ!」


 二人は固く抱擁を交わし、会えなかった空白の時間を埋め合う。

 しかしまたしても、首輪が二人の絆を引き裂いた。


「ぐああッ!!」


 完全に戦意を失くしたシナトを、電流が容赦なく痛めつける。

 シナトは気力を振り絞り、助けようとするアラシを跳ね除けた。


「俺のことはいい! お前だけでも」


「バカ野郎! オレはっ、お前と一緒じゃなきゃ帰らねえ!!」


 苦痛に全身を灼かれても、アラシはシナトの首輪を手離さない。

 ようやく恐怖から立ち直ったガメオベラが、薄ら笑いを浮かべて言った。


「無駄だ! どんな小細工をしても、首輪は外れねえ!」


「小細工なんかしねえよ。腕づくで引き千切るんだッ!!」


 アラシの掌に込められた怪力が、鋼鉄の首輪を歪める。

 首輪から破壊の力が漏れ出し、周囲の空間に次々と亀裂を入れていった。

 やがて力は臨界点を超え、処刑場は眩い光に包まれる。

 アラシが次に目を覚ました時、景色は元の大銅鑼山に戻っていた。


「シナト! しっかりしろ、シナト!」


 すぐ側で倒れているシナトを見つけ、慌てて叩き起こす。

 意識を取り戻した彼の首に、もう拘束具は着けられていなかった。


「アラシ……。そうか、俺たち戻れたんだな」


「ああ! へっ、いつの間にやら夜中だぜ。だがこれであの筋肉ダルマも少しは大人しくなって」


「まだだァ!!」


 ガメオベラの野蛮な声が、二人の楽観を打ち砕く。

 殺意と憎悪を剥き出しにして、ガメオベラは獰猛に叫んだ。


「しぶとい奴らめ。こうなりゃ、てめえら纏めてゲームオーバーにしてやるぜ!!」


 ガメオベラの体に闇の力が集結し、彼を巨大なる異形に変える。

 神官とワニが融合したような二足歩行の災獣が、アラシたちの脳に直接声をぶつけた。


「これが俺様の真の姿、『断罪災獣ゼベク』だ! 恐怖と絶望に塗れて死ねェ!!」


 ゼベクは大口に潜む牙を光らせ、アラシとシナト目掛けて飛びかかる。

 二人が肉片に変えられんとしたその時、謎の爆発がゼベクを吹き飛ばした。


「何だ、アレは……?」


 爆炎と共に現れたのは、流線型を主体とした白く機械的な巨人。

 呆然と立ち尽くすシナトに、アラシが巨人の正体を告げた。


「ミリアの開発した新兵器、G9だ!」

––

最強の証明



「二人とも、無事だったのだね」


 G9の機体から、ミリアの声が響く。

 G9は腕を伸ばし、アラシとシナトを操縦席へと招き入れた。


「ミリア!」


「やあアラシ君。G9の強さは中々のものだろう?」


 ある意味通常運転のミリアに、アラシは思わず苦笑する。

 しかし安堵したのも束の間、彼女は呻き声を上げて倒れ込んだ。


「くっ、やはり正規の操縦者でなければ無理か……」


「ミリアっ!」


「私にできるのはここまでだ。後は君に託す」


 ミリアはそう言って、ガラ空きになった操縦席を指差す。

 操縦席の前に安置された水晶体が、アラシを試すかのように煌めいた。


「あの水晶体は、カムイの勾玉と極めて近い性質を有している。さあ! 水晶体に手を翳し、戦いたいと強く願うんだ!」


 ミリアに促され、アラシは操縦席に腰を下ろす。

 正面の大窓に映るゼベクが、ゆらりと起き上がって咆哮した。


「くたばれ雑魚がァ!!」


「っ!」


 アラシは咄嗟にG9を操り、ゼベクの剛腕を受け止める。

 互角の鍔迫り合いを繰り広げながら、アラシは水晶体に願いを込めた。

 最強になりたい。みんなを守る力が欲しい。

 だが、水晶体は光らない。

 見守るミリアの表情が暗くなる中、アラシは諦めずに祈り続けた。

「オレの願いは三つある。一つ目は最強になること、二つ目はその力でみんなを守ること。そして最後の三つ目は!」

 アラシは突然にシナトの腕を引き、その手を水晶体に触れさせる。

 全身全霊を込めて、アラシは三つ目の願いを曝け出した。

「シナトと一緒に戦うことだ!!」


 瞬間、水晶体が鮮烈なる光を放つ。

 二人の願いに呼応し、G9は彼らにとっての戦いの象徴・クーロン城へと姿を変えた。

「何だと……!?」


 クーロン城の復活に、ミリアは思わず呆気に取られる。

 玉座に座るアラシを見て、シナトは涙を堪えながら呟いた。


「ようやく、この椅子を返す日が来たな」


「お前があっためてくれた玉座だ。大事に座らせてもらうぜ!」


 初代クーロンの時と同様に、アラシは怒涛のレバー操作でコマンドを入力する。

 機体から伝わる振動に身を任せて、彼は高らかに口上を唱えた。


「超動!!」


 城を構成する各部から白煙が噴き上がり、唸りを上げて変形を開始する。

 そして紺碧の輝きと共に、一体の巨大戦士が誕生した。

 頭部には龍を模した兜を被り、双肩に設置された砲門もまた龍。

 両腕を護る籠手も龍なら脚部に纏った装甲も龍。

 そして七つの龍を統べるのは、アラシとシナトの兄弟龍。

 世界を守護するために生まれた究極の九龍クーロンが、満月を背に咆哮した。


「新生! 『超動勇士クーロンG9』!!」


「クーロンG9だとォ……!?」


「オレらの国で、これ以上好き勝手はさせねえッ!!」


 超動勇士クーロンG9の拳が、ゼベクの胴を打ち据える。

 直撃の瞬間に砲撃することで更に威力を高めた一撃が、ゼベクの巨体を吹き飛ばした。


「くっ、小癪な!」


 ゼベクは闇の力を解き放ち、無数の衝撃波を放つ。

 しかしクーロンG9の装甲は、擦り傷すらつけずに弾幕を弾き返した。

 足元で起こる爆発を歯牙にも掛けず、標的目掛けて突き進む。

 そして堂々たる歩みを疾走に変え、龍戦士は軽やかに跳躍した。


「ダブルドラゴンキック!!」


 クーロンG9渾身の両脚蹴りが、ロアヴァングに大きなダメージを与える。

 背面のバーニアで難なく着地を果たした龍戦士の姿に、戦いを見守っていたドローマ国民たちは一斉に沸き立った。


「クーロンだ、クーロンが蘇ったぞ!」


「まさかあの中に乗ってるのはアラシか!?」


「こうしちゃいられねえ! 俺たちも戦うぞ!!」


 ドローマ国民は一致団結し、狩猟で培った技術を総動員してゼベクに立ち向かう。

 弱点を探る者、罠を張る者、槍や投石で攻撃する者。

 小さな力を束ねる彼らの有り様が、ゼベクを無性に苛立たせた。


「調子に乗りやがって! やれ、眷属ども!」


 ゼベクは自身の姿を模した眷属を大量に召喚し、ドローマ国民にけしかける。

 しかし始まりかけた蹂躙劇は、一条の落雷によって阻まれた。


「カムイ!」


「こいつらは俺が引き受ける! アラシはゼベクを倒せ!」


「おう!」


 頼もしい援軍と背中を合わせ、クーロンG9はゼベクへと向かっていく。

 クーロンG9の猛攻に圧倒されながら、ゼベクは悔しげに叫んだ。


「これだけの力を何処に隠してたんだ!? あんなに痛めつけてやったのに!」


「隠してたんじゃねえよ。仲間と力を合わせて戦えば! この体に、心に! 最強のパワーが湧き上がってくるんだ!!」


「アラシの言う通りだ! そのパワーがある限り、俺たちは二度と屈しない!!」


「受けてみろ、オレたちの絆!!」


 アラシとシナトの想いを乗せた鉄拳が、ゼベクを大きく吹き飛ばす。

 しかしゼベクは執念のまま、最後の力を振り絞って立ち上がった。


「ふざけるな! そんなもの、こいつで消し炭にしてやる!!」


 ゼベクは魔杖を召喚し、そこに全エネルギーを集中する。

 負けじと必殺技の体勢に入らんとした時、アラシの右腕が遂に限界を迎えた。


「まだだ! 右腕ならここに『いる』!」


「……ああ、そうだな!」


 シナトに右レバーを任せ、アラシは左レバーの操作に集中する。

 互いの連携で複雑なるコマンド入力を達成し、クーロンG9は必殺技を発動した。


「クーロン砲・最強爆裂波!!」


 装備された全ての銃火器から弾丸を放ち、怒れる龍の如き破壊力でゼベクを焼き尽くす。

 勝利に吼えるクーロンG9を祝福するかのように、白い太陽が彼を照らした。


「……へへっ」


 アラシとシナトは笑い合って、クーロンG9のレバーを倒す。

 天高く突き上げられたクーロンG9の拳こそ、ドローマ復活の象徴だった。


「ガメオベラを倒しましたか。しかし、これで終わったなどと思わないことですね」


「終わったなんて思っちゃいない」


 現れたラストに、カムイは冷たく言い返す。

 彼はクーロンG9の隣に立ち、ラストを見据えて宣言した。


「だがこれだけは覚えておけ。俺たち超動勇士がいる限り、この世界は終わらないってな!!」


 軋轢を乗り越えて繋がった戦士たちの胸に、強い意志の炎が灯る。

 新たな戦力を加えて、彼らはこれからも終焉の使徒と戦い続けるのだった。

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