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第24章 ウエディングドレスの約束

廃教会の花嫁



 ガメオベラ撃破から数日後、ドローマではそれまでの陰鬱な空気が嘘のようなお祭り騒ぎが繰り広げられていた。

 各々が食糧や催し物を持ち寄り、限られた物資を最大限活かして猥雑に騒ぎ立てている。

 熱気に溢れた街並みを歩きながら、ミリアは溜め息混じりに呟いた。


「全く、ドローマという国はつくづく逞しいな。我がレンゴウにも多少は見習うべき所が……」


「それイッキ! イッキ! クーロンイッキ!!」


「……やはりないな」


 イッキ飲みコールをして盛り上がる集団から目を逸らして、ミリアはアラシとシナトを探す。

 二人は復活したクーロン城の前で、大勢の国民たちに囲まれていた。


「まさかシナト様が、アラシ様を連れ戻してくるなんて!」


「しかもクーロンをクーロンG9にパワーアップ! やっぱり俺らの守護者様は凄いぜ!!」


「アラシ様万歳! シナト様ばんざーい!」


 アラシとシナトは大きく手を振り、国民からの愛情を一身に受け止める。

 ミリアは人混みの間を縫ってアラシたちに近づくと、するりと二人の間に挟まって肩を組んだ。


「失礼、少し借りるよ」


 ミリアは二人を連れて、クーロン城の扉を潜る。

 三人でいるにはやや狭い個室に入って、彼女は心配そうに問いかけた。


「君たち、体はもういいのか?」


「おうっ!」


「……しかし、何だ。強く願えとは言ったが、それがG9の姿にまで影響を及ぼすのは予想外だったよ。全く、君たちの可能性は底知れないな」


 呆れたように言うミリアだが、その口元は優しく綻んでいる。

 彼女は敢えて淡々と続けた。


「この城は君たちにあげよう」


「いいのか!?」


「むしろ贈らせてくれ。事情があったとはいえ、君たちの窮状を救えなかったことのせめてものお詫びだ」


「ミリア……」


 素直に本心を語るミリアに、アラシは思わず涙ぐむ。

 そしてミリアはシナトに体を向け、手を差し伸べた。


「それに、君を追い詰めてしまったお詫びもな」


「もう気にしてませんよ。それより、これからは仲間として」


「ああ。共に戦おう!」


 ミリアとシナトは固い握手を交わし、完全に蟠りを解消する。

 一頻り話し込んだところで、ミリアはアラシたちに背を向けた。


「さて、私はそろそろ調査に出るとしよう」


「調査ぁ?」


「ああ。ドトランティスとミクラウドだけは、終焉の使徒の攻撃を受けていない。その理由を調べるんだ。……そういえば、セイ君たちも今朝、調査だと言ってラッポンに向かっていたな」


「んだよぉ、調査流行ってるのか?」


「流行りとかではないだろ」


 何処かゆったりとした時間が、三人の間を流れていく。

 同じ頃、セイとミカは知人のジュウジに案内され、ラッポンのとある森を訪れていた。


「ここだな。『花嫁の幽霊』が出るっていう森は」


 ジュウジは頷き、森の奥を指差す。

 彼は慎重な面持ちで、花嫁の幽霊を見た時のことを語り始めた。


「この森で、孤児院のみんなと遠足をした時のことでした。僕が一瞬目を離した隙に、何人かの子供たちが迷子になってしまったんです」


 ジュウジは森の中を隈なく探し、迷子になった子供たちを見つけ出した。

 そして迷子たちはジュウジに縋りつくと、異口同音に『幽霊を見た』と言ったのである。


「その後、僕は一人でここに来ました。そして見たんです。花嫁の幽霊を」


 ジュウジの真に迫った語り口に、セイは思わず震え上がる。

 ミカが悪戯っぽく囁いた。


「セイ、もしかして幽霊怖い?」


「ばっばか言え! 幽霊なんてなあ、そんなのこう、こうしてやればいいんだよ!」


 セイは慌てて、仮想の幽霊相手に投げ技や関節技をかける練習を始める。

 ジュウジが申し訳無さそうに言った。


「すみません、大変な時なのに」


「気にするなって。これも巨神カムイの使命だ」


 セイがいつの間にか復活して言う。

 ミカも大きく頷いた。


「ありがとうございます! お気をつけて!」


 ジュウジに見送られて、セイとミカは森の奥に足を踏み入れる。

 鬱蒼とした森を抜けると、そこは広大な草原だった。

 陽だまりに包まれた爽やかな緑色に、寂れた廃教会だけが場違いな存在感を放っている。

 奇妙な風景を訝しがりながらも、セイたちは草原を探索し始めた。


「来ないで」


 突如聞こえてきた声に、セイとミカは互いの顔を見合わせる。

 そのまま立ち尽くす二人の前に、声の主がその正体を現した。


「来ないで。私とあの人の場所に……!」


 花嫁衣装に身を包んだ女の幽霊が、長い黒髪を靡かせて叫ぶ。

 彼女の意思に呼応して、花冠を被った桃色の鯨型災獣が姿を現した。


「ブーケトス、二人を追い出して!」


 ブーケトスと呼ばれた災獣は花冠にエネルギーを収束し、破壊光線として射出する。

 紙一重で破壊光線を躱して、セイが勾玉を構えた。


「災獣相手なら怖くねえ! 超動!!」


 セイは巨神カムイに変身し、ブーケトスの強烈な突進を受け止める。

 小細工なしの力比べに挑むカムイに歌を届けるべく、ミカは大きく息を吸い込んだ。


「……きゃあっ!」


 しかし戦闘の余波に巻き込まれ、ミカは尻餅を突いてしまう。

 弾みで開いた鳥籠から、リンが彼女を守るように飛び出した。


「勇敢ね。でもどいてちょうだい。もうここを血で汚したくはないから」


 女幽霊の面持ちが僅かに翳る。

 ミカはそこに終焉の使徒とは違うものを感じ取ると、身を起こして言った。


「あなたからは悪意を感じない。ねえ、あなたがそうやって人を追い返すのには、何か理由があるんでしょう?」


「どうしてそう思うの?」


「リンちゃんを……この子を見る目が優しかったから」


 リンを胸に抱いて、ミカは女幽霊の目を見据える。

 女幽霊は彼女に背を向けると、ブーケトスに撤退命令を下した。


「もういいわよ、ブーケトス」


 女幽霊の指示を受け、ブーケトスは遥か空の向こうへと泳ぎ去っていく。

 変身を解いたカムイ––セイとミカに、女幽霊は自らの名前を告げた。


「私は『ツキヨ』。さっきは手荒な真似をしてごめんなさい」


「気にしないで。わたしは歌姫のミカ」


「俺はセイだ。ツキヨは何で俺たちを追い返そうとしたんだ?」


「生きてる人に私の意思を伝えるには、こうするしかなかったから」


「生きてる人って……じゃあやっぱり」


 『幽霊』の二文字がセイたちの脳裏に過ぎる。

 ツキヨは彼らに背を向けると、廃教会に向かって歩き出した。


「着いてきて」


 ツキヨが擦り抜けた扉を、セイは壊さぬようにと慎重に開けて室内に入る。

 今にも倒壊しそうな廃教会の中は、外観と同じで酷い有り様だった。


「争った形跡があるな。単なる経年劣化ってわけじゃなさそうだ」


「鋭いわね。……あなたたちには、話していいかもしれない」


「聞いてもいいかもしれない」


「じゃあ、話すわね。かつてこの教会で起きた悲劇を、私が今もこの世に留まり続けている理由を」


 並び立つセイとミカを見て、ツキヨは静かに語り始める。

 それは、三百年前のことであった。

––

愛情の形



「私はディザスターの宝玉を回収するため、ソウルニエからこの世界に送り込まれたの」


「ソウルニエから……」


 ツキヨが同郷の者だったことに、ミカは驚きの声を上げる。

 ツキヨは熱を帯びた口調で続けた。


「けれど災獣に襲われて、私は大きな怪我をした。そして運び込まれた診療所で、私はあの人に出会ったの……!」


 それは町医者の青年、ノグチ。

 ノグチの甲斐甲斐しい治療を受ける内に、いつしか彼はツキヨの中で愛すべき存在となっていた。

 ノグチもまた、美しく真っ直ぐな心を持つツキヨに惹かれていった。


「そして退院の日、私とノグチさんは結ばれたの」

 ノグチはツキヨがソウルニエ人であると知った後も、変わらず彼女を愛し続けた。

 そんなある日、二人はこの場所に出会った。

 ツキヨたちは爽やかな草原と美しい教会をとても気に入り、必ずこの場所で結婚式を挙げようと誓った。

 しかし、それが幸せの終わりだった。


「結婚式の日、大勢の兵士が教会に押し入った。そしてノグチさんは、兵士の槍から私を庇って……!」


 兵士たちは自らの罪を隠蔽せんと、教会に火を放って逃走した。

 焼け落ちる教会の中で、ツキヨは愛する男の亡骸を抱き締めた。

 逃げることも忘れ、ただ愛する人を想って泣き腫らした。

 そして次に目覚めた時、彼女は幽霊となっていた。


「……なるほど。そりゃ成仏できないわけだ」


「ええ。あの人と結婚式を挙げるまで、ここに手出しはさせないわ。例え災獣の力を借りてでも、この場所を守ってみせる」


 ツキヨの強固な執念を前に、セイとミカは顔を見合わせる。

 何とか彼女の未練を晴らせないものか。

 ミカはふと妙案を思いつくと、セイにその内容を耳打ちした。


「……本気なのか?」


「うん。セイも協力して」


「しょうがないな。分かったよ!」


 盛り上がる二人の意図を図りかねて、ツキヨは首を傾げる。

 セイはツキヨに向き直ると、得意げに胸を張って言った。


「喜べツキヨ。あんたの未練を晴らしてやる」


「本当?」


「本当さ。じゃあ、俺は準備があるから」


 ミカとツキヨとリンを残して、セイは廃教会を後にする。

 森を出ようとした彼は、ふと妙な気配を感じて振り返った。


「気のせいか……」


 セイはジュウジと合流し、事の次第を明かして彼に協力を仰ぐ。

 同じ頃、廃教会ではミカとリン、ツキヨがセイの帰りを待っていた。


「……じゃあ、少し体を借りるわね」


「うん」


 ミカの承諾を得て、ツキヨは彼女の体に憑依する。

 実体を手に入れたツキヨは物陰に隠れると、花嫁の正装を身に纏った。

 かつてノグチとの結婚式で着る筈だった、思い出のウエディングドレス。

 今は煤やほつれでボロボロになっているものの、純白だった頃の美しさの片鱗は未だに残っていた。


「ねえ、本当にこれでよかったの? セイに頼んで新品を持ってきてもらうこともできたのに」


「私はこれがいいの」


 二人はそれきり何も言わず、廃教会の扉が開くのを待つ。

 それから暫くして、運命の時は訪れた。


「花婿をお連れしました!」


 神父姿のジュウジとタキシードに身を包んだ青年が、厳かに廃教会の扉を潜る。

 驚愕に目を見開くツキヨに、青年は優しく笑いかけた。


「久しぶりだね、ツキヨ」


「ノグチさん……!」


 互いの存在を確かめるように、二人は固く抱きしめ合う。

 壇上に立ったジュウジが、重々しく宣言した。


「これより、結婚式を執り行う」


 遠くで響いた鐘の音が、ツキヨたちの耳に届く。

 神父ジュウジは深く息をして、新郎新婦への言葉を投げかけた。


「汝ノグチはこの女ツキヨを妻とし、生涯愛することを誓いますか」


「はい。誓います」


「汝ツキヨはこの男ノグチを夫とし、生涯愛することを誓いますか」


「はい。誓います」


 神父の口上を聞きながら、ノグチとツキヨはちらりと視線を交わす。

 それから結婚式は、指輪の交換に差し掛かった。

 紫色の宝石で飾られた指輪を、丁寧に互いの左手薬指に通す。

 式が進んでいくにつれて、二人は心臓の鼓動が早まるのを感じた。


「それでは、誓いのキスを」


 ツキヨはふっと力を抜き、細めた目でノグチを見つめる。

 あまりに無防備なツキヨとの––ミカの姿との口づけを、彼は微かに躊躇った。

 躊躇ってしまった。


「っ!?」


 その瞬間、ツキヨの魂がミカの体から離れる。

 倒れ込むミカを抱き止めたノグチに、ツキヨは短く告げた。


「あなたはノグチさんじゃないわ」


「……バレたか」


 ノグチはあっさり認めると、髪型を崩して正体––セイの姿を現す。

 決まり悪そうなセイたちに、ツキヨは呆れて言った。


「ノグチさんはこういう時、しっかりリードしてくれる人よ」


「ごめんなさい! あなたの未練を晴らそうと思ったら、これしか思いつかなくて」


「傷つけてしまったなら謝る。どうか許してくれ」


 セイとミカは深々と頭を下げる。

 しかし二人の予想に反して、ツキヨの表情は穏やかだった。


「……いいのよ」


「えっ?」


「本当は分かってたの。ここで幾ら待っていても、あの人は来ないってこと」


 けれど二人の優しさに、ツキヨはノグチの姿を見た。

 未練を断ち切ったツキヨの姿が、少しずつ薄くなり始める。

 あるべき場所に還る刹那、ツキヨは晴れやかな笑顔で告げた。


「ありがとう。……あなたたちも頑張ってね」


 厳かな鐘の音と共に、ツキヨは光に溶けていく。

 セイとミカは彼女の旅立ちを見届けると、ジュウジに連れられて廃教会を後にした。


「あっ……」


 三人が建物の外に出た瞬間、役目を終えたかのように廃教会が崩れ落ちる。

 空の向こうから戻ってきたブーケトスが、廃教会だった瓦礫の山にそっと花束を手向けた。


「あんたもありがとな。今日まで彼女の心を守ってくれて」


 ブーケトスはセイへの返事代わりに上空をゆっくりと回り、名残惜しそうに雲の向こうへと消える。

 ジュウジはその巨体が小さくなるまでブーケトスを見送ると、二人に深く頭を下げた。


「僕はそろそろ戻りますね。セイさんミカさん、本当にありがとうございました」


 セイたちの返事を待たずして、ジュウジは足早に去っていく。

 帰ろうとするセイの背中に、ミカが疑問をぶつけた。


「セイ。結婚すれば、幸せになれるのかな」


「本人の心掛け次第かな。でも俺は、歌姫さんは幸せになれる側の人間だと思ってるよ」


「……セイ」


 彼の背中を抱きしめて、ミカは名前を呼ぶ。

 鼓動が早くなっていくのを感じながら、彼女は辿々しく言葉を紡いだ。


「わたしのこと、ミカって呼んで」


「……ごめんな、本気で尊敬してる人のことは名前で呼べないんだ」


「それでも呼んで。カムイの使命が終わった後も、セイと一緒にいたい。だってわたし、セイのことが」


「歌姫さん!」


 セイは強い口調でその先の言葉を遮る。

 ゆっくりと首を横に振る彼に、ミカはそれ以上何も言えなかった。


「……帰ろっか」


 優しく差し伸べられたセイの手に、ミカが望む感情は込められていない。

 それでも取らずにはいられない。

 二人が手を繋いだその時、翡翠の勾玉が激しく点滅した。


「終焉の使徒か……!」


 セイとミカは背中合わせになり、神経を研ぎ澄まして敵の気配を探る。

 黒い外套に身を包んだシュウが、二人の前に姿を現した。


「我が目的のため、お前たちを抹殺する」


「やってみろよ。どんな災獣に変身しても、俺には勝てないぞ」


「災獣? 笑わせるな」


 シュウが右手を挙げると同時に、激しい雷雨が降り注ぐ。

 その掌には、黒い勾玉が握られていた。


「俺がなるのは……巨神カムイだ」


 稲妻がシュウを打ち、次いで竜巻が全身を包み込む。

 風雷の力を頑強な鎧として纏うもう一体のカムイ、その名は––。


「『超動勇士マガツカムイ』!!」

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