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第25章 神と神の戦い

異次元への扉



 カムイとマガツカムイの太刀が火花を散らす。

 突如始まった巨神同士の戦いは、ラッポンからレンゴウに舞台を移していた。


「はっ!」


 マガツカムイが零距離で雷弾を連射し、カムイを怯ませる。

 そして体当たりを繰り出し、カムイの巨体を吹き飛ばした。


「その程度か、カムイ」


 マガツカムイは高い防御力を攻撃に転用し、もはや捨て身とも言える容赦のない攻撃でカムイを追い詰める。

 倒れたカムイを見て、ミカは戦いへと意識を切り替えた。


「迷ってる場合じゃない。セイを助けないと!」


 ミカは祈りを込めて歌い、カムイの力を引き出そうとする。

 しかしミカが幾ら歌っても、二大巨神の力量差はまるで縮まらなかった。


「お前の歌は『巨神カムイ』を強くするもの。マガツカムイとて例外ではない!」


 失策を悔やむ間もなく、マガツカムイが天から雷を落とす。

 閃光がミカの体を射抜く刹那、カムイは彼女を庇って飛び出した。


「セイっ!」


 雷撃を全身に受け、カムイは膝を突く。

 心配するミカに、彼は顔を向けて頷いた。


「セイ……!」


 カムイはマガツカムイに向き直り、太刀を構えて再び挑んでいく。

 迎え撃つマガツカムイを、死角から砲撃が襲った。


「遅ぇぞ、アラシ!」


「最強は遅れて来るってな! 超動!!」


 アラシはクーロン城を戦士クーロンG9に変形させ、あらん限りの弾丸を放つ。

 弾幕を竜巻で防ぎながら、マガツカムイが不敵に笑った。


「人間が作りし戦士か。面白い」


 マガツカムイ漆黒の風雷双刃刀を構えて、クーロンG9に切りかかる。

 鉄塊すら紙のように切断する一撃を両腕で受け止め、クーロンG9は僅かに後退した。


「やるじゃねえか! もっと楽しもうぜ!!」


 クーロンG9は飛び退き、双刃刀の間合いから離れる。

 四方八方に弾丸を撃ちまくるクーロンG9の操縦席に、突然ミリアの声が響いた。


「アラシ君、私の国で暴れるのは程々にしてくれよ?」


「ミリア!? お前今ミクラウドじゃ」


「クーロンG9には私との通信機能を搭載してあるんだ。いずれは全ての守護者間での導入を……」


 機体が大きく揺れ、通信にノイズが入る。

 ミリアは溜め息を吐くと、名残惜しそうに会話を切り上げた。


「長話はできなさそうだな。急いで戻る。それまで持ち堪えてくれ」


「……おう! カムイ、オレ様と共闘だ!」


「ああ!」


 カムイとクーロンG9は隊列を組み、マガツカムイに突撃する。

 まずは前衛のクーロンG9が、強烈な拳でマガツカムイの防御を崩した。

 すかさずカムイが斬撃を見舞い、G9の砲撃で畳みかける。

 二人の高度な連携に、マガツカムイが初めて膝を突いた。


「凄い……!」


 カムイたちの戦いを見上げながら、ミカは思わず息を呑む。

 同時に、彼らの力になれない自分を不甲斐なく思った。

 必死にできることを探すが、まるで見つからない。

 そんなミカの懊悩をよそに、戦闘は次なる局面を迎えようとしていた。


「厄介だな。一体ずつ片付けてくれる!」


 マガツカムイは双刃刀に力を集中し、勢いよく地面に突き立てる。

 稲妻が大地を切り裂き、クーロンG9の足場を崩した。


「なっ!?」


 城形態への変形が間に合わず、クーロンG9は崩れた地面に挟まれてしまう。

 身動きを封じられたクーロンG9を尻目に、マガツカムイが言った。


「これで決着をつけられるな。巨神カムイ」


「……望むところだ!」


 二人の巨神は太刀を構え、激しく斬り結ぶ。

 帰還を果たしたミリアが、ミカの背後で呟いた。


「大変なことになったな」


「ミリア。いつからいたの?」


「つい先程からさ。……しかしこの戦い、長引かせるのは危険かもしれないぞ」


「えっ?」


 ミリアは難しい顔になり、二人のカムイの死闘を観察する。

 戦いに顔を向けたまま、彼女は努めて冷静に言った。


「私が推察するに、両者の力は全く同質のものだ。本来ならば一体しかいない巨神カムイが複数存在し、しかも戦っている。何も起こらない筈はない」


「じゃあ、セイたちは」


「万が一ということもある。この事象への興味は尽きないが、人命の方が大事だ。ミカ君!」


「うん!」


 ミカとミリアは協力し、二人のカムイに停戦を呼びかけようとする。

 しかし彼女たちの声が届くことはなく、轟音が天地を揺るがした。


「これで最後だ……!」


 マガツカムイの言葉を合図に、両者は全く同じ構えを取る。

 黒雲に覆われた空の下で、二人は巨神カムイの代名詞たる必殺技を発動した。


「神威一刀・鳴神斬り!!」


 二つの鳴神斬りが激突し、拡散する雷撃が周囲を焼き尽くす。

 互いの力を受けて破壊力は際限なく高まり、遂にそれは物理的現象をも超越した。


「何だ、あれは……!」


 必殺技の激突地点から黒い亀裂が迸り、開眼するように大穴へと変わる。

 ミリアとアラシが呆然と固まる中、ミカの体が不意に浮かび上がった。


「ミカ君!!」


 引き留めようとしたミリアの手を擦り抜け、ミカは穴の中へと吸い込まれていく。

 彼女を救い出すため、カムイは未知の大穴に躊躇いなく飛び込んだ。


「歌姫さん!!」


「逃がすものか!」


 次いでマガツカムイも飛び込み、後には不気味な穴だけが残される。

 割れた地面に挟まれたまま、クーロンG9は虚しい叫び声を上げた。


「セイ、ミカ! 何処に行っちまったんだよーッ!!」

––

響く鼓動



「ぶはっ! やっと出られたぜぇ」


 裂けた地面から脱出を果たし、クーロンG9は未だ上空に鎮座する大穴を見上げる。

 カムイたちから数時間遅れながらも、彼は穴の向こう側を目指して飛び上がった。


「待つんだ!」


 ミリアの鋭い声に制され、クーロンG9は動きを止める。

 クーロンG9は着地すると、苛立った声で文句を言った。


「何で止めんだよ、ミリア!」


「冷静になりたまえ。君まで消えたら、誰がこの世界を守るんだ?」


「……悪い、熱くなり過ぎた」


 クーロンG9は素直に頭を下げ、城形態に変化する。

 ミリアはクーロン城の扉を開けると、玉座のコクピットのアラシに声をかけた。


「作戦会議をしよう。シナト君はどうしてる?」


「ドローマを任せてる。ガメオベラの一件で、あいつも守護者として認められたみたいだからな」


「それはよかった。では本題に入ろう」


 ミリアは咳払いをし、大きな紙を机上に広げる。

 更にペンを二本取り出すと、その一本をアラシに手渡して口を開いた。


「議題は二つ。大穴がこの世界に及ぼす影響と、セイ君たちの所在だ」


「セイたちの方は任せろ。こいつで世界中を探してやる」


 操縦桿に手をかけて、アラシは力強く言う。

 クーロン城を浮上させようとしたその時、ラストの冷淡な声が響いた。


「そんなことをしても、彼らは見つかりませんよ」


 ラストはアンティルとフィニスを引き連れ、音もなく玉座の間に現れる。

 短刀を構えて威嚇するアラシに、ラストは妖艶な微笑を向けた。


「ここで戦うつもりはありません。それより」


「それより?」


「我々は……客人ですよ?」


 数分後。

 フライパンの上で、チキンライスがぱらぱらと舞い上がる。

 クーロンG9の厨房内では、メイド服に身を包んだアラシとミリアがオムライス作りに勤しんでいた。


「クソッ、どうしてオレたちがこんなことを!」


「向こうの要求には従うしかないだろう。何せ、我々の本陣に直接乗り込まれたのだからね」


 要求こそふざけてはいるが、アラシたちは今喉元に刃を突きつけられたも同然の状況に置かれている。

 人類対終焉の使徒の構図が成立しているのは、一重に使徒側の情けに過ぎない。

 改めて敵の上位性を痛感しながら、二人は黙々とオムライスを作り続けた。


「おらよ、出来たぞ」


「はぁ……お待たせ致しました」


 アラシとミリアは無愛想にそう言って、三人分のオムライスをラストたちの前に置く。

 早く食えと無言で促すメイド二人に、アンティルが更なる要求をした。


「ねえ、あれやって? 萌え萌えきゅん!」


「はぁ!?」


「いいですね。やってもらいましょうか」


 ラストもアンティルに賛同し、流れは決定的になる。

 屈辱に打ち震えるアラシに、ミリアが耳打ちした。


「アラシ君、世界を守るためだ」


「わーってるよ! ……美味しくなーれ、萌え萌え、ぎゅん……ッ!」


 アラシはぎこちないポーズと刺々しい声で要求に応えるが、誰もこれを萌え萌えきゅんとは看做さない。

 かつてない絶望に襲われたアラシに、ミリアがまたしても耳打ちした。


「アラシ君、こういうのは恥ずかしがる方が恥ずかしいんだ」


「わーってるよッ!!」


 アラシは自分の両頬を叩き、完全に迷いを断ち切る。

 そして両手で大きなハートを作り、満面の笑みで叫んだ。


「美味しくな〜れ! 萌え萌えきゅんっ!!」


 永い沈黙が流れる。

 アラシの目を見つめて、ラストは豪快に吹き出した。


「ハッハッハッ!!」


 釣られてアンティルとフィニスも笑い、アラシたちはほっと胸を撫で下ろす。

 ラストは一瞬で真顔に戻り、言った。


「失礼しました。それでは改めて、いただきます」


 三人の使徒は両掌を合わせ、オムライスを食べ始める。

 彼らの作法は上品でこそあったが、貼り付けられたように画一的な動きがいやに不気味だった。


「で、お前ら何でここに来た。ただオムライス食いに来たってわけじゃないよな」


「まさか。今日はお二人に重要な情報を伝えに来たのですよ。穴に消えた者たちの所在について、ね」


「それが真実であるという保証は?」


 ミリアが舌鋒鋭く尋ねる。

 ラストは質問を無視して続けた。


「終焉の使徒同士は感覚や記憶情報を共有することができるのです。それによると、どうやらシュウたちは別の世界にいるようですね」


「別の世界?」


「ええ。そこにあるのはこの世界とは違う歴史、違う文明……」


「ボクにも行かせてよ。その世界、滅茶苦茶にしてみたいな」


 フィニスの瞳に、獰猛な光が灯る。

 ラストは一切の躊躇なく頷いた。


「ええ。存分に」


「ちょっと、抜け駆けなんてずるーい!」


 抗議するアンティルにあっかんべーをして、フィニスはクーロン城を飛び出していく。

 奔放ながらも酷薄な使徒の姿に、ミリアは自分たちと彼らの決定的な違いを見た。


「……随分あっさり行かせるのだな」


「我々は皆、終焉を実行するための道具ですから」


 ラストは淡々と言い、スプーンを置いて立ち上がる。

 黙り込んだアラシたちに、彼女は恭しく頭を下げた。


「ご馳走様でした。では、またいずれ」


「バイバーイ!」


 ラストとアンティルは城壁を擦り抜け、クーロン城を後にする。

 上空からレンゴウの市街地を見下ろして、アンティルが舌なめずりをした。


「ふふっ、みんな真面目そうでかわいー……」


 嗜虐的に口角を歪め、アンティルは謀略を張り巡らせる。

 楽しげな彼女の背後で、ラストはシュウの見た光景を思い起こした。


「シュウたちの消えた別世界にあるもの。それは違う歴史、違う文明、そして……違う戦士」


 巨神カムイたちとは違う、等身大の体躯。

 獅子のように力強く蛇のように柔軟で、振るう剣は山羊の角のように硬い。

 その戦士の名は日向昇ひゅうがのぼる

 またの名を、『超動勇士アライブ』。

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