「ただいま〜。」
沙保里が中学から帰宅すると、
「ひっ!ひいいい!!」
祖父が突然玄関に後ずさって、尻もちをついたところにぶつかった。
「あいたっ!」
祖父にぶつかられ、半開きだったドアを尻で押してしまい、そのまま祖父とともに玄関に尻もちをついた沙保里。
「おじいちゃん、だいじょうぶ?」
祖父をなんとか立たせようと、後ろから抱えて起き上がらせる。
そして見てしまった。
祖父が玄関で荷解きしていた、大きな宅配物の、その中身を。両手両足が切られ、血止めされた状態で、血液が流れないようにする為か、保冷用の発泡スチロールの中におさめられていた、──大学生の兄の姿を。
血を模したように、赤いペンキのようなもので字が書かれた紙が、兄の服の胸元に貼り付けられていた。
“他の家族もこうされたくなければ、剣呑寺いおりから、祈りの指輪を奪え”と。
「お、お兄ちゃん……。」
沙保里はあまりの恐怖に、ブルブルと震えてなにもすることが出来ず、ただ祖父とともに玄関に突っ立っていた。
探索者としてどれだけ実力がつこうとも、普段の沙保里は人間の悪意になどさらされたこともない、ただの中学生だ。咄嗟の行動など出来る筈もなかった。
役所の仕事を定時で終えた母が帰って来るまで、沙保里は祖父に抱きついて、ただ震えているしか出来なかった。
母親が慌てて救急車を呼び、兄はすぐに病院に搬送され、警察が呼ばれたが、事情聴取を受ける沙保里は、ショックのあまりうまく受け答えをすることが出来なかった。
「沙保里……祈りの指環って何?剣呑寺いおりさんって、あなた誰か知ってるの!?」
娘の交友関係に出て来たことのない名前に、母親は混乱していたこともあり、きつめの態度で娘を問い詰めた。
「剣呑寺いおりさんは……、私を助けてくれた探索者の先輩だよ。祈りの指環はなんだかわからない……。」
美織の配信を見ていたわけではなかった沙保里は、美織が祈りの指環を手に入れていたことも、それが皆が欲しがるアイテムだということも知らなかった。
「どうして拓哉がこんな目に!!おまけにその指環を手に入れないと、他の家族も同じ目に合わせるだなんて……。」
沙保里はヒステリックな母から目線をそらした。なぜ自分たちの家族が狙われたのかはわからないが、自分が剣呑寺いおりと親しいと思われたからだろうとは察しがついた。
「ああ、探索者なんてやらせるんじゃなかったわ。いくら国がすすめてるからって……。あんたがちゃんと勉強が出来てれば、探索者なんてやらずとも、ちゃんと受験に受かったでしょうに!!そうしたら拓哉だってこんな目には合わなかったのよ!!」
やり場のない怒りを沙保里の母親は沙保里に向けた。実際探索者をやっていなければ。美織に関わっていなければ。兄はこんな目には合わなかったのだろうと沙保里は思った。
『これが……トップ探索者の世界……。』
沙保里は今更ながらに、犯罪も多数横行しているという、探索者の世界の恐ろしさを感じていた。
後ろ盾のない探索者は、狙われることもあるということは知っていた。だから中学生をギルドに仮所属させ、条件を満たせば本所属させるというシステムがあるのだ。
だがまさか、自分がその危険にさらされるとは思っていなかった。自分の所属しているギルドハードラックは、これから抜けようとしている身で頼ることは出来ない。
ましてやそもそも、自分を助けてくれたことなどない。囮にしてダンジョンに捨てていくようなギルドだ。助けなど期待出来るはずもなかった。
『どうしてあんなギルド選んじゃったんだろう……。』
国が推薦しているギルドのひとつであり、沙保里の通う中学校から、よく生徒が行っているギルドであったとはいえ、この情報社会の現代、眉唾物の情報でもいいから、事前にギルドハードラックについて調べておくべきだった、と今更ながらに思う。
自分がもっとまともなギルドに所属していれば、今頃家族を守ってもらえただろう。こんなに強くなることもなかったかも知れないが、美織と知り合って、その弱点として利用されることもなかっただろう。
沙保里はただ自分を責めた。そこに美織からトークアプリに電話がかかってきた。
沙保里は呆然としながら、無意識に通話ボタンを押した。
「あ、もしもし、沙保里ちゃんですか?次の配信でシャーロットちゃんと遊ぶことになったんですが、よかったら沙保里ちゃんも来ませんか?一緒に遊びましょう!」
「美織……さ……。」
思わず涙が溢れてくる。だが、何も言葉にすることが出来ない。
「どうしたんですか?沙保里ちゃん、ひょっとして、泣いてます?」
自分を心配する美織の声に、何も言えずにただ沙保里は泣きじゃくった。
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