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1‐5一体感

「うん……!」


 脳の回路結合により流星くん本人から確証を得られると、私の記憶は小学生まで遡っていく。あの休み時間や放課後。私に向けてくれる笑顔や会話を想起した。

 それから、心配した視線も。


 あとは、近くを行き来するお洋服とか制服だったり。そのくらい。私らしい、乏しいものだ。


「琴美ちゃん……覚えていてくれたんだ……俺も一目見ただけで琴美ちゃんのこと、わかったよ……!」


 髪が、お月さまみたいな色だ。流星くんの髪、綺麗。

 でも、流星くんなら静より動の方が似合うのかな。

 だったら夜空よりも、青空がいいか。青空、青空だから……あ。トランペット。

 晴れやかな、トランペットの音色に似てる。


「……知り合い、なんですか? 市杵さんも、流星さんも」


 綾瀬さんの言葉に、私は、はっと我に返った。


 まずい。トリップしていた。しかも昔の思い出に引っ張られて、つい自分が出た。喋り方も声の高さも、気を付けなければいけないというのに。


 内心、兢々としながら振り仰ぐと、私を注視する市杵さんの目が、さらに鋭くなっていた。


「こいつは俺の姪だ」

「え」


 流星くんを除いた演者さんたちの声が、私の声と重なる。

 きっと流星くんも、私と久しぶりに対面したことへのインパクトに引っ張られていたのだろう。流星くんは遅れて、私たちと同じように反応した。


 市杵さん、あの口裏合わせを推す気なんだ。

 まぁ実際に流星くんとは、親戚のことまで把握し合う仲ではないのだし、大丈夫か。


「そうなんです。いい社会経験になるからって、伯父の市杵さんが声を掛けてくださって。舞台の裏方という、貴重な体験をさせて頂くことになりました」

「え。琴美ちゃんが裏方……? って、っていうかっ、市杵さんの姪っ子だったなんて……。そっか……俺がこの舞台に選ばれたのも……そっか!」

「りゅーせい、何かずっときもいー。夏野さんから離れてー」

「あ。流星く……橋本さんとは、小学生の時とかにクラスメイトだったんです」

「琴美ちゃん! 流星でいいって!」

「でも新参者ですし……」

「気にしなくていいよ。皆で一つの舞台を作り上げていくんだから。夏野さん、僕は佐倉秀太さくらしゅうた。遠慮せず名前で呼んでね。短い間だけどよろしく!」


 秀太さんがそう言って、私に手を差し出してくれた。

 その手はしなやかで、私なんかよりもずっと綺麗だった。


「はい……!」


 私が秀太さんの手を取ると、流星くん、そして上坂さ……壮吾さんもそれに続いた。

 綾瀬さんは市杵さんに無理やり。腕を引っ張れて、私たちが作る手のお団子に重ねた。市杵さんがパンでサンドするように、私と綾瀬さんの手に蓋をする。すると誰からともなく重ねた手を上下にシェイクさせ、


「ぜったいに、成功させるぞー! おー!」


 そう声を出し合って天井へと高く掲げた。

 胸が弾んだ。まるでシーソーをした時のようだった。

 皆でケラケラと笑い、表情が変わらない綾瀬さんも片方の口角が少しだけ上がっていた。


 こういう円陣みたいなの、初めてだ。心の真ん中が温かくなる。

 しかも奥にいる女性スタッフさんも、にこにこしていて、私が誰といても人として受け入れてもらっている実感が沸く。なんて素敵な場所なんだろう。


「さ。お前は邪魔だ。あっちへ行け!」

「はい!」


 私は皆と市杵さんにお辞儀をした後、裏方のお仕事をするスタッフさんの元へと駆けた。


「あの、夏野琴美と申します。今日からよろしくお願いいたします」

「ああ聞いてるよ、市杵さんから。でもここでは俺たちと同じ仕事をしてもらうからね」

「もちろんです」

「あ、夏野さん。良かったら私たちとも、さっきのあれしてくれない?」

「ぜっ、ぜひ……っ!」


 そうして稽古場の隅で再び私は、市杵さんが手掛ける舞台製作の一員としてスタートを切ったのだった。

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