原作を知る身として、これは異常事態だ。
――聖剣を主人公のローグが抜けない。
ガイゼン達から聞いた話だと、奴は既に俺達から
おまけに俺達の固有スキルもコピーしているらしく、スペック上は最強の冒険者である筈だ。
そんなローグでさえ抜くことができないとは……。
なんだ? この事態……どう捉えればいい?
さらに5時間が経過する。
その間フレート王とティファ姫は政務のため場を離れており、【集結の絆】の団員達は呆れながら小休憩を取っていたりと各々で自由な時間を過ごしていた。
ちゃんと見守っていたのは、ローグの仲間である三バカ達とハンス王子。
そして俺だけだ。
「……ローグ君そろそろ終わりにしてはどうだろうか?」
ハンス王子は諭すように言ってくる。
逆に10時間近くも待っていた忍耐力に敬服したい。
「そ、そんな筈がない! 僕が、この僕が抜けないなんてぇぇぇ!!!」
ローグは全身汗だくで両目に涙を浮かべて絶叫している。
そりゃそうだろう。
俺ですら信じられない光景だ。
ハンス王子はそんなローグに近づき、奴の肩に軽く手を添えた。
「聖剣はね。腕力や固有スキルで引き抜けるものではない。聖剣が勇敢で正しい心を持つ者を選び抜かせるんだ――正直、キミにはその器がないということだよ」
「なんだと!?」
ローグはハンス王子の手を振り払い掴み掛かろうとする。
だが副騎士団長のブルクを始め他の騎士達がローグを囲み、「我ら騎士団長への無礼は許さんぞ!」と威嚇した。
聖剣を抜く試練なのに、別の意味で不穏な空気が流れる。
すると、ブレーンのダニエルが慌てて近づきローグに耳打ちした。
「ローグ団長……流石に王族と揉めるのは不味いです」
「ぐっ、わかったよ!」
ローグは渋々了承し、ようやく台座から離れた。
対してハンス王子は気にする素振りを見せず身形を整える。
「では次はアルフレッドだね」
「は、はい……」
促され、今度は俺が台座の前に立つ。
小休止していたガイゼン達が「やっとこ、アルフの番かよ……ったく」と身を乗り出し見守っている。
その中には俺の番だと知り急いで戻ってきた、ティファとフレート王の姿もあった。
やばい……急に緊張してきたぞ。
生唾を飲み込み、じっと突き刺さっている聖剣をガン見する。
ハンス王子の言葉通りなら、俺も無理じゃね?
だって、もろ悪役だぞ。
過去に散々のことやらかしていた男だぜ。
そんな奴が選ばれるわけがない。
などと考えながら、恐る恐る聖剣の柄を握りしめる。
あっ
なんだか緊張しすぎて鼻がムズムズしてきた。
やべっ、くしゃみ出るわ。
「ヘックション――あっ、抜けた」
スポンと抜けちゃったんですけど。
「なぁぁぁぁにぃぃぃい!!!?」
ローグが真っ先に絶叫した。
俺だって驚いている。
まさか、くしゃみした勢いで聖剣が抜けるなんて……嘘だろ?
抜かれた聖剣の刃が眩い光に包まれ形状を変えていく。
剣身が長くなり、ロングソードとなった。
所有者に合わせた剣と化す、それが聖武器の特性だ。
するとハンス王子がパチパチと拍手してくる。
「聖剣グランダー。それがキミを選んだ剣の名だ。見事だよ、アルフレッド!」
「やっぱり聖剣はアルフレッド様を選びましたの!」
「これで勇者は誰かはっきりしたなぁ」
ティファとフレート王も拍手して祝ってくれる。
「凄ぇ、アルフ! やりやがったぁぁ!」
「アルフ、本当凄い! 感動した!」
「おめでとうございます、アルフさん!」
「流石です、ご主人様!」
「なんだ、案外余裕じゃない。まっアタシは信じていたけどね」
「「「アルフ団長、やったーっ!!!」」」
仲間達こと【集結の絆】の団員もみんな自分のことのように喜んでくれている。
騎士団も「やりましたぞ、アルフレッド殿ぉぉぉ!」と、ブルクを中心に男泣きしていた。
一方で、
「嘘だ! こんなの間違っている! アルフレッドはこれまで散々悪いことしてきた糞野郎だぞ! どうしてそんな奴が聖剣に選ばれるんだよ、可笑しいだろ!」
ローグが厳しくタメ口で不服を申し立てる。
ムカつくが奴の言うように、俺と成り代わる前のアルフレッドは生粋のクズだ。
だから過去を蒸し返されると何も言えなくなる。
実際に俺でさえ、どうして聖剣が抜くことができたのかわかっていない。
「――何も可笑しくありませんよ、ローグ!」
不意にシャノンが声を張り上げる。
「なんだと、シャノン!?」
「確かにアルフさんは過去に沢山の過ちを犯してきました。しかし自分から反省し見つめ直して更生なさったからこそ、今のアルフレッドさんがいるのです! そして聖剣グランダーがしっかりと見定め評価した。それが事実なのです!」
「ならどうして僕が抜けなかったんだ!? 僕だってみんなに力を与え、魔族から人々を救った英雄だぞ! 過去だって、そいつと違って誰も傷つけたことはない! 多くの女の子と関係を持ってもみんなセフレだし、全員お金を渡して同意の上で遊んでいるだけだもんねぇ!」
開き直り方よ。
そこからしてゲス臭が半端ねぇぞ。
「ティファ王女が言いましたよね? 勇者とは実力だけでなく人格も問われるべきだと。ローグ、今の貴方にはそれがありません! いえ、過去においても私達に無断で《|強化貸与《バフ》》を施していたのですから、最初から皆無だったのでしょう!」
シャノンの言う通りだな。
こいつは最初からスキルジャンキーで病んだ自己中野郎だ。
ならどうして原作だと聖剣に選ばれたのか……そこは謎だが、俺の予想としては主人公補正であり
ということは今のローグは主人公補正がないのか?
まさかそんな筈は……いったいどうなっている?
シャノンに指摘されたローグは怒り心頭で顔を歪ませ、大切だった筈の幼馴染に掴み掛かろうと腕を伸ばしていた。
「よくも僕に向かってぇ、シャノン! この雌豚が黙れぇぇぇ!」
「やめろ、ローグ! 見苦しいぞ!」
俺はシャノンを守るため、彼女の前に出る。
ローグは鋭い眼光で俺を睨みつけた。
「なんだと、アルフレッド!?」
「そんなに聖剣が欲しければくれてやる! お前の言う通り俺には手に余る代物だ!」
元々、聖剣はこいつが抜くべき聖武器だ。悪役キャラの俺じゃない。
妙なムーブになっているなら、この場で修正してやればいい。
どうせ聖剣なしでも、ハンス王子から俺専用の剣を与えて貰えるからな。
しかし、俺の台詞はローグの癇に触ってしまったようだ。
「う、うるさい、誰がいるか! お前のお情けなど僕は受けない! 見てろ、アルフレッド! 次は必ずお前を超えていることを証明してやるからな!」
ローグは目に涙を浮かべて激しく拒絶する。
ぐすっと鼻を鳴らし、半べそかいたまま速足でその場を去って行った。
「ローグ団長~、待ってください!」
「クソッ、覚えていろ!」
「もう待ってよ~ん(だっさ。やっぱ坊やね……靡く相手間違えたかしら)」
その背後をダニエル、フォーガス、ラリサの腰巾着が追って行く。
神殿内は一気に静寂に包まれた。
(あっ、クソッ! カナデのこと聞きそびれた……んな雰囲気じゃなかった)
どちらにせよ、あんなローグじゃまともに答えてくれそうにもない。
などと思いつつ、俺は手にした聖剣グランダーを眺める。
やべぇよ、これ……ガチで抜いちまった。
どういうことだ?
こんな展開ありえぇねぞ。
まさか鳥巻八号のガバか? あの野郎、またやりやがったのか?
いや待て……だとしたら主人公補正でローグ側にガバが働く筈だ。
何故か俺のほうにムーブが流れている気がするんだが……。
やはり異世界で何かが改変しつつあるのだろうか……。
俺がアルフレッドに転生したことで……物語を大きく変えてしまったのか?
こうして様々な不穏の空気を残し、聖剣争奪戦は幕を閉じた。