十七時。
俺はマンションのリビングで、ソファーに寝転がりぐったりとしていた。
働いてきた。今日、俺は働いてきたんだ。
平日の昼間、ということもありすごく混む、ということはなかった。
何回か見たことのあるご婦人や、近所のマンションに住む主婦たち、学生の姿もあったしご老人の姿もあったかな。
お昼はまかないがあって、サンドウィッチをいただいた。すげーおいしかったなぁ。
そして今、俺は動けずにいる。
家事で毎日動いているけど、仕事となると話が変わる。なんていうか、気疲れしているような気がした。
でも、嫌な疲労感じゃない。
前働いていた時は本当に、毎日が辛くて、夜の九時過ぎに帰宅するのも当たり前だった。
家に帰ってきても何もする気にはなれなくって、休みの日もほとんど寝て過ごしていたっけな。
でも今日の仕事は全然辛くはなかった。
帰る時のお客さんたちの笑顔、ごちそうさま、という言葉やありがとう、という言葉がすごく嬉しかったなぁ。
誰も俺をののしらないし、誰も傷つけるような言葉をぶつけてこない。
俺、働けるかも。
そう思うと自然と身体が軽くなってくる。想真、何時に帰ってくるんだっけ。
えーと……アプリで確認したらあいつ、今日も遅い。十時を過ぎるみたいだ。そっかぁ。残念。早く帰ってこないかな。今日の事を報告したいから。
でもその前に俺、夕飯食べないと。
今日は何を食べよう。普段は家にあるもので済ませるけれど今日は買いに行こう。そう思い俺は立ち上がり、鍵とトートバッグを持って外に出た。
待っていると夜が長い。
買ってきた弁当を片付けて風呂に入り、俺はリビングで缶チューハイを飲みながら想真のチャンネルを見ていた。
あいつの動画はゲームの実況が中心だけど、歌ってみたの動画もあった。
どうも週に二回は更新しているみたいだけど、まじでいつ撮ってるんだろう。
帰ってきて短い時間で動画撮ってんのかな。すげえなあいつ。
想真はSNSもやっていて俺は最近それをこっそり覗くようになっていた。
最近ドラマや映画の撮影があるから、その時の写真とか載せているからだ。
想真は積極的にSNSや動画の活用をしているらしく、事務所の後輩なんかも映ることがあった。
今見ている動画はゲーム配信だ。
最近発売されたRPGゲームの配信をずっとやっているのと、流行のゲームの実況を配信と交互に更新しているみたいだった。
今俺が流しているのは流行のホラーゲームの実況だ。
有名ゲームメーカーではなく個人などが作っているいわゆるインディーズゲームらしい。
人形に追いかけられるゲームなんだけど、急に前に出てきたりして、画面の中の想真と一緒に俺も思わず声を上げてしまった。
つうか大画面いっぱいに、血の涙を流す人形の顔はこええよ。
全体的にセピア色なのに、赤だけ異様に鮮やかなんだもん。びびるわこんなの。
酒を飲んでいる間に、廊下から音が聞こえることに気が付いた。
時間を見ると十時前。想真が帰ってきた?
そう思い、玄関へと通じるドアを見つめるとがちゃり、という音が響いて、想真が姿を現した。
手に紙袋をさげた彼は俺の姿を認めると、にこっと笑いこちらに近づいてきた。
「あ、起きてたんだ」
「う、うん、お帰り」
「ただいまー」
上機嫌で想真は答え、俺が見るテレビ画面に目を向けた。
「あれ、俺の動画じゃん」
と言い、俺の後ろに立つ。
「あ、うん。家にいるときは動画とかドラマ見てて」
「マジ? ほんと? 全然知らなかった」
それはそうだろう。俺、全然そんな事言ってないから。
「前に俺が出る番組教えてくれって言ってたっけ」
「そうそう、それもリアタイしてるし録画してる」
そう答えると想真は後ろから俺の首に抱き着いてきて言った。
「マジで? 嬉しいなぁ」
「ちょっと近いしなんでお前すぐ抱き着いてくんの?」
「こうするのが好きだから」
弾んだ声で答える想真。
いい加減慣れてきたけど恥ずかしいのは変わらない。
「そもそもお前なんで自分が出る番組、録画してないわけ?」
そうなんだ。こいつは自分が出ている番組を一切録画していない。見ているかまでは分かんないけれど。
「サブスクで見られるし、ドラマとかはブルーレイでまとめてみるしね」
確かにそうだけれども。
「自分が出る番組、そこまで興味ないの?」
「あるよ、ドラマはね。トーク番組はそこまで興味ないけどコントとかはいつか出てみたいなぁ」
と言い、俺から離れてキッチンの方に去っていく。
そして戻って来たかと思うと彼の手には缶チューハイが握られていた。
「あれ、飲むの?」
想真が酒を飲むのは誕生日以来じゃないだろうか。俺もだけどこいつもそんなにお酒は飲まないみたいだから。
彼は俺の隣に座ると頷き、缶を開けながら言った。
「うん、だって俐月が飲んでるからさー」
そして彼は缶に口をつけた。
俺が酒を飲んでいるのはちゃんと仕事に行けたからだ。明日もバイトあるけど、今日は特別。
「バイト、ちゃんと行けて働いてきたからさ」
そう俺が言うと、想真はこちらをばっと向き、俺の肩に手を置いて言った。
「よかったね、仕事行けて」
「うん、行けなかったらどうしよう、って思ったけど」
ちゃんと行けた。
想真が朝言ってくれた、大丈夫、という言葉をよりどころに。
「そんな俐月にごほうびをあげよう」
妙に芝居がかった言い方で言い、想真は缶をテーブルに置いてソファーの後ろに手を伸ばした。
そういえば帰って来た時になんか持っていたような?
「これこれー。頼んでいたやつ帰りに受け取って来たんだよね」
想真が手に持っているのは大きな茶色の紙袋だった。
宛名などが貼ってあるからきっとネット通販を頼んだのだろう。
不思議に思いながら想真がその紙袋を開けるのを見つめていると、中から透明なビニール袋が出てきた。その中身はどこかでみたことのある黄色で、嫌な予感しかしない。
「これ、俐月に」
ニコニコと笑い、想真はその袋を俺に押し付けてきた。
「え、あ……え?」
戸惑う俺に、想真は畳み掛けるように言った。
「ほら、前に話したでしょ。もこもこのパジャマ」
やっぱりか! てことはこの中身は某電気ねずみのもこもこパジャマってことか?
嬉しいような恥ずかしいような複雑な思いがするけれど、でもパジャマだし誰かに見られるわけじゃないからなぁ……
「えーと……あ、ありがとう」
複雑な思いを抱えつつ礼を言うと、想真は酒の缶に手を伸ばしつつ言った。
「似合うよ絶対」
「いやそれ何の根拠?」
呆れつつ言い、俺は袋からパジャマを取り出す。
それは上下に分かれているタイプで、上は黄色でフードにはキャラの顔が描かれているし、背中には独特な形をした尻尾が描いてある。
恥ずかしいけど、想真が俺のために買ってくれたものだ。むげにできるわけがないし温かそうなのは確かだしな。
「明日洗って着るよ」
「わかった。楽しみにしてる。ところで俐月」
「何?」
顔を上げて見ると、想真がにニコニコ笑ってこちらを見ていた。なんだろう……これ、何か企んでねえか?
「金曜日の午後オフになったから遊ぼうよ」
「はい?」
オフ、ってつまり休みって事? あれ、こいつ毎日何かしら仕事あったと思うんだけどあれ?
驚いて固まる俺に、想真はスマホを取り出して、
「どこ行きたい?」
と言った。