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第23話 急なオフ

 スマホを弄る想真に、俺は驚き彼の肩に手を置いて尋ねた。


「どういうことだよ、オフって何?」


「オフってつまり休みだよー。撮影スケジュールが変わって、金曜日の午後は俺、撮影なくなったんだよね。だから俐月と遊べるよ」


 そう言って彼は顔を上げて嬉しそうに笑う。

 想真の予定は毎日なにかしらの撮影が入っている。

 撮影がなければ雑誌の取材があったりして、休みなんて見たことがなかった。


「どうしよ。俐月は何が好き?」


「え? 俺の好き……」


 言われて俺は思わず視線が泳いでしまう。

 だって、好きなものが思いつかないからだ。

 でも大学生の時とか高校生の時ってなんか好きなこと、あったよな。

 ……

 …………

 俺の好きなことって何?

 思わず俺は文字通り、頭を抱えた。

 中高生の時は人並みにゲームやってたよな、想真みたいに。

 大学生の時はスマホゲーが多くなって、就職してからはそんな余裕がなくなって起動すらしなくなったけど。


「……俐月、どうしたの?」


 不思議そうに響く、想真の声。

 俺は、頭を抱えたまま顔を上げ、


「俺、何が好きなのかわかんない。いや、中高生の時は人並みにゲームやってたはずだけど……」


 なのに、好き、っていうと何にも思い浮かばない。

 趣味も好きなものもわかんないって、俺、何を楽しみに生きてきたんだろう。

 思わず凹んでいると、想真はスマホ片手に俺の肩に手を置いて、微笑み言った。


「じゃあ何しに行っても大丈夫ってことだね」


 ……どゆこと?

 何を言われたのか意味が分からず瞬きを繰り返していると、想真は言葉を続けた。


「じゃあ嫌なことはあるの?」


 そう言われても何も思いつかない。しいて言うなら……すら出てこない。

 困って視線を泳がせていると、想真は頷き言った。


「好きがわからないってことは嫌いや関心のないこともわかんないのかな。だったら何を体験してもみーんな初めてになるってことだよね」


 あー……なるほど。その発想はなかった。

 確かに嫌いも出てこないし、だから何をしたいかもない。それってつまり、どこに何をしに行っても初めての体験になるとも言える。


「せっかく俐月がいるからボードゲームとか買おうかな。ふたりでできるやつ。あとはボーリングとかもいいよね」


「ボードゲーム?」


「うん、俺、ゲームは何でも好きなんだけどさ、ボドゲとかカードゲームってひとりじゃできないでしょ? せっかく俐月がいるからボドゲに手を出してもいいかなーって思って。ボードゲームって最近流行ってるんだよ」


「え、そうなの?」


「うん、大学の講義でも使われるって。知らない? ○タンってゲーム。ドイツのゲームなんだけど、未開の島を開拓していくってやつ」


「あー、カタ○なら知ってる。ゼミでやったやった」


 知っているゲームの話が出てくるとちょっと楽しくなってくる。

 ここにきて一か月以上。じつは想真とそんなに会話をしていない。

 何を話せばいいのかわかんないっていうのもあるし、想真とは朝以外あまり顔を合わせることがないからだ。

 誕生日の時もそんな話、しなかったしなぁ。


「じゃあさ、ボドゲのお店があるから行ってみようよ」


「あ、うん、わかった」


 頷く俺に、想真は嬉しそうに笑う。


「人と出掛けるの久しぶりだよ」


「俺もそうだ。仕事、残業ばっかだったし休みの日は全然出かけなかったから」


 楽しみだな、出かけるの。


「あと俐月って服少ないでしょ。それも買いに行こうよ」


「え? あ、ふ、服?」


 驚き言うと、想真は頷く。


「うん、服。引っ越してきたときに気になっていたんだよね。服少ないなって。冬だし、もっと暖かい服、着たほうがいいと思うんだ」


 確かに俺は服が少ないし、冬物の服もあんまり持っていない。

 そもそもあんまり服に興味がないというか、何着たらいいのかわかんないんだよなぁ……


「で、でも俺、そんなに金ないし……」


 そう、小さく呟き俺は下を俯いてしまう。

 何せ仕事を始めたばかりだし、貯金だってそんなにない。想真には生活費を払えていないし、というか面倒見てもらってばかりだ。

 そんな俺に冬物の服を買う、というのはハードルが高すぎる。


「大丈夫だよ。服代くらい俺が出すから。そうだなぁ。どうせだから動画撮ろうかな。買い物動画。まあ、お店の中で撮るのは好きじゃないから、買ってきたものをあげるだけだけど」


 と言い、想真は笑う。


「なあ、なんでお前動画投稿してんの?」


 正直俺には不思議だった。

 俳優としてそれなりに仕事があって成功しているとしか思えないのに、動画投稿もやってて。

 すると想真は目を見開いてちょっと驚いた顔をしたあと、微笑み言った。


「俺、ゲームが好きなんだよ。それは前にも言ったと思うけど。それに動画で色んな人と話せると寂しくないし。色んな人と接することができるから楽しいんだ。最初はあんまり仕事無くて時間もあって、どうせなら収益化狙おうって思って始めたんだけど、バズってどんどん登録者が増えていって。今は義務みたいなところあるかも。まあ、好きなことして配信しているだけだから楽しいよ」


 あぁ、そうなんだ。

 仕事が無いから始めたっていうのは大きいのかな。


「なあ、収益ってどんくらいになるもんなの?」


 正直未知なる世界だからすごく気になる話だった。

 想真の動画は数万から百万再生とかなりの開きがあるけど、そこそこ安定して再生数があるみたいなんだよな。

 すると想真は目をきょろきょろさせた後、小さく首を傾げて言った。


「数十万から百万位、かなぁ。そこから協力してくれている人にお金払ってるから全額は残らないけど」


 ……思ってるより多かった。

 すげえな動画配信て。


「そこまで色んな人を楽しませてるお前ってまじですごいな」


 感心して言うと、想真は嬉しそうに微笑み、


「ありがとう」


 と言った。



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