ひとり夕食を食べて風呂に入って出た俺は、昨日想真に貰ったもこもこのパジャマを着た。
洗面所の鏡でおそるおそる自分の姿を見て思ったのは……やべえ、だった。
なにこの似合わない感じ、ぜってーおかしいだろ。
俺みたいな疲れた成人男子が着るものじゃねえよなぁ、これ。あいつが買ってくれたものじゃなかったら絶対に着ないだろう、黄色いねずみキャラのパジャマだ。
でも。
「こういうのまじで温かいんだな」
それがちょっと悔しい。
だって温かいからきっと俺はこのパジャマを何度も着るだろうから。
まんまと想真の術中にはまった気がしてなんか嫌だ。
「でもあいつがくれたって思うとちょっとうれしいからそれも悔しい」
そう呟いて俺は、頭に手をやり鏡を見る。
するとそこには、はにかむ俺の顔が映し出されていた。
百七十六センチの男が、黄色いネズミのもこもこ着てなんか嬉しそうにしてるの気持ち悪いだろ。
そう心の中で突っ込み俺は、そそくさと洗面所を出てキッチンへと向かった。
風呂に入った後は必ず冷たいお茶を飲む。
冷蔵庫を開けてポットをだし、グラスにお茶を注いでいると、ガチャリ、と扉が開く音が聞こえた。
想真が帰ってきたんだ。
「あ、おかえり、想真」
キッチンから顔を出してリビングを見ると、想真がこちらに向かってくるのが見えた。
彼は俺に気が付くと微笑み、
「ただいま、俐月」
と言い、俺の前で立ち止まってぱっと明るい顔になる。
「それ、着てくれたんだ! 超似合ってるじゃん、かわいいー」
なんて言って、俺の頭にそっと、触れてくる。
そんなことされたら恥ずかしくって、俺は思わず半歩後ろに引いて首を振った。
「か、かわいいとかねえよ。俺、いくつだと思ってるんだよ」
「えーと、俺と同じ二十三歳」
ふざけたように笑いながら言い、想真は顎に手を当てる。
「そうだよ、二十三! 二十三の男がこういうの着て可愛いわけ……」
言い返す俺の身体を不意に抱きしめてきたかと思うと、想真は俺の耳元で囁くように言った。
「もこもこしててあったかーい」
「……! ちょ、おま、何言ってるんだよ恥ずかしいだろ、っていうか風呂入れよ風呂!」
顔が真っ赤になるのを感じつつ、俺は想真を引っぺがしながら声を上げた。
すると彼はへらへらっと笑い、
「わかってるよー、だからベッドで待ってて」
と、語尾にハートマークでもつくんじゃないかってくらい甘い声で言い、手を振ってリビングを出て言った。
だ、だ、誰がベッドで待つかよ! 俺はこれからドラマ見るんだから。
そう思って俺は部屋の時計を見る。時刻は九時を過ぎたところで、寝るには早い。
俺はお茶が入ったグラスを持ってソファーに腰かけて、リモコンを操作してサブスクを開いた。
見るのは想真が出ているドラマだ。
あと少しで最新話に追いつくから、今日中に見ちゃおう、と思い俺は動画を再生した。
ドラマを見始めて一話が終わるころ、物音がして顔を上げる。
風呂上りの想真が頭にタオルを被って入ってきて、キッチンへと消えていく。
「なんか飲むなら俺用意するよ」
そう言いつつ立ち上がると、
「大丈夫だよー」
と答える声が聞こえてくる。
想真は寝間着姿じゃなくって私服だった。ってことはこの後動画の撮影をするんだろうな。
「動画撮影するから飲み物とお菓子、用意したくて」
その言葉の後、コーヒーマシンが動く音が続く。
やっぱそうなんだ。仕事してきたあとなのに動画も撮るってすげえ体力だなぁ。
立ち上がった手前、せっかくだから俺も何か飲もう、と思い動画を止めてキッチンへと向かい冷蔵庫を開けた。
どうしよう。お茶、飲もうかお酒飲もうか。今日も俺、頑張ったしな……
そう思い俺はチューハイの缶に手を伸ばした。
「あれ、飲むの?」
「うん、昨日と今日、仕事がんばったし」
そう答えて俺は、冷蔵庫をしめる。昨日も飲んで今日も飲むなんて、前の仕事じゃ考えらんねー。家に帰っても飯食って寝るだけの生活だったから、飲む暇もなかったもんなぁ。
「あぁ、そうだね。お疲れ様、俐月。じゃあ俺もちょっと一緒に飲もう」
声を弾ませて言い、想真は冷蔵庫からビールの缶を取り出した。
そしてそれを俺の前にかざして見せて、
「ね?」
と、満面の笑顔で言った。
その笑顔、やばいんだよ、お前。破壊力がすごくて。
思わず目をそらして俺は、そそくさとソファーへと向かう。
そしてそこに腰かけたとき、あとから来た想真が言った。
「あ、俺が出てるドラマ」
言いながら想真は俺の隣に腰かける。離れず、張り付くように。
「うん。もう少しで最新話まで追いつくからさー」
答えながら俺は缶チューハイの蓋を開けた。
「ありがとう、俐月、見てくれて」
だからそういうことをそんな嬉しそうな笑顔で言われると、恥ずかしいんだってば。
俺は無言で頷いて、缶に口をつけた。
「い、家にいる間、せっかくだから色々見てるんだよ」
思わずぶっきらぼうに答えてしまい、そんな自分が尚更恥ずかしくなってくる。
なんだよこれ、小学生か。
「そっかー。ありがとう、俐月が見ていてくれると俺、頑張れるよ」
なんて言い、想真は俺に寄りかかってくる。
「ちょ、おま……なんなのその距離感。わけわかんねーんだけど?」
「べつにいいじゃん。一緒に暮らしてるんだし」
ふざけて答える想真に俺のドキドキは止まらない。
「前から気になってたんだけどなんで俺を家に置こうって決めたわけ?」
「だって行くところなかったんでしょ?」
「そうだけど、だからってよく知りもしねえ相手を家に置くか?」
「俺が大丈夫って思ったからね。実際俐月は家事してくれるし、俺と一緒に寝てくれるし、金も持ち逃げしないじゃん」
そう答えて彼はにっと笑う。
いやまあそんな事しねえけどさ。
最初に半グレから助けてくれて、家に泊めてくれた恩もあるし。
「べつに誰でも信用するわけじゃないよ。ただ、俐月なら大丈夫って思っただけだよ」
言いながら想真は缶をテーブルに置き、俺の方を向いたかと思うと俺の頬に触れた。
「それに、俐月なら俺好みに調教できるかなーって思って」
すっげーいい笑顔でとんでもねえ事を言い出す。
「調教ってなんだよ、俺は馬とかじゃねえぞ!」
「真っ赤になって面白いなぁ、俐月。君がいてくれるから今、俺はすっごく楽しいよ。ありがとう俐月」
そう、妙に甘い声で言ったかと思うと顔が近づいてきてそして、額に唇が触れた。
「ちょ……おま……俺は男だって……!」
「俺は男でも女でも大丈夫だよー。まあ、後腐れないのは男だよね。妊娠の心配もないし」
「サイテーか、お前!」
思わず声を上げて身体をひき逃げると、想真は目を瞬かせた後にかっと笑い、ビールの缶を手に持った。
「あはは、そうかもねー」
などと悪びれながら。
なんか俺、こいつに振り回されてるよな。そういうのなんか嫌だって思うのに、でもそこまで嫌でもない。この感情、なんなんだろうか。