そして翌日。待っていた金曜日の朝。
想真を送り出した後、俺はいつものように動画を見ながら家事をこなし、午後の準備を始める。
スマホで共有された予定によると、想真が帰宅するのは一時前の予定だ。
帰ってきたらあいつの運転で、郊外にあるショッピングモールに行く話になっていた。
「俺がよく行く店に連絡して撮影許可も貰ったから、ちょっとだけ店内撮影させてもらうよ。それで帰ってきたら服の撮影しようと思ってるんだ」
なんて言っていた。
俺は服のブランドなんて全然分かんないけど、どこの店行くんだろ。
大型ショッピングモールってもうしばらく行ってねえし、そういうところで服を買ったこともない。
行くのはもっぱらしまむ○かアベイ○だからなぁ。どういう服、買うんだろう。
そんな事を考えつつ、俺はテレビを見ていた。想真のドラマは昨日、追いついた。だから今、最新話を見ている。
その中でいわゆるラブシーンがあり、想真が女性とキスしているシーンが流れて俺はなんだか恥ずかしくなって目をそらした。
って、俺ガキかよ。そうは思うけどどうも直視できなくて、チラッっとみるのが精いっぱいだった。
あいつ、あんな顔するんだ。
ドラマを見ていると、俺の知らない想真の顔がどんどん映る。それがちょっと悔しい。もっと俺、想真のいろんな顔みたいな……そう思っても無理か。そもそも一緒にいる時間も短いもんな。
そんなラブシーンが終わり、場面が変わると俺はほっとしてテレビ画面を見つめる。
ドラマの想真は超まじめで、普段の飄々としている感じが全くない。本当に別人みたいだ。
スーツ姿、かっこいいなぁ……
思わず見とれてしまい、はっとして俺は掃除を続けた。
やばいやばい。想真は男だぞ。なんで俺、あいつの事かっこいいなんて思ってるんだよ。おかしいだろ。
俺、想真と暮らすようになってなんか目覚めた?
そう思い俺は、ハンディ掃除機を見つめた。
俺は、想真のことなんか特別に思い始めてる?
いいや、そんなことはないはずなのに。想真のドラマを見て心を乱されるし、あいつの言葉、行動に振り回されて。こんなの、中学生の時の初恋の女の子以来じゃないだろうか。
俺、男になんて興味ないはずなのに。あいつと暮らすようになって俺、どうかしたかもしれない。
早めのお昼を済ませて俺は、着替えて想真を待つ。
あんまり服は持っていないから、ジーパンにシャツ、それにパーカーを羽織る。全部、大学生の時にアベイ○で買ったやつだ。
そういえば今年に入って俺、服買ったっけ。仕事に必要なものしか買ってないよな。
そう思うと俺の半年って何だったんだろう。
ただ働いていただけの時間。思い返してみても楽しかったことが思いつかない。
けれど今、想真のお陰で俺はここで普通の生活ができている。
毎日家事をして、ドラマ見て、想真がのっている雑誌も買って。俺の趣味、今ドラマ見ることかな。他にもなんか楽しみ、作りたいな。
今日、想真はボドゲ買いに行くって言っていたっけ。どういうの買うんだろう。
そわそわしてリビングのソファーに座り動画を見ながら待っていると、扉が開く音がした。
「ただいまー」
「あ、おかえり、想真」
言いながら俺は立ち上がる。
すると、想真は俺を見て、
「準備オッケーって感じだね」
と、声を弾ませる。
それはそうだ。帰ってきてすぐ出かけられるように準備しているんだから。
「ちょっと待ってて。着替えてくるから」
着替えてくる?
「わざわざ着替えんの?」
「うん、俐月とお出かけだしねー」
と、軽く答えて自室へと消えていった。
俺と出掛けるからってわざわざ着替えるわけ?
その発想が理解できないけど、でも俺は大人しくリビングのソファーに腰かけて、想真が出てくるのを待つ。
十分ほどで想真は出てくる。黒の綿パンに、白と黒が配色されたシャツ。それに黒いコートを羽織りグレーの帽子を被っている。
「お待たせ」
と言い、笑う想真にまた、ドキリとしてしまう。そして彼は俺に手を差し出して言った。
「さあ行こうか、俐月」
「そ、そういうのは好きな奴にやれよ」
そう言いながらも俺は想真の手を取りそして、立ち上がった。
「じゃあ別にもんだいないじゃーん」
ふざけた声で言ったかと思ったら、ぐい、と腕をひかれて想真に抱きしめられてしまう。
「ちょ……!」
顔をあげて抗議しようとする俺に、想真は微笑みかけてくる。
「俺は俐月とこうするの好きだよ」
「俺は恥ずかしいってば」
「あはは、そうみたいだね。顔が真っ赤だもの」
からかわれてるのがわかるからすごく嫌なのに、そう言えない。だってそこまで嫌じゃないから。
矛盾した感情を抱えながら俺は、想真から離れてバタバタと歩き出す。
「ほら行くぞ」
「うん、あ、俺が運転するから俐月、助手席ねー」
楽しそうに言う想真の声を背中に聞きながら、俺は廊下を出る扉をがちゃり、と開けた。