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第29話 準備

 そして翌日。待っていた金曜日の朝。

 想真を送り出した後、俺はいつものように動画を見ながら家事をこなし、午後の準備を始める。

 スマホで共有された予定によると、想真が帰宅するのは一時前の予定だ。

 帰ってきたらあいつの運転で、郊外にあるショッピングモールに行く話になっていた。


「俺がよく行く店に連絡して撮影許可も貰ったから、ちょっとだけ店内撮影させてもらうよ。それで帰ってきたら服の撮影しようと思ってるんだ」


 なんて言っていた。

 俺は服のブランドなんて全然分かんないけど、どこの店行くんだろ。

 大型ショッピングモールってもうしばらく行ってねえし、そういうところで服を買ったこともない。

 行くのはもっぱらしまむ○かアベイ○だからなぁ。どういう服、買うんだろう。

 そんな事を考えつつ、俺はテレビを見ていた。想真のドラマは昨日、追いついた。だから今、最新話を見ている。

 その中でいわゆるラブシーンがあり、想真が女性とキスしているシーンが流れて俺はなんだか恥ずかしくなって目をそらした。

 って、俺ガキかよ。そうは思うけどどうも直視できなくて、チラッっとみるのが精いっぱいだった。

 あいつ、あんな顔するんだ。

 ドラマを見ていると、俺の知らない想真の顔がどんどん映る。それがちょっと悔しい。もっと俺、想真のいろんな顔みたいな……そう思っても無理か。そもそも一緒にいる時間も短いもんな。

 そんなラブシーンが終わり、場面が変わると俺はほっとしてテレビ画面を見つめる。

 ドラマの想真は超まじめで、普段の飄々としている感じが全くない。本当に別人みたいだ。

 スーツ姿、かっこいいなぁ……

 思わず見とれてしまい、はっとして俺は掃除を続けた。

 やばいやばい。想真は男だぞ。なんで俺、あいつの事かっこいいなんて思ってるんだよ。おかしいだろ。

 俺、想真と暮らすようになってなんか目覚めた?

 そう思い俺は、ハンディ掃除機を見つめた。

 俺は、想真のことなんか特別に思い始めてる?

 いいや、そんなことはないはずなのに。想真のドラマを見て心を乱されるし、あいつの言葉、行動に振り回されて。こんなの、中学生の時の初恋の女の子以来じゃないだろうか。

 俺、男になんて興味ないはずなのに。あいつと暮らすようになって俺、どうかしたかもしれない。




 早めのお昼を済ませて俺は、着替えて想真を待つ。

 あんまり服は持っていないから、ジーパンにシャツ、それにパーカーを羽織る。全部、大学生の時にアベイ○で買ったやつだ。

 そういえば今年に入って俺、服買ったっけ。仕事に必要なものしか買ってないよな。

 そう思うと俺の半年って何だったんだろう。

 ただ働いていただけの時間。思い返してみても楽しかったことが思いつかない。

 けれど今、想真のお陰で俺はここで普通の生活ができている。

 毎日家事をして、ドラマ見て、想真がのっている雑誌も買って。俺の趣味、今ドラマ見ることかな。他にもなんか楽しみ、作りたいな。

 今日、想真はボドゲ買いに行くって言っていたっけ。どういうの買うんだろう。

 そわそわしてリビングのソファーに座り動画を見ながら待っていると、扉が開く音がした。


「ただいまー」


「あ、おかえり、想真」


 言いながら俺は立ち上がる。

 すると、想真は俺を見て、


「準備オッケーって感じだね」


 と、声を弾ませる。

 それはそうだ。帰ってきてすぐ出かけられるように準備しているんだから。


「ちょっと待ってて。着替えてくるから」


 着替えてくる?


「わざわざ着替えんの?」


「うん、俐月とお出かけだしねー」


 と、軽く答えて自室へと消えていった。

 俺と出掛けるからってわざわざ着替えるわけ?

 その発想が理解できないけど、でも俺は大人しくリビングのソファーに腰かけて、想真が出てくるのを待つ。

 十分ほどで想真は出てくる。黒の綿パンに、白と黒が配色されたシャツ。それに黒いコートを羽織りグレーの帽子を被っている。 


「お待たせ」


 と言い、笑う想真にまた、ドキリとしてしまう。そして彼は俺に手を差し出して言った。


「さあ行こうか、俐月」


「そ、そういうのは好きな奴にやれよ」


 そう言いながらも俺は想真の手を取りそして、立ち上がった。


「じゃあ別にもんだいないじゃーん」


 ふざけた声で言ったかと思ったら、ぐい、と腕をひかれて想真に抱きしめられてしまう。


「ちょ……!」


 顔をあげて抗議しようとする俺に、想真は微笑みかけてくる。


「俺は俐月とこうするの好きだよ」


「俺は恥ずかしいってば」


「あはは、そうみたいだね。顔が真っ赤だもの」


 からかわれてるのがわかるからすごく嫌なのに、そう言えない。だってそこまで嫌じゃないから。

 矛盾した感情を抱えながら俺は、想真から離れてバタバタと歩き出す。


「ほら行くぞ」


「うん、あ、俺が運転するから俐月、助手席ねー」


 楽しそうに言う想真の声を背中に聞きながら、俺は廊下を出る扉をがちゃり、と開けた。



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