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第31話 お買いもの

 エスカレーターを上り、広い通路を歩く。

 平日だってのに年齢問わず多くの人が行き交っている。


「人多いな……」


 思わず呟くと、想真が頷き言った。


「そうだねー。ここは色んな町からいろんな人が集まるからね」


 そういえば、けっこう遠くの町のナンバーの車、見かけたっけ。

 想真は俺を引っ張るようにして歩き、ある店の前で立ち止まった。

 俺の知らない店で、黒系を中心とした服が多いっぽい。なんかちょっと変わったデザイン……シャツの裾が斜めだったり、やたら紐がついてるズボンとかある。


「いらっしゃいませー」


 という、男性店員の声が奥から響く。

 想真は俺の腕を引っ張って中に入りそして、奥にいた店員に話しかけた。


「こんにちはー、中辻󠄀です」


「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」


 明るい茶髪の青年は、ニコニコと笑い、想真と俺を見た。


「今日は高瀬さんと一緒ではないんですね」


「そうそうー、だからひとりで撮るんで、ちょっと店内撮らせて貰うだけです」


「わかりました」


 高瀬って、誰?

 そうは思うものの口を挟む余地はなくって、俺は黙って想真と店員さんの様子をうかがう。

 想真は俺に隅で待っているようにいうと、スマホに自撮り棒をつけて店内を歩き出した。

 けれどすぐにそれをしまい、俺のところに戻ってきて言った。


「じゃあ服選ぼうかー。俐月にも買おうね」


 と言って、彼はにっと笑う。


「え、まじで」


 戸惑いつつ俺は手近にある服を見る。俺が普段着るファストファッションとは全然違う、俺から見ると着こなしが難しそうな服ばかりだ。

 柄物も多いしこれ、ちょっと引いちゃうんだけど。

 戸惑いが顔に出ていたんだろう。想真は俺の腕を掴み、そして顔を近づけてきて言った。


「大丈夫だよ、俐月。俺が俐月に着て欲しい服を買うんだから」


「着て欲しいってなんだよそれ」


 意味が分かんなくって、苦笑して言うと想真は頷き言った。


「そのまんまの意味だよー。せっかく一緒に暮らして、一緒に出かけるんだから、ね?」


 そんな、超いい笑顔で言われたら断れる訳がなく。

 俺は頷き、


「わかったよ」


 と答えた。

 長袖のシャツやパーカー、トレーナーにコート。

 価格を見ると、シャツで五千円ほどで思ったよりも高くない。

 想真が着る服だからてっきりもっと高いと思ったのに。

 コートだって一万ちょっとだし、俺でも買えなくはない金額だ。

 いや、金はないけど。

 自分で見ていると、どうしても単色ばかりになってしまう。だからそういうシャツやデニムパンツを見ていると、想真が俺に服をかざしてくる。


「こういうの、どう?」


 想真が俺に見せてきたのは、黒とブルーグレーの、格子柄のシャツだった。

 そんな柄、着たことないから俺は思わず黙り込む。

 すると、想真はそこに黒のデニムパンツを合わせてくる。


「こうして合わせて、あと、これにこのパーカーで着たらどうかなー」


 と、楽しそうな笑顔で言う。


「俺、そんな柄の服、着たことねえよ」


「そうなんだ。これ、似合うと思うけどなぁ。ねえ、着てみない?」


 と言い、シャツを俺に合わせながら言った。

 想真に言われて断れるわけもなく、俺は想真が用意した服を店員さんに声をかけて試着室へと持ち込む。

 こういうのが想真の趣味なんかな。デニムパンツはピタッとしているけれど、上はちょっとだぼっとしていて、ゆるい感じになる。

 それに大きなボタンに大きなフードのパーカーを着て、俺は鏡を見た。

 悪くは、ない。でも違和感がすげえ。

 くるっと一回転してみて、なんか変な感じがする。

 あんまり気にしなかったけど、こうして見ると俺、髪長いかも。これのせいもあるのかなぁ。最後に髪、切ったのいつだったっけ……

 すげーもさっとしていて服と髪がすっげーあわない感じがする。


「俐月、どう?」


 想真の声が、カーテンの向こうから聞こえてくる。


「あ、うん、ちょっと待って」


 これは見せなくちゃいけないやつか。

 なんか嫌だけど仕方ない、だいたいこの服を買うのはあいつだし。

 俺は試着室のカーテンをゆっくりと開けた。すると、目の前に想真がいて、俺を頭の先からつま先までじっと見つめ、顎に手を当ててにっと笑い、頷いた。


「いい感じじゃん?」


「そ、うかなぁ……」


 俺は呟き、自分の服装を改めて見る。

 柄物のシャツも、黒のデニムパンツも着たことがないからだろう、似合ってる気がしない。


「なんか変な感じがするの?」


「うん、なんて言うか……見慣れねえからかな」


「あぁ、それはあるかもね。うーん、そうだねえ……」


 呻った想真は俺の顔をじっと見つめ、手を伸ばしてきたかと思うと俺の顔を両手で挟む。

 そして俺の顔をじーっと見つめて言った。


「ねえ、髪切ろうよ」


「何て?」


 髪を、切る?

 何言ってんのか意味わかんなくて俺は、大きく目を見開いて想真を見つめ返した。


「髪の毛。伸ばしっぱなしでしょ? 最後に切ったのいつ?」


 言われて俺は黙り込む。確かに自分でも髪、長いなって思う。そのせいもあってなんか変な感じがするのかもって。

 えーと、髪を切ったの……就職前に一度行ってその後どうしたっけな……考えてみたら俺、ずっと髪の毛切ってないかもしれない。


「違和感すごいって言ったでしょ? 髪型のせいもあるのかなって。だから髪、切りに行こうよ」


 そう言われると何も言い返せないし、俺も切った方がいいって思う。


「うん……確かにそうだな」


「でしょ? ちょっと連絡しておくから。あ、あと、これとか似合うと思うんだー」


 そして想真はまた別の服を俺に渡してきた。


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