目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第32話 買い物の結果

 そのあと、想真おすすめのお店にも寄って、八着ほどの服を購入した。こんなに一気に服を買ったのは初めてだ。

 想真もシャツやコートなどを買っていて、ふたりで十万は使ったんじゃないだろうか。

 なんだか申し訳ない気持ちの俺の隣、想真はご満悦で歩いている。


「いっぱい買ったねぇ。一度服、車に置きに行ってから、ボドゲの専門店に行って、早めの夕食食べたら髪、切り行こう。六時半で予約したから」


「マジで予約したのかよ?」


「したよー。俺がよく行ってるところ。あ、あとパジャマも買おうよ。あそこ、もこもこ売ってる!」


 なんて言い、想真は店に向かって走り出す。

 子供か?


「ちょっと待てよ」


 俺は慌てて想真の跡を追いかけた。

 もこもこ、ってなんだよ?

 と思ったら、想真はなんだかキラキラした店に入っていく。

 想真の言う通り、なんだかもこもこした服ばかりが並んでいる。

 こんな店あるんだ、初めて知った。

 ちらほらといる客は皆、女性だ。

 想真は振り返り、こちらを見て手を振る。


「こっちこっち」


 こっちこっちじゃねぇよ。

 店の雰囲気と女性客ばかりの状況で落ち着かなくって、俺はキョロキョロと挙動不審になりつつ足早に想真へと近付いた。

 男物もちゃんとあるんだな。

 想真は、もこもこのプルオーバーを手にして、俺に合わせてくる。

 それは黒地に小さな茶色の熊が描かれていて、可愛いとしかいえない服だった。


「これよくない?」


「よくない」


 半眼で呻くように答えると、想真は、ははは、と笑い、


「そうかなー」


 と答える。


「可愛すぎるっての」


「じゃあこれは?」


 それはさらにでっかい熊が真ん中にでーんと描いてある服だった。


「熊から離れねえか、とりあえず」


「そっかー。じゃあこういうのは?」


 想真が手に取ったのは、紺色に世界的に有名なビーグル犬が描かれたプルオーバーだった。


「それならまあ……」


「じゃあ色違いで買おう。あと、ロングパンツも」


 弾んだ声で言い、想真はもこもこの服を手に取っていく。

 すっげー買うなぁ。これ、いくらするんだろう。そう思って俺は一着のプルオーバーを手に取り値段を見た。ちょっと待て、これ、一万円近くするけど?

 さっき買った服よりもたけえじゃねえか。


「おい、想真、いいのかよこんなに買って」


「大丈夫だって。そもそもゲーム以外にお金使う事あんまりないしね」


 そう答えて、想真はお会計してくる、と告げてレジへと向かう。

 まじでいいのかよ、こんなの。

 そう思い、俺はぶら下げたショップ袋を見つめる。

 あいつが選んでくれた服。合計で何万円もする服。

 これに見合うだけの事、俺、できてるのかな。

 あいつのためにもっと、料理とかできる様になろう。まだ時間、かかるだろうけれど、ちゃんと就職して家出るようにしないとな。

 ひとり俺はそう決意して、ぎゅうっと手を握りしめた。 



 その後、ボードゲームのお店でふたりでできるゲームをいろいろと買い込み、食事をして町中へと戻る。

 想真が予約した美容室に行くためだ。

 時刻は六時過ぎ。すっかり辺りは暗くなっていて、街灯や店の明かりが町を彩っている。

 郊外にある美容室、ラグーン。そこの駐車場に止まり、想真は、


「ここだよ」


 と言い、車を降りる。

 その店は、黒を基調とした外壁のおしゃれな美容室だった。

 俺、安い店しか行ったことないのでしり込みしてしまう。

 カットいくらだよ……俺、髪切るのに三千円だってだしたことねえぞ……

 店を見つめて固まっていると、


「俐月、どうしたの?」


 という、想真の不思議そうな声が近くで響く。

 いつの間にか目の前に想真が立っていて、俺をじっと見つめていた。 


「ちょ……おま……目の前に立つなよ」


 思わず半歩下がって胸に手を当てて声を上げると、彼は首を傾げてふふっと笑う。


「大丈夫? ほら、行こうよ」


 と言い、俺に手を差し出してくる。けれどもちろん俺はその手を取らず、


「わかったよ」


 と、ぶっきらぼうに答えて、想真の横をすり抜けて店へと向かった。

 中に入ると、木製の受付が目に入った。そこには若い金髪の男性が立っていて、俺たちを見るとにこっと笑い、


「いらっしゃいませ」


 と言った。


「予約していた中辻ですけど」


 俺の背後で想真が楽しそうな声で言う。

 するとその男性は、カウンター内に置かれているタブレットを操作したあと、顔を上げて言った。


「はい、中辻様、ですね。お待ちしておりました」


「あ、切るのはこっちね」


 そう言って、想真は俺を指差す。


「かしこまりました。では、こちらにどうぞ。上着はお預かりしますね」


 そう言われ、俺は着ているコートを脱いでスタッフさんに預けた。

 店内は落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした音楽が流れている。


「まず、シャンプーしますのでこちらにおかけください」


 あぁ、そうか。髪切るからまず洗うのか。

 やっべー、落ち着かねえ……

 ぎこちなく歩きつつ、俺はスタッフに従いシャンプー台の前にある椅子に座る。

 髪を洗われて、スタイリングチェアに案内されたあと、現れたのは明るい茶髪に、大きな二重の瞳の男性だった。

 すっげー若く見えるけど、俺らよりずっと年上だろう。三十歳前後かな。

 彼は鏡ごしに微笑み、


「悠木です、よろしくお願いします」


 と言った。


「あ、はい、あの、よろしく、です」


 緊張で、噛みつつ答える。


「どんな感じにしますか?」


 そう問われ、俺は黙り込んでしまう。だって、どんな感じがいいってないから。

 自分に似合う髪型って何?


「えーと……」


 悩んでいると、鏡の向こうに想真が姿を現した。


「ねえねえ悠木さん。こんな感じどうかな」


 と言い、想真はタブレットの画面を鏡に向ける。

 ちょっと耳が隠れる感じで前髪、真ん中わけしてる。これなんて言うんだ。髪型の名前なんて全然わかんねえよ。


「あぁ、センターパートにマッシュってこと?」


「そうそう、後ろこんな感じで。似合うと思うんだけどどうかな?」


「うーん、確かに彼に似合うと思うけど。想真の髪じゃないのに、君が決めていいの?」


 苦笑して悠木さんが言うと、想真はいたずらっ子のように笑う。


「あはは、確かにそうだね。ねえ、俐月はどう?」


 どうって言われても俺は何にもわかんない。自分に合う髪型なんて考えたこともないから。

 俳優として活動して、自分の見た目に気を遣っているであろう想真が言うんなら、間違いない気がする。

 だから、俺は頷いて言った。


「全然分かんないからそれでお願いします」


「だって。悠木さん、お願いします」


 そして想真は深く頭を下げた。


「まあそれならいいけど。じゃあ、切っていくから想真君は離れててね」


「はーい」


 手を上げて返事をして、想真は背中を向けて去っていった。  


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?