そのあと、想真おすすめのお店にも寄って、八着ほどの服を購入した。こんなに一気に服を買ったのは初めてだ。
想真もシャツやコートなどを買っていて、ふたりで十万は使ったんじゃないだろうか。
なんだか申し訳ない気持ちの俺の隣、想真はご満悦で歩いている。
「いっぱい買ったねぇ。一度服、車に置きに行ってから、ボドゲの専門店に行って、早めの夕食食べたら髪、切り行こう。六時半で予約したから」
「マジで予約したのかよ?」
「したよー。俺がよく行ってるところ。あ、あとパジャマも買おうよ。あそこ、もこもこ売ってる!」
なんて言い、想真は店に向かって走り出す。
子供か?
「ちょっと待てよ」
俺は慌てて想真の跡を追いかけた。
もこもこ、ってなんだよ?
と思ったら、想真はなんだかキラキラした店に入っていく。
想真の言う通り、なんだかもこもこした服ばかりが並んでいる。
こんな店あるんだ、初めて知った。
ちらほらといる客は皆、女性だ。
想真は振り返り、こちらを見て手を振る。
「こっちこっち」
こっちこっちじゃねぇよ。
店の雰囲気と女性客ばかりの状況で落ち着かなくって、俺はキョロキョロと挙動不審になりつつ足早に想真へと近付いた。
男物もちゃんとあるんだな。
想真は、もこもこのプルオーバーを手にして、俺に合わせてくる。
それは黒地に小さな茶色の熊が描かれていて、可愛いとしかいえない服だった。
「これよくない?」
「よくない」
半眼で呻くように答えると、想真は、ははは、と笑い、
「そうかなー」
と答える。
「可愛すぎるっての」
「じゃあこれは?」
それはさらにでっかい熊が真ん中にでーんと描いてある服だった。
「熊から離れねえか、とりあえず」
「そっかー。じゃあこういうのは?」
想真が手に取ったのは、紺色に世界的に有名なビーグル犬が描かれたプルオーバーだった。
「それならまあ……」
「じゃあ色違いで買おう。あと、ロングパンツも」
弾んだ声で言い、想真はもこもこの服を手に取っていく。
すっげー買うなぁ。これ、いくらするんだろう。そう思って俺は一着のプルオーバーを手に取り値段を見た。ちょっと待て、これ、一万円近くするけど?
さっき買った服よりもたけえじゃねえか。
「おい、想真、いいのかよこんなに買って」
「大丈夫だって。そもそもゲーム以外にお金使う事あんまりないしね」
そう答えて、想真はお会計してくる、と告げてレジへと向かう。
まじでいいのかよ、こんなの。
そう思い、俺はぶら下げたショップ袋を見つめる。
あいつが選んでくれた服。合計で何万円もする服。
これに見合うだけの事、俺、できてるのかな。
あいつのためにもっと、料理とかできる様になろう。まだ時間、かかるだろうけれど、ちゃんと就職して家出るようにしないとな。
ひとり俺はそう決意して、ぎゅうっと手を握りしめた。
その後、ボードゲームのお店でふたりでできるゲームをいろいろと買い込み、食事をして町中へと戻る。
想真が予約した美容室に行くためだ。
時刻は六時過ぎ。すっかり辺りは暗くなっていて、街灯や店の明かりが町を彩っている。
郊外にある美容室、ラグーン。そこの駐車場に止まり、想真は、
「ここだよ」
と言い、車を降りる。
その店は、黒を基調とした外壁のおしゃれな美容室だった。
俺、安い店しか行ったことないのでしり込みしてしまう。
カットいくらだよ……俺、髪切るのに三千円だってだしたことねえぞ……
店を見つめて固まっていると、
「俐月、どうしたの?」
という、想真の不思議そうな声が近くで響く。
いつの間にか目の前に想真が立っていて、俺をじっと見つめていた。
「ちょ……おま……目の前に立つなよ」
思わず半歩下がって胸に手を当てて声を上げると、彼は首を傾げてふふっと笑う。
「大丈夫? ほら、行こうよ」
と言い、俺に手を差し出してくる。けれどもちろん俺はその手を取らず、
「わかったよ」
と、ぶっきらぼうに答えて、想真の横をすり抜けて店へと向かった。
中に入ると、木製の受付が目に入った。そこには若い金髪の男性が立っていて、俺たちを見るとにこっと笑い、
「いらっしゃいませ」
と言った。
「予約していた中辻ですけど」
俺の背後で想真が楽しそうな声で言う。
するとその男性は、カウンター内に置かれているタブレットを操作したあと、顔を上げて言った。
「はい、中辻様、ですね。お待ちしておりました」
「あ、切るのはこっちね」
そう言って、想真は俺を指差す。
「かしこまりました。では、こちらにどうぞ。上着はお預かりしますね」
そう言われ、俺は着ているコートを脱いでスタッフさんに預けた。
店内は落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした音楽が流れている。
「まず、シャンプーしますのでこちらにおかけください」
あぁ、そうか。髪切るからまず洗うのか。
やっべー、落ち着かねえ……
ぎこちなく歩きつつ、俺はスタッフに従いシャンプー台の前にある椅子に座る。
髪を洗われて、スタイリングチェアに案内されたあと、現れたのは明るい茶髪に、大きな二重の瞳の男性だった。
すっげー若く見えるけど、俺らよりずっと年上だろう。三十歳前後かな。
彼は鏡ごしに微笑み、
「悠木です、よろしくお願いします」
と言った。
「あ、はい、あの、よろしく、です」
緊張で、噛みつつ答える。
「どんな感じにしますか?」
そう問われ、俺は黙り込んでしまう。だって、どんな感じがいいってないから。
自分に似合う髪型って何?
「えーと……」
悩んでいると、鏡の向こうに想真が姿を現した。
「ねえねえ悠木さん。こんな感じどうかな」
と言い、想真はタブレットの画面を鏡に向ける。
ちょっと耳が隠れる感じで前髪、真ん中わけしてる。これなんて言うんだ。髪型の名前なんて全然わかんねえよ。
「あぁ、センターパートにマッシュってこと?」
「そうそう、後ろこんな感じで。似合うと思うんだけどどうかな?」
「うーん、確かに彼に似合うと思うけど。想真の髪じゃないのに、君が決めていいの?」
苦笑して悠木さんが言うと、想真はいたずらっ子のように笑う。
「あはは、確かにそうだね。ねえ、俐月はどう?」
どうって言われても俺は何にもわかんない。自分に合う髪型なんて考えたこともないから。
俳優として活動して、自分の見た目に気を遣っているであろう想真が言うんなら、間違いない気がする。
だから、俺は頷いて言った。
「全然分かんないからそれでお願いします」
「だって。悠木さん、お願いします」
そして想真は深く頭を下げた。
「まあそれならいいけど。じゃあ、切っていくから想真君は離れててね」
「はーい」
手を上げて返事をして、想真は背中を向けて去っていった。