夜の十一時。
俺は想真の寝室のベッドに入る。
今日は疲れたな。初めて行くショッピングモールに、初めての店。初めての美容室。初めてばかりだったな。
ボードゲームいくつか買ったけどあれ、いつやるんだろう。
スマホを充電ケーブルにぶっさして、俺はスケジュール管理のアプリを開く。
想真の予定はびっしりだ。
年末年始にかろうじて休みがあるのかな、って感じだ。
クリスマスも仕事かぁ。なんか料理とか用意したいけどちょっと厳しいかな。
あとおせちも。お雑煮も食べてえな。
まずクリスマスか。何つくれるか調べないと。
俺はスマホを開き、クリスマスの料理について調べた。
疲れていたんだろう。いつの間にか俺は眠っていたみたいだった。
ふと目が覚めて俺は、妙な声が聞こえることに気が付いた。
「ん……はぁ……」
この声……想真、だよな?
すっごい色っぽい声が、どこからか聞こえてくる。
「俐月……」
切ない声で俺の名前を呼び、そこにまた色めいた声が続く。
何してんだ想真。見える所には想真の姿が見えない。
じゃあ、背後? そう思うものの身体が重くて動かない。
夢でも見てんのかな、俺。
そう思った時だった。想真の顔が急に目の前に現れたかと思うと、額に唇が触れた。
「お休み、俐月」
うっとりとした声で言い、想真は俺の頬を撫でた。
これは夢なのか。それとも現実なのか。
判断もつかないまま俺はまた眠りに落ちたらしく、気が付いたら室内が少し明るくなっていた。
重い身体を起こし、俺は隣で眠り想真を見る。
想真は眠っている。まだ起きる気配はない。
夜中にこいつ、なんかしてたよな。でも、なんなんだろ。はっきりしねえし……気のせいかなぁ。にしても、額に口づけられたのは生々しかった気がするけど。首を傾げつつ俺は、スマホを手に取り時間を確認する。
十一月三十日土曜日。時刻は六時過ぎ。
ちょっと早いけど起きるか。
そう思い俺はベッドから這い出た。
「って、あれ?」
ベッド横に置いてあるゴミ箱が少し移動してる? それにこんなにゴミ入ってたっけ。
不思議に思いつつも俺は立ち上がり、大きく欠伸をしながらそっと歩いて部屋を出た。
顔を洗って口をすすぎ、自室で着替えてエプロンをする。
そして俺は、冷蔵庫を開けて何を作るのか考えた。
うーん……ソーセージ焼いて、目玉焼き作って、キャベツ添えて。あとカップスープとパンかな。想真はパンでもご飯でもどっちでもいいって言うから、日によって変えていた。
テレビをつけて俺は、朝食の準備を始めた。換気扇を回して、ウィンナーを焼いて目玉焼きを焼く。
その間にお湯を沸かしていると、足音が響いた。
「おはよー、俐月」
眠そうな声がして、俺は料理の手を止めないまま声を上げた。
「おはよう、想真」
そのあと扉を開く音が続いたので、顔を洗いに行ったのだろう。
その間に俺は料理を盛り付けて食卓へと運ぶ。
食パンにバターを薄く塗り、ケチャップにベーコンと薄く切った玉ねぎ、チーズをのせて焼いて。それにコーヒーとカップスープを用意して運ぶ。
すると着替えを済ませた想真がやってきて、食卓を見て目を輝かせた。
「おいしそう、俐月、毎日ありがとう」
「いや……うん」
なんて答えていいのかわからず頷いて返事をし、俺は焼けたパンを取りに行く。
皿にパンをのせて俺は食卓にそれを並べ、エプロンをとり言った。
「食べようぜ」
「うん、いただきます」
「あぁ、いただきます」
俺も椅子に腰かけて手を合わせ、焼きたてのパンを手にした。
さくさくっとしたパンに、玉ねぎの甘さとベーコンのうまみが溢れてくる。
自分で作っておいてアレだけどうまいな、これ。
ただ材料のせて焼くだけで、こんなおいしくなるんだ。
「想真のつくる料理、おいしいね」
パンにかじりついた想真が俺の方を見て、にっと笑う。
褒められて悪い気はしないけど、恥ずかしくって俺は戸惑い、そして、
「あ、ありがと」
と答えた。
こういう時、なんて言うのが正しいんだろう。
俺、想真みたいに言葉がぽんぽんでてこねえんだよなぁ。
そう思うと、ちょっと切ない。
「昨日の動画、今日の夜アップするから、よかったら見てね」
「え、あぁ、買い物のやつ?」
「そうそう」
「早くね?」
「動画はね、スピードが命なんだよ」
そうなんだ。全然知らない世界だから驚きばっかだなぁ。
「昨日、あのあとも動画撮ってたの?」
「うん、ゲーム動画。それはまた明日にアップされるよ」
「なあ、その後……夜中お前寝室で何かした?」
昨夜の、夜中の事を思い出して俺は何かあったか確認しようと思い尋ねた。
すると想真は目を見開いて、首を傾げて言った。
「何かって何?」
そう言われると……何だかはわかってないんだよなぁ……
とりあえず確かなのは、
「額にキスしなかった?」
「あはは、それは毎晩やってるよー」
笑いながら言われて、俺は持っていたパンをおっことしかけた。
「え、そうなの?」
「そうだよー。気が付かなかったの?」
「気が付くかよそんなの。何で?」
「何でって、俺がしたいから」
事もなげに言い、想真は食べかけのパンを皿に置き、カップスープを口にする。
確かにまあ、想真ならやりかねねえけれども。でもなんか違和感。
想真は役者だ。だからいくらでも嘘をつけるだろう。そんなの俺が見破れるわけがない。だって相手は演技のプロなんだから。
腑に落ちないものを抱えつつ、俺は、
「まじかよ……」
とだけ呟いて、パンをかじった。