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第35話 その夜中

 夜の十一時。

 俺は想真の寝室のベッドに入る。

 今日は疲れたな。初めて行くショッピングモールに、初めての店。初めての美容室。初めてばかりだったな。

 ボードゲームいくつか買ったけどあれ、いつやるんだろう。

 スマホを充電ケーブルにぶっさして、俺はスケジュール管理のアプリを開く。

 想真の予定はびっしりだ。

 年末年始にかろうじて休みがあるのかな、って感じだ。

 クリスマスも仕事かぁ。なんか料理とか用意したいけどちょっと厳しいかな。

 あとおせちも。お雑煮も食べてえな。

 まずクリスマスか。何つくれるか調べないと。

 俺はスマホを開き、クリスマスの料理について調べた。

 疲れていたんだろう。いつの間にか俺は眠っていたみたいだった。

 ふと目が覚めて俺は、妙な声が聞こえることに気が付いた。


「ん……はぁ……」


 この声……想真、だよな?

 すっごい色っぽい声が、どこからか聞こえてくる。


「俐月……」


 切ない声で俺の名前を呼び、そこにまた色めいた声が続く。

 何してんだ想真。見える所には想真の姿が見えない。

 じゃあ、背後? そう思うものの身体が重くて動かない。

 夢でも見てんのかな、俺。

 そう思った時だった。想真の顔が急に目の前に現れたかと思うと、額に唇が触れた。


「お休み、俐月」


 うっとりとした声で言い、想真は俺の頬を撫でた。

 これは夢なのか。それとも現実なのか。

 判断もつかないまま俺はまた眠りに落ちたらしく、気が付いたら室内が少し明るくなっていた。

 重い身体を起こし、俺は隣で眠り想真を見る。

 想真は眠っている。まだ起きる気配はない。

 夜中にこいつ、なんかしてたよな。でも、なんなんだろ。はっきりしねえし……気のせいかなぁ。にしても、額に口づけられたのは生々しかった気がするけど。首を傾げつつ俺は、スマホを手に取り時間を確認する。

 十一月三十日土曜日。時刻は六時過ぎ。

 ちょっと早いけど起きるか。

 そう思い俺はベッドから這い出た。


「って、あれ?」


 ベッド横に置いてあるゴミ箱が少し移動してる? それにこんなにゴミ入ってたっけ。

 不思議に思いつつも俺は立ち上がり、大きく欠伸をしながらそっと歩いて部屋を出た。

 顔を洗って口をすすぎ、自室で着替えてエプロンをする。

 そして俺は、冷蔵庫を開けて何を作るのか考えた。

 うーん……ソーセージ焼いて、目玉焼き作って、キャベツ添えて。あとカップスープとパンかな。想真はパンでもご飯でもどっちでもいいって言うから、日によって変えていた。

 テレビをつけて俺は、朝食の準備を始めた。換気扇を回して、ウィンナーを焼いて目玉焼きを焼く。

 その間にお湯を沸かしていると、足音が響いた。


「おはよー、俐月」


 眠そうな声がして、俺は料理の手を止めないまま声を上げた。


「おはよう、想真」


 そのあと扉を開く音が続いたので、顔を洗いに行ったのだろう。

 その間に俺は料理を盛り付けて食卓へと運ぶ。

 食パンにバターを薄く塗り、ケチャップにベーコンと薄く切った玉ねぎ、チーズをのせて焼いて。それにコーヒーとカップスープを用意して運ぶ。

 すると着替えを済ませた想真がやってきて、食卓を見て目を輝かせた。


「おいしそう、俐月、毎日ありがとう」


「いや……うん」


 なんて答えていいのかわからず頷いて返事をし、俺は焼けたパンを取りに行く。

 皿にパンをのせて俺は食卓にそれを並べ、エプロンをとり言った。


「食べようぜ」


「うん、いただきます」


「あぁ、いただきます」


 俺も椅子に腰かけて手を合わせ、焼きたてのパンを手にした。

 さくさくっとしたパンに、玉ねぎの甘さとベーコンのうまみが溢れてくる。

 自分で作っておいてアレだけどうまいな、これ。

 ただ材料のせて焼くだけで、こんなおいしくなるんだ。


「想真のつくる料理、おいしいね」


 パンにかじりついた想真が俺の方を見て、にっと笑う。

 褒められて悪い気はしないけど、恥ずかしくって俺は戸惑い、そして、


「あ、ありがと」


 と答えた。

 こういう時、なんて言うのが正しいんだろう。

 俺、想真みたいに言葉がぽんぽんでてこねえんだよなぁ。

 そう思うと、ちょっと切ない。


「昨日の動画、今日の夜アップするから、よかったら見てね」


「え、あぁ、買い物のやつ?」


「そうそう」


「早くね?」


「動画はね、スピードが命なんだよ」


 そうなんだ。全然知らない世界だから驚きばっかだなぁ。


「昨日、あのあとも動画撮ってたの?」


「うん、ゲーム動画。それはまた明日にアップされるよ」


「なあ、その後……夜中お前寝室で何かした?」


 昨夜の、夜中の事を思い出して俺は何かあったか確認しようと思い尋ねた。

 すると想真は目を見開いて、首を傾げて言った。


「何かって何?」


 そう言われると……何だかはわかってないんだよなぁ……

 とりあえず確かなのは、


「額にキスしなかった?」


「あはは、それは毎晩やってるよー」


 笑いながら言われて、俺は持っていたパンをおっことしかけた。


「え、そうなの?」


「そうだよー。気が付かなかったの?」


「気が付くかよそんなの。何で?」


「何でって、俺がしたいから」


 事もなげに言い、想真は食べかけのパンを皿に置き、カップスープを口にする。

 確かにまあ、想真ならやりかねねえけれども。でもなんか違和感。

 想真は役者だ。だからいくらでも嘘をつけるだろう。そんなの俺が見破れるわけがない。だって相手は演技のプロなんだから。

 腑に落ちないものを抱えつつ、俺は、


「まじかよ……」


 とだけ呟いて、パンをかじった。




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