腑に落ちないものがあるものの、時間は勝手に流れていく。
俺は洗濯物を干して、掃除や片づけをし、十時前に家を出る準備を始める。
俺、ワックスを持っていないから髪形セットするの、どうしようって思ったら、想真から、
「俺のつかっていいよ」
って言われた。
とはいえあんまり使ったことなくってよくわかんないので、スマホで調べながら悪戦苦闘して髪を整えた。
なんだか昨日までとは別人みたいだな……髪形変わるだけでこんな印象変わるんだ。
黒のスラックスに白いシャツを着て、その上にセーターと昨日買ってもらったコートを着る。
それにトートバッグを提げて俺はマンションを出た。
外は寒い。明日から十二月かと思うと時間が経つのが早いって感じてしまう。
吐く息は白くて、吹く風は凍てつくように冷たかった。
俺はコートのポケットに手を突っ込み、足早にカフェへと向かう。
歩いてバイトに行くから、手袋やマフラーも必要だなぁ。
もっと寒くなるんだもんな。
土曜日、ということもありふだんよりもちょっと、人通りが多かった。
途中、公園があって子供たちが遊んでいる姿が見えた。
この寒い中ブランコしたりすべり台したり、元気だなぁ。
俺はそんな様子を横目に見つつ、カフェへと急いだ。だって寒いから。
カフェに着き、中に入るとカラン、とドアの鐘が鳴り響く。
「おはようございます」
挨拶をしながら入ると、オープン準備をしているマスターの姿と、もうひとり、青年の姿が目に入った。
「あ、初めましてこんにちは!」
金髪の青年は、にこにこっと笑い俺を振り返り、頭を下げた。
この人、客としてきたときに見たことがあるから、前からいるバイト、だよな?
「浜谷千草です、よろしくお願いします」
「あ、えーと……俐月。新谷俐月、です」
挙動不審になりつつ俺は頭を下げる。
そうか、今日は土曜日だからもうひとりスタッフがいるのか。
「おはよう、中谷君、あれ、髪切ったんだ。ずいぶんとイメージ変わるね」
マスターの言葉に俺は頷き、声を弾ませて答えた。
「はい、あの、昨日友達と出掛けたときに美容室行ってきました」
「へぇ。似合ってるよ」
そう言われて嬉しくないわけがない。
俺は笑って答えた。
「ありがとうございます」
「そのコートもこの間と違うよね」
すげえ、そこまで見てるんだマスター。
「あはは、友達のおすすめの店で買いました」
言いながら俺はちょっと照れくさくって頭に手を当てる。
「そうなんだ。その子と仲、いいんだね」
ちょっと不思議そうな顔で言われ、俺は苦笑して頷く。
確かに仲いいの、かな?
そう言われるとちょっと自信ない。だって想真のこと、友達とはいったものの、対等って感じはしていないから。
色々してもらっていて、俺、めっちゃ立場弱いもんなぁ。
ちゃんと働けるようになるまで時間、かかりそうだけど、俺、いつか想真に与えられた以上のものを返せるといいなぁ。
その為にもまず、ここでちゃんと働いて、就職目指すんだ。
そう、気合を入れて、
「俺、着替えてきます」
と声をかけ、奥へと足早に向かった。
着替えを済ませてホールに出る。
そこで俺は改めて浜谷君と話しをした。
「俺、夜が多いから会うの初めてっすね」
「あ、そうなんだ」
「俺学生なんで夜か週末じゃないと都合つかないんすよ」
学生かぁ……若いなぁ……
っていっても俺、去年まで学生だったか。
浜谷君の、なんだかわからないけれど自信に溢れている感じがすごく眩しい。俺もたぶん、学生の時はこんな感じだったんだろうなぁ。
「中谷君も慣れたら夜も入ってみる?」
マスターに言われ、俺は曖昧に笑う。
「いやぁ……すみません」
夜は想真といないとだから、難しいんだよな。
俺の答えにマスターは首を振って笑い言った。
「そうかー。そういえば夜は無理って言っていたね。昼間入ってもらえるだけでも嬉しいから大丈夫だよ」
だから俺、ここで働けるんだよな。つうかフルタイムで働いて想真の家で家事をやるのは無理だろう。だから今のバイト位がちょうどいいのかもしれない。
「あ、そろそろ時間だから、看板出してくれる?」
マスターの言葉に浜谷君がさっと動く。
そんな姿もなんだか眩しく見えた。