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第36話 バイトへ

 腑に落ちないものがあるものの、時間は勝手に流れていく。

 俺は洗濯物を干して、掃除や片づけをし、十時前に家を出る準備を始める。

 俺、ワックスを持っていないから髪形セットするの、どうしようって思ったら、想真から、


「俺のつかっていいよ」


 って言われた。

 とはいえあんまり使ったことなくってよくわかんないので、スマホで調べながら悪戦苦闘して髪を整えた。

 なんだか昨日までとは別人みたいだな……髪形変わるだけでこんな印象変わるんだ。

 黒のスラックスに白いシャツを着て、その上にセーターと昨日買ってもらったコートを着る。

 それにトートバッグを提げて俺はマンションを出た。

 外は寒い。明日から十二月かと思うと時間が経つのが早いって感じてしまう。

 吐く息は白くて、吹く風は凍てつくように冷たかった。

 俺はコートのポケットに手を突っ込み、足早にカフェへと向かう。

 歩いてバイトに行くから、手袋やマフラーも必要だなぁ。

 もっと寒くなるんだもんな。

 土曜日、ということもありふだんよりもちょっと、人通りが多かった。

 途中、公園があって子供たちが遊んでいる姿が見えた。

 この寒い中ブランコしたりすべり台したり、元気だなぁ。

 俺はそんな様子を横目に見つつ、カフェへと急いだ。だって寒いから。

 カフェに着き、中に入るとカラン、とドアの鐘が鳴り響く。


「おはようございます」


 挨拶をしながら入ると、オープン準備をしているマスターの姿と、もうひとり、青年の姿が目に入った。


「あ、初めましてこんにちは!」


 金髪の青年は、にこにこっと笑い俺を振り返り、頭を下げた。

 この人、客としてきたときに見たことがあるから、前からいるバイト、だよな?


「浜谷千草です、よろしくお願いします」


「あ、えーと……俐月。新谷俐月、です」


 挙動不審になりつつ俺は頭を下げる。

 そうか、今日は土曜日だからもうひとりスタッフがいるのか。


「おはよう、中谷君、あれ、髪切ったんだ。ずいぶんとイメージ変わるね」


 マスターの言葉に俺は頷き、声を弾ませて答えた。


「はい、あの、昨日友達と出掛けたときに美容室行ってきました」


「へぇ。似合ってるよ」


 そう言われて嬉しくないわけがない。

 俺は笑って答えた。


「ありがとうございます」


「そのコートもこの間と違うよね」


 すげえ、そこまで見てるんだマスター。


「あはは、友達のおすすめの店で買いました」


 言いながら俺はちょっと照れくさくって頭に手を当てる。


「そうなんだ。その子と仲、いいんだね」


 ちょっと不思議そうな顔で言われ、俺は苦笑して頷く。

 確かに仲いいの、かな?

 そう言われるとちょっと自信ない。だって想真のこと、友達とはいったものの、対等って感じはしていないから。

 色々してもらっていて、俺、めっちゃ立場弱いもんなぁ。

 ちゃんと働けるようになるまで時間、かかりそうだけど、俺、いつか想真に与えられた以上のものを返せるといいなぁ。

 その為にもまず、ここでちゃんと働いて、就職目指すんだ。

 そう、気合を入れて、


「俺、着替えてきます」


 と声をかけ、奥へと足早に向かった。

 着替えを済ませてホールに出る。

 そこで俺は改めて浜谷君と話しをした。


「俺、夜が多いから会うの初めてっすね」


「あ、そうなんだ」


「俺学生なんで夜か週末じゃないと都合つかないんすよ」


 学生かぁ……若いなぁ……

 っていっても俺、去年まで学生だったか。

 浜谷君の、なんだかわからないけれど自信に溢れている感じがすごく眩しい。俺もたぶん、学生の時はこんな感じだったんだろうなぁ。


「中谷君も慣れたら夜も入ってみる?」


 マスターに言われ、俺は曖昧に笑う。


「いやぁ……すみません」


 夜は想真といないとだから、難しいんだよな。

 俺の答えにマスターは首を振って笑い言った。


「そうかー。そういえば夜は無理って言っていたね。昼間入ってもらえるだけでも嬉しいから大丈夫だよ」


 だから俺、ここで働けるんだよな。つうかフルタイムで働いて想真の家で家事をやるのは無理だろう。だから今のバイト位がちょうどいいのかもしれない。


「あ、そろそろ時間だから、看板出してくれる?」


 マスターの言葉に浜谷君がさっと動く。

 そんな姿もなんだか眩しく見えた。 


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