想真が教えてくれたのは、いわゆるRPGだった。
「短いけど、コツコツできるし面白いよ」
「へえ、RPGまであるんだ。すげえな。これ、個人が作ったりしてるんだろ?」
「うん。だから安いし、すっごい絵が綺麗とかはないけど、やりやすいし、すごいストーリーが秀逸なのがあったりして楽しいんだよ」
「へぇ、そうか。これなら怖くなさそうだし、やってみる」
そう俺が答えると、想真は満足そうに笑って頷いた。
「でも、ゲームやり過ぎて寝不足にはならないようにね。身体、壊しちゃうから」
「わかってるよ。これは明日の楽しみにとっとくよ」
言いながら俺はパソコンを操作して、想真に薦められたゲームを購入する。ダウンロードをし終えた後、俺は、パソコンを閉じて欠伸をした。
「あー……今日はお客さん多かったから疲れたかも」
「土曜日だもんね。お疲れ様、俐月」
そして想真は俺の頭にそっと触れた。
頭撫でられるなんて子供じゃねえんだから、って思うのに、俺は抵抗できずそれを受け入れる。
だって想真に触られるの、嫌じゃないから。
「想真……」
思わず名前を呼んだ声はどこか切なげな響きを持っていて、俺は恥ずかしくなり想真の手から逃げる。
そして立ち上がり、
「俺、歯、磨いて寝る!」
と声を上げ、そそくさとその場を後にした。
どうも俺、最近変かも知れない。
想真のこと、意識しすぎだろ?
洗面所に立ち、俺は歯を磨く前にまず、顔を洗った。なんだか顔が熱い気がして、冷たい水で洗うと気持ちがいい。
そして、濡れたまま俺は、鏡に映る自分の顔を見た。
どこにでもいる、凡庸な二十三歳。どこか魅力があるわけでもない、眠そうな二重の目をした男がそこにいる。
俺と想真じゃ住む世界が違いすぎるし、そんな近付いちゃだめだよな。自立はまだ遠いけど、どうにかして働けるようになって、あいつから離れるようにしないと。
そう思うのに、なんだか心が痛くなる。
「想真……」
名前を呟きそして、顔がまた熱くなるのを感じて俺は、もう一度顔をばしゃり、と洗った。
歯を磨き、顔をよく拭いてからリビングに行くと、あいつの姿はなかった。俺の部屋の方にもいなかったからきっと、撮影用の部屋にいるんだろう。
俺は大きな欠伸をし、寝室へと向かう。
ひとりの寝室。想真の匂いが漂う部屋。
そこで俺は、大きなベッドに横たわりスマホを充電器にさした。
あー、意識しちゃうな。あいつのこと。考えないようにしたって無理だ。だって同じ屋根の下にいるんだから。
「想真……」
切なく響く声に自分でも驚いてしまう。
あいつが寝るまでまだ時間がかかるだろう。そして俺はきっとその前に眠りに落ちる。
想真、早く来ないかな。
そう思いながら俺は、眠りに落ちていった。
千草君と就職の話なんてしたからだろうか。嫌な夢を見た。
上司に嫌味を言われる夢。
何を言ってるのかわからない。だけど、頭の中に言葉が響く。
「終わるまで帰るなよ」
「普通はこれくらい一人でできるよな?」
「もうお前には何も期待してないから」
夢だ。これは夢なのに、俺は追い詰められて頭の中真っ白になってそして、
「うわぁ!」
自分の声に目を覚ます。
想真に抱きしめられていなかったら俺、きっと漫画みたいに飛び起きていたと思う。
「……俐月……?」
眠そうな声が、すぐそばで聞こえてくる。
俺は振り返りそして、驚いた様子の想真を見て言った。
「ごめん、夢見て」
「そっか。なんだかうなされてたみたいだけど大丈夫?」
想真は俺の身体を抱きしめる腕に力を込めて言った。
「だ、大丈夫……たぶん……」
そう、消え入りそうな声で答える。
まだ、頭の中に元上司の声が響いてる。自分ではもう大丈夫だと思ったのに、気が付いたら身体が震えていた。
「俐月」
優しい声が俺を呼ぶ。
「想真」
すぐ目の前に、彼の心配げな顔がある。
想真は俺の頬を撫でて言った。
「ここには俺しかいないし、俺は俐月を傷付けないよ」
「うん……」
そうだろうな、想真は俺を傷付けはしないだろう。
俺は無理やり笑顔を作り、
「ありがとう、想真」
と小さく答えた。
すると想真はふっと笑い、
「無理して笑わなくていいよ。俺の前ではどんな感情をみせても大丈夫だから」
と言う。
やべえ、そんなこと言われたら俺、想真にしがみついてしまいそうだ。
でも、なんとかその衝動に耐えて、俺は頷き言った。
「うん」
想真がいなかったら、辛さでどうかなっていたかもしれない。
もう過去のことだし忘れたと思ってたのに、俺まだ前の職場に心、縛られてるんだな。
俺は一瞬悩んだものの、想真の背中に手を回し、
「大丈夫、だから」
と答える。
「うん……おやすみ、俐月。いい夢、見られるように」
そして、想真は優しく微笑み、俺の額に口づけた。