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第39話 ゲームは好き?

 想真が教えてくれたのは、いわゆるRPGだった。


「短いけど、コツコツできるし面白いよ」


「へえ、RPGまであるんだ。すげえな。これ、個人が作ったりしてるんだろ?」


「うん。だから安いし、すっごい絵が綺麗とかはないけど、やりやすいし、すごいストーリーが秀逸なのがあったりして楽しいんだよ」


「へぇ、そうか。これなら怖くなさそうだし、やってみる」


 そう俺が答えると、想真は満足そうに笑って頷いた。


「でも、ゲームやり過ぎて寝不足にはならないようにね。身体、壊しちゃうから」


「わかってるよ。これは明日の楽しみにとっとくよ」


 言いながら俺はパソコンを操作して、想真に薦められたゲームを購入する。ダウンロードをし終えた後、俺は、パソコンを閉じて欠伸をした。


「あー……今日はお客さん多かったから疲れたかも」


「土曜日だもんね。お疲れ様、俐月」


 そして想真は俺の頭にそっと触れた。

 頭撫でられるなんて子供じゃねえんだから、って思うのに、俺は抵抗できずそれを受け入れる。

 だって想真に触られるの、嫌じゃないから。


「想真……」


 思わず名前を呼んだ声はどこか切なげな響きを持っていて、俺は恥ずかしくなり想真の手から逃げる。

 そして立ち上がり、


「俺、歯、磨いて寝る!」


 と声を上げ、そそくさとその場を後にした。

 どうも俺、最近変かも知れない。

 想真のこと、意識しすぎだろ?

 洗面所に立ち、俺は歯を磨く前にまず、顔を洗った。なんだか顔が熱い気がして、冷たい水で洗うと気持ちがいい。

 そして、濡れたまま俺は、鏡に映る自分の顔を見た。

 どこにでもいる、凡庸な二十三歳。どこか魅力があるわけでもない、眠そうな二重の目をした男がそこにいる。

 俺と想真じゃ住む世界が違いすぎるし、そんな近付いちゃだめだよな。自立はまだ遠いけど、どうにかして働けるようになって、あいつから離れるようにしないと。

 そう思うのに、なんだか心が痛くなる。


「想真……」


 名前を呟きそして、顔がまた熱くなるのを感じて俺は、もう一度顔をばしゃり、と洗った。

 歯を磨き、顔をよく拭いてからリビングに行くと、あいつの姿はなかった。俺の部屋の方にもいなかったからきっと、撮影用の部屋にいるんだろう。

 俺は大きな欠伸をし、寝室へと向かう。

 ひとりの寝室。想真の匂いが漂う部屋。

 そこで俺は、大きなベッドに横たわりスマホを充電器にさした。

 あー、意識しちゃうな。あいつのこと。考えないようにしたって無理だ。だって同じ屋根の下にいるんだから。


「想真……」


 切なく響く声に自分でも驚いてしまう。

 あいつが寝るまでまだ時間がかかるだろう。そして俺はきっとその前に眠りに落ちる。

 想真、早く来ないかな。

 そう思いながら俺は、眠りに落ちていった。



 千草君と就職の話なんてしたからだろうか。嫌な夢を見た。

 上司に嫌味を言われる夢。

 何を言ってるのかわからない。だけど、頭の中に言葉が響く。


「終わるまで帰るなよ」


「普通はこれくらい一人でできるよな?」


「もうお前には何も期待してないから」


 夢だ。これは夢なのに、俺は追い詰められて頭の中真っ白になってそして、


「うわぁ!」


 自分の声に目を覚ます。

 想真に抱きしめられていなかったら俺、きっと漫画みたいに飛び起きていたと思う。


「……俐月……?」


 眠そうな声が、すぐそばで聞こえてくる。

 俺は振り返りそして、驚いた様子の想真を見て言った。


「ごめん、夢見て」


「そっか。なんだかうなされてたみたいだけど大丈夫?」


 想真は俺の身体を抱きしめる腕に力を込めて言った。


「だ、大丈夫……たぶん……」


 そう、消え入りそうな声で答える。

 まだ、頭の中に元上司の声が響いてる。自分ではもう大丈夫だと思ったのに、気が付いたら身体が震えていた。


「俐月」


 優しい声が俺を呼ぶ。


「想真」


 すぐ目の前に、彼の心配げな顔がある。

 想真は俺の頬を撫でて言った。


「ここには俺しかいないし、俺は俐月を傷付けないよ」


「うん……」


 そうだろうな、想真は俺を傷付けはしないだろう。

 俺は無理やり笑顔を作り、


「ありがとう、想真」


 と小さく答えた。

 すると想真はふっと笑い、


「無理して笑わなくていいよ。俺の前ではどんな感情をみせても大丈夫だから」


 と言う。

 やべえ、そんなこと言われたら俺、想真にしがみついてしまいそうだ。

 でも、なんとかその衝動に耐えて、俺は頷き言った。


「うん」


 想真がいなかったら、辛さでどうかなっていたかもしれない。

 もう過去のことだし忘れたと思ってたのに、俺まだ前の職場に心、縛られてるんだな。

 俺は一瞬悩んだものの、想真の背中に手を回し、


「大丈夫、だから」


 と答える。


「うん……おやすみ、俐月。いい夢、見られるように」


 そして、想真は優しく微笑み、俺の額に口づけた。

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