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第40話 寝起き

 翌朝。十二月一日日曜日。

 幸い悪夢は見なかった。でも、何か夢をみた気がする。あったかくて、幸せな夢だったのかな。だって、気持ちは全然暗くないから。

 目が覚めてすぐに視界に入ったのは想真の顔だった。

 ばっちりと目が合い、彼は眠そうな顔で微笑み言った。


「おはよう、俐月」


「あ、うん、おはよう」


 ぎこちなく笑い、俺は答える。昨日のことを思い出すとどこか気まずい。

 人に弱みを見せるのはやっぱ抵抗あるんだよな。きっと想真は気にも留めていないだろうけれど、俺だけが気にして俺だけが勝手に心を乱される。

 もっと強くなれたらいいのに。でも俺はまだ、過去の呪縛から逃げられないんだ。そう思うと心が重い。

 そんな俺を想真はじっと見つめ、


「ねえ、ここに来た時、目の下のくま、酷かったの覚えてる?」


 と言い出した。


「え? 目……」


 俺は思わず自分の顔に触れる。そんなだった、かな。そんなの、気にした事もなかった。今もそうなのか? いや、この間髪を切った時、全然わかんなかったけど。

 想真は俺の頬に触れて言葉を続けた。


「今にも死にそうな目、してたし」


 そんな顔していたかな。全然覚えてない。


「まじかよ……」


「自分のこと、気にする余裕もなかったんだね。だから髪が伸びてても気にしてなかったでしょ」


 確かにそうだ。ヒゲくらいは剃ってるけど、それ以外なんて気にしてなかったな。たぶん、目にも入っていなかったんだと思う。

 自分で思っている以上に俺、ボロボロだったのかもしれない。


「そうだな……うん、そうかも」


 思わず目をそらして俺は呟く。

 自分の事なのに、俺、全然分かんなくなっていたんだ。

 どんんだけ追い詰められてたんだ、俺。そりゃ、キレて辞表叩きつけてくるだろう。


「この間服買いに行って、髪を切りに行ったでしょ。それでちょっとでも自分の事、見られるようになるといいな」


「想真……」


 想真の言葉に心が揺れる。

 自分の事か……


「だから俐月が昨日ゲームやり始めて俺、嬉しかったよ。趣味もないみたいなこと言っていたから。自分の時間も大切にできるといいね」


 自分の時間……

 想真の言葉がどんどん俺の中に入ってきて、俺の心を満たしていく。不快感はないけれど、何かこう、不思議な感覚だった。

 俺は想真の言葉に頷き、


「そうだな」


 って呟く。

 想真の言う通りだと思う。俺は俺の事考えられなくって、趣味だってわかんなくなっていた。

 でも今は時間もあって、ちょっとずつ心が落ち着きだしている。だからちゃんと自分の事、見られるようになって自分のために時間使えるようになれるといいな。

 それもこいつがいるから、だよな。


「想真」


「何?」


「お前と出会えてホント良かったよ」


 それは心からすっと出た言葉だった。

 俺、想真に出会ったいなかったらきっと、今実家に連れ戻されて引きこもっていたかもしれないから。

 すると想真は満足そうに笑って言った。


「だって、目の前で寝ちゃったところを放っておくわけにもいかなかったし。救急車呼ぶような感じではなかったからうちに連れ帰っちゃったけど。俺としても眠れるようになったし、家事もやってもらえてすっごく助かってるよ」


 人に感謝されるってこんな心温かくなるんだな。

 カフェでもありがとう、って言われて嬉しくなるけど、それ以上に俺、今喜んでる。

 最初、俺、想真に襲われるんじゃないかって思ってたけど、今のところそんなことは起きていないし。

 想真のお陰で俺、ちょっと変われるかもしれない。


「想真、俺……」


 そう呟いて俺は口を閉ざす。

 何を言いたいんだ俺。

 すっげーどきどきしてて、身体の体温が上がっていくような感覚を覚える。


「どうしたの、俐月」


 想真が笑ってる。とても優しくて、でも何かを隠しているような顔で。

 どこかこいつ、影があるんだよな。でもその影がなんだかはわかんない。

 俺は曖昧に笑って、


「いや、なんでもない。なに言いたいのかよくわかんなくなっちゃったし」


「そうか。じゃあ俐月」


 ふざけたような口調でいい、想真は俺をぎゅうって抱きしめてくる。


「ちょ、く、苦しいって」


「もうちょっとねてよー。今日はね、ちょっとでるの遅いんだ」


「いやそれ初耳なんだけど?」


 俺と想真はスケジュールを共有している。何時に家を出るとか全部筒抜けなのに。


「昨日急に決まったからね。だから俐月、もう少しこうしていようよ」


 そう、小悪魔みたいな笑顔で言われたら断れるわけがない。

 俺はなんとなく顔が熱くなるのを感じつつ、


「わかったよ」


 って答えそして、想真の顔を見ないようにと目を閉じた。

 だって、想真の顔を見ていたら俺、どうかなってしまいそうだから。



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