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第42話 アルトさん

 想真が家を出る時間よりもだいぶ前、九時半にアルトさんが迎えに来た。


「おはようございます、俐月さん」


「おはようございます」


 アルトさんを室内に招き入れ、ソファーに座ってもらうと、想真の文句が奥から聞こえてきた。


「迎えに来るの早いよ」


「迎えに来る時間は伝えただろう」


「でもさぁ」


 と言い、想真は部屋から出てきたかと思うと、そのままリビングを出ていく。

 きっと、洗面所へと向かったのだろう。

 髪の毛をセットしたり、歯を磨いたりするんだと思う。

 想真ってマイペースだよな。

 俺だったら人を待たせるの嫌だから慌てるけど、そんな様子みじんもない。

 俺は内心苦笑いしつつアルトさんに話しかけた。


「何か飲みますか?」


 すると彼は俺の方を見やり、首を横に振る。


「お気遣いなく。すぐに出ますから」


 すぐ、出られるかなぁ。

 たぶん想真はそのまま十時にでるつもりで準備をするだろう。

 ということは三十分は待ってもらうことになってしまう。


「すぐは、無理じゃないですかね」


 言いながら俺は、頬を掻く。

 すると、アルトさんも苦笑をして、


「そうですね。ではお願いします」


 と答えた。


「ブラックで大丈夫ですか?」


「えぇ」


 微笑み答えるアルトさんに俺は頷き、キッチンの方へと向かう。

 すぐにコーヒーマシンにカプセルをセットして、客用のマグカップを置く。

 スイッチを入れるとゴゴゴ、と機械が動き出した。

 思った通り、想真は洗面所から戻ってくる気配はない。やっぱりあいつ、たっぷり時間をかけて準備するんだろうな。

 俺は、機械が止まったのを確認し、カップを持ってアルトさんの所へ戻り、それをテーブルに置いた。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 軽く頭を下げたアルトさんは、カップを手にして口をつけた後、こちらを見て言った。


「俐月さん」


 アルトさんはにっと笑う。いや正確には俺の顔を見つめて。

 何だろう、何か俺の顔にあるのか?

 不思議に思っていると、アルトさんは言葉を続けた。


「ずいぶんと、雰囲気変わりましたね」


「え、あぁ……そう、ですかね」


 髪を切っただけだけど、そんなに変わっただろうか。自分ではよくわからないけど。

 アルトさんは頷き言った。


「えぇ、髪を切ったでしょう。それも大きいですけど、以前に比べてずいぶんと明るくなったような感じがしますね」


 今朝、想真もそんな様な事言っていたっけ。

 アルトさんにも、俺の姿がすごい暗く見えていたってことだよな。

 俺、そんなに暗い感じだったのか。全然自覚なかったけど、思った以上にやばい状態だったのかも。

 ふたりとも今までそれを指摘してこなかったけどそれって俺に気を遣っての事だったのかな。

 俺は恥ずかしく思いつつ、視線を下げて言った。


「最近、バイトも始めたので、それも大きいかもしれないです」


「あぁ、聞きましたよ。良かったですね、仕事決まって」


 良かったかな。うん、良かったんだと思う。じゃないと俺、ずっと想真の世話になりっぱなしだっただろうから。それじゃあまずいだろうし。

 俺は顔を上げ、アルトさんの方を見て言った。


「家事もあるしまだフルに働くのは無理なんですけど、ちょっとずつ働けるようになりたいなって思ってます」


「そうですか」


 そう答えたアルトさんはなぜか顔を伏せ、何かを考えるかのように黙り込んだ後、顔を上げて微笑み言った。


「そう、ですね。今の俐月さんにも想真にもそれが大事なのでしょうね」


 と、意味深な台詞を言った後、コーヒーに口をつけた。

 なんだろう。アルトさんの今の笑顔なんかを隠すかのように見えたけど、気のせいかな。

 不思議に思ったけど、アルトさんからは想真が出ているテレビの話を振られたので、気にしないことにした。


「想真から聞きましたけど、最近あいつが出ているドラマを色々と見ているそうですね」


「はい、あの、アルトさんからも教えてもらった番組とかも見るようにしていて」


 そう俺が答えると、アルトさんは困ったような顔で笑う。


「想真、自分が出ている番組はあまり見ないんですよねぇ。ゲームばかりが好きだし」


「そう、ですね。ゲームの事になると目の色変わるっていうか」


「今年はゲームショウに招待されましたし、そっちの仕事も多くなってるんですよね」


 ゲームショウは俺でも知っている。いわゆるゲームの見本市だ。そう言えばゲームショウに行った動画、あげていたっけ。

 あいつすごいな。俺には眩しすぎる。


「そう、なんですね。すごいな」


 思わず出た言葉に、アルトさんは俺の顔をじっと見つめ、優しく微笑み言った。


「俐月さんも、料理、いろいろと作るようになったと聞いていますよ。自分でレシピノートを作っているとか」


 その言葉を聞いて、俺は思わず目を見開く。

 確かにレシピノートを作っている。それはいちいち検索するのが面倒だし、書きだしたほうが覚えられると思ったからだ。

 でもそのノートはキッチンの棚にしまっていて目に付くところには置いてない。


「なんでそれを……」


「想真が言っていましたよ」


 その言葉を聞いて思わず笑みがこぼれてしまう。

 あいつ、いつの間にノートの事気が付いていたんだ。

 こっそりやっていたことだけど、なんかそうやって気が付いてもらえたのがちょっと嬉しい。

 その時、想真の声が聞こえた。


「アルトさーん、準備出来たよ」


 その声と共に、扉が開き白い帽子に黄色いサングラスをかけた想真が姿を現した。


「あぁ、わかった。俐月さん、ごちそうさまでした」


 アルトさんは軽く頭を下げ、空になったマグカップをテーブルに置き立ち上がる。

 想真は俺の方を向き、笑顔で手を振り言った。


「じゃあ俐月、行ってくるね」


「あ、うん、行ってらっしゃい」


 そして想真は俺に背を向け、リビングを出ていき、その後をアルトさんが追いかけて行った。

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