頭がフラフラしながら、部屋に戻る。
部屋に戻れば、聡さんと2人きり。
私は今日の出来事が走馬灯のように蘇る。
「好きならば自然のこと」というように無責任に子作りするカップル。
あんなにも私の両親も私に興味なかったのだろうか。
私はその答えを知っている。興味がなかったどころか邪魔だから捨てた。それが答え。
当たり前のように高級タワーマンションの最上階に来る。
自分のような人間がなぜ社会の成功者の象徴のような場所にいるのだろう。
私は社会から認められない邪魔な存在。
センチメンタルな気持ちに浸りながら、扉を開けると良い匂いがしてきた。
「美味しそうな匂い⋯⋯」
思わず足早にダイニングまで急ぐと、聡さんが私を見て嬉しそうに微笑む。
「真希、今日はお疲れ」
「聡さん。食事は私が作ります。居候の身です働かせてください」
「雨はいつも俺が作る料理を遠慮せず食べてたよ。家事なんて何もしなかったな」
聡さんは私に雨くんのように甘えろと言っている。何の役にも立たずに甘えるなんて私には難しい。
必死に役に立つことをすることで居場所を作ってきたのが私だ。雨くんとは連絡が取れないが、私は心配はしていない。
彼は行くところもなく1人飢えて死ぬタイプの子ではない。
強く、強かにあざとく人の心を掴み世の中を泳いで行く。きっと今は私の敵になっている腹違いの弟。
「カフェ不倫の件ですが、酒井千鶴からは成功報酬は頂かない事にしました」
そもそも不倫ではなかった。
そして、酒井千鶴がしたかったことが何なのかを追求したくない。彼女は夫を愛しているから、不倫を疑って相手と別れさせたかった訳ではない。私の母も父を愛していたか不明。ただ、父がいないと生きていけないと思い込み、私のことは視界に入ってなかった。
「別に良いよ。元々、サニーへの報告が目的で金の為にやっていた仕事じゃないから」
聡さんの言葉の端々から育ちの違いを感じる。世界の上澄には金の為に働いてないなんて優雅な人間が存在する。
商社の事務をやっていた時も、同期に大企業の社長令嬢がいた。就業体験をさせようと親御さんがコネで入社させただけ。
世の中はいつだって不公平。嫉妬するのさえ馬鹿馬鹿しいくらい、聡さんも別世界の人間。
「なら、良かったです」
温もりを感じて顔を上げると、聡さんが私を抱きしめていた。
「ごめん、つい」
「大丈夫です。そんなに私に怯えないでください」
私の苛立ち、不安、色々な感情を察したのだろう。
女が不安を感じた時に抱きしめて安心させてきたのかもしれない。
「ホワイトシチュー頂いて良いですか?」
「もちろん、どーぞ。肉と野菜切ってルーぶち込んだだけだけど」
「十分です。某有名ラーメン屋も実はだしの素使ってますよ。日本の食品会社は優秀です」
私は席に座って、とろりとしたホワイトシチューに口をつけた。
甘く温かいシチューと、とろとろに溶けるくらい煮込んだ野菜。ルーを使ったなんて言ってるけれど、時間を掛けて煮込んで手を掛けている。
「聡さん。今まで食べてきたホワイトシチューで一番美味しいです、これ、イガラシフーズで出してるルーですね」
「凄いな。ルーなんて全部一緒じゃないの?」
「食品会社の御曹司の言葉とは思えませんね。何度も試作を重ねて、やっと辿り着いた味だってお父様から伺いませんでした?」
「言ってたかもしれないけれど、本当だったのか⋯⋯色々、香辛料とか野菜とか入ってるって真希には分かるの?」
私はゆっくりと頷いた。私は嗅覚だけでなく味覚も敏感。感覚全てが敏感。もしかしたら、心も敏感なのかもしれない。
私が誰も愛せないのは、生まれながらではなく5歳の時のトラウマからかもしれない。
私が寝ている横で見せつけるように、裸でまぐわっていた父と川上陽菜。なんで、あんな目に合わなきゃ行けなかったんだろう。
「本当に大丈夫か? やっぱり1人だけで『別れさせ屋』の仕事はきついんじゃ」
聡さんが心配そうにタオルを渡してくる。私は頬に温かいものを感じて触れてみると涙を流していた。
「大丈夫です。あと2件やり抜きます。明日の依頼者はドクターですね。クリニックに潜入しようかな?」
「また、仕事始めるの? そんなに次々に仕事を決められるって凄いな」
「時間給のバイトと正社員として採用されるのは全く難易度が違いますよ。時間給のバイトはただ足りないパーツを一時的に埋めるだけで、要らなくなったら切れば良い都合の良い存在。だから、私も悪びれず必要な時に潜入バイトしてるんです」
「必要だから採用されてるんだろ。真希は必要とされる子だよ」
聡さんが恥ずかしい事を言ってくるので、私はホワイトシチューを急いで口にかき込む。言うことなす事、考え方、全てが育ちの良い坊っちゃま。
私とは真逆の人間なのに、彼と一緒にいるのは心地よかった。