ススキノの真希の父親が爆発により命を落とした店の前まで来る。
「早く着きすぎたかもな」
「確かに、この街が眠らない街になるのは、もっと暗くなってからですね」
夕暮れのススキノはまだ大人しい。正直、どこで時間を潰せば良いのか分からないくらい夜に特化した街。
俺がどこかで夕食でもとろうと、真希に話しかけようとした時だった。
妙に艶っぽい声が後ろから聞こえてきた。
「もしかして、真希ちゃん? お父さん残念だったわね、供養に来たのかしら」
振り向くと恐らく川上陽菜と、その横には無表情で俺たちを見つめる雨がいた。
(真希の予想が外れた? 雨と川上陽菜は身を寄せるくらい近い存在だったのか)
俺は真希が動揺しているのかと思い、彼女の表情を覗き見た。
すると彼女は見たこともないような冷たい表情を浮かべながら、うっすらと笑った。
「おばさんは誰ですか? 私の父のお知り合い?」
真希は突然、川上陽菜を挑発し始めた。
川上陽菜は明らかに衰えてく自分を認められないのか、顔にヒアルロン酸を打ちまくってパンパンになっている。
そんな彼女を傷つけるようにわざと老いを指摘する真希を、川上陽菜が睨みつけた。
「私のこと忘れちゃったかしら⋯⋯」
「もしかして、川上陽菜さんですか? 今は林田? どちらでも良いですね。一体どこの老婆かと思いました。よくうちで私の父と裸で抱き合ってましたよね。汚いケツだなって眺めてたのを思い出しました」
俺は普段とは違い乱暴な言葉遣いを始めた真希に驚いてしまう。
そして、俺は雨が少し心配そうに真希を見ているのを見逃さなかった。
俺は彼と2年近く一緒に住んでいるが、真希が現れてからの彼は少しおかしかった。
彼は俺とマリアとは異なり『別れさせ屋』の仕事をそれまでは楽しんでいるように見えた。
そんな彼を見て、俺は彼のことを女を口説き落とすのをゲームのように楽しんでいる年頃の男の子だと思っていた。
しかし、俺が真希に接触している時、ふと遠くから監視する彼の表情を見たら暗かった。
(もしかして、真希が気づいたように雨も真希が姉だと気が付いてないか?)
「本当に失礼な子。そんなんだから、親にも捨てられるのよ」
言い捨てるように言った川上陽菜の言葉に、俺は真希が傷つかないか心配になった。
「0歳の俺も失礼な子だった? だから捨てたの? 陽菜さん」
雨の突然の発言は、恐らく川上陽菜にも真希にも予想外だったようだ。
真希が一歩後ずさって、俺の服の裾を掴んでいる。
彼女の手が震えていて、俺はその手に手を重ねた。
「何を言ってるの? 私が可愛いあなたを捨てる訳ないじゃない」
「晴香姉ちゃんだけ連れていったのは、手のかかる俺を捨てたかったからだよね。だから夫に預けたけれど自分の子じゃないことを知っていた彼は、俺を赤ちゃんポストに入れた」
「えっと、ちょっと何を言ってるの? 私の可愛い雨」
甘えたような声を出して、川上陽菜が雨の腕に胸を擦り付けている。
それを穢らわしいものを見るように一瞥した雨は、そっと彼女から離れた。
「俺の本当の名前は晴人だよね。俺が思ったような子じゃなかったから、自分の作ったシステムに『HARUTO』ってつけたの? 思い通りになる晴人が欲しかったわけだ。赤ちゃんの俺って泣きっぱなしで手がかかったんでしょ。施設の人がよく苦労話してた。赤ちゃんポストに入っていた時の俺は傷だらけだったって言ってたよ、陽菜さんがやったんでしょ」
川上陽菜が2人の子育てに追われながら、社内管理システムを開発したというインタビュー記事を思い出した。
彼は雨という名は、施設の人がよく泣く彼につけたと言っていた。
彼は自分の本当の名前を奪われ、真逆のような名前で暮らしていたということだ。
「違う! それは本当に私じゃないわ。武彦がきっとやったのよ。あの人、私にも暴力を振るってたの」
「本当に嘘ばっか⋯⋯ここじゃ人がいるから後は陽菜さんの店で話そっか。ついて来て、真希姉ちゃん」
真希が目に涙をいっぱい溜めていて、頷いた瞬間にこぼれ落ちるのが見えた。
(今、雨が真希を真希姉ちゃんって呼んだよな⋯⋯)
真希が何を考えているのか俺には想像できないが、俺はどんな時も味方だと伝えたくて彼女の手を握りしめた。