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第61話 流石に逃げてるだろう(聡視点)


「俺も行きたい。ドラマの舞台にもなったよな」

真希がホッとしたように、コクコク頷く。

俺たちは電車で余市まで行った。駅は思ったよりも田舎で無人。街は割と閑散としている。


「観光地だよな」

「ドラマの放映から時間が経ってますから。人は飽きるとこんなもんです」


真希の切なそうな言葉が俺もいずれは自分に飽きると言っているように聞こえる。目新しい彼女に飽きる日が来たとしても、この愛情が消えない確信があるという事を伝えたい。真希に対する特別な感情の伝え方が分からない。口説いたら嫌がられる事だけは分かった。


ウイスキーができる工程を見終わると、何と最後はアルコール度数の高いウイスキー飲み放題が待っていた。


真希がパカパカとウイスキーのグラスを開ける。

「夫婦で力を合わせて、夢を叶えるって素敵ですね。心の繋がりが深いんだろうな」


真希が頬をピンク色に染めながら呟く。妙に色っぽか見えてしまい欲情しそうになる。

「流石に飲み過ぎ」

「酔いたい気分なんです。川上陽菜が怖い」

頬を赤く染めながら、真希の弱音。彼女はススキノ爆発事件が起きた時から犯人は川上陽菜だと言い切っていた。ともすればターゲット以外も巻き込む残酷な爆発事件。


川上陽菜は世間では天は二物を与えた天才美女プログラマー。そんな何もかも持った女が、家庭を壊し人を殺した。そして、面識もないマリアをターゲットにして脅した。そんな事、今までの俺の常識では考えられないけれど目の前の真希がそう言っている。



「もっと酔いたい!」

真希はやけっぱちになって、グラスをパカパカ開け始める。試飲という名目の元置かれているウイスキーのグラス。制限を決めて欲しい。いくら何でも気前が良過ぎる。


「それ以上、酔ったら俺も流石に手を出しちゃうかも」

「そんな事しないでしょ。だから、私は聡さんと一緒にいるんです」

俺が牽制の為に言った言葉は思わぬ言葉で返される。ここまで信用を得ているなら、自分の手足を縛ってでも彼女には手を出さない。男とか女とかを超えて俺は彼女が好きだ。


「でも、これから対決だろ。酔ってて勝てる相手?」

「万全でも、勝てないです。これくらいにしておきます」

真希が照れ笑いを浮かべながらグラスを置く。


「じゃあ、札幌に戻るか」

「宇宙記念館に行きます」

「流石に逃げてるだろう」

真希が潤んだ目で見つめて来る。「もう逃げても良いのではないか」と言ってやりたい。彼女が何をしたいのか分からない。亡くなった父親への未練はないように見えて、実は父親の命を奪った相手の復讐をしたいのか。

ただ一つ分かるのは、彼女の中で川上陽菜だけが絶対悪。

彼女の両親を悪く言いたくはないが、不倫して彼女を捨てた父親も母親も十分クズだ。

捨てられたのに、親を想う気持ちとはなかなか消えないものなのかもしれない。



「宇宙記念館で何か見たいものあるの?」

「⋯⋯余市に会いに」

「真希、酔ってるだろ。余市って誰だよ。場所だろ」

いつも頭の回転の早い真希の精度が低い。天才とも言われる女と会うのに心配。


「うに丼食べたら戻りましょ。この近くに行きたかった食堂があるんです」

「分かった。行こう」


来たことのない土地の美味しいもの、行きたい場所をどれだけ彼女が思い浮かべていたか考える。

「うに楽しみだな」

「馬糞うにですからね」

「それ、綺麗なの?」

俺の言葉に彼女が楽しそうに笑う。


「馬糞うに美味しいですよ。名前はアレですけれど。ちなみに私食べたことないですけれど、絶対に美味しいです」

「俺が普段食べているうには?」

「紫うにですね。意外と世間知らずなんだから」


うにトークを楽しそうにする女の子は真希が初めて。真希は楽しくて物知りな可愛い女の子。彼女を女として見てはいけないのに、好きになればなるほど女として見てしまう。


「真希の知らない男と女の世界を教えてあげる」と言って彼女に襲いかかる自分を妄想しては消す。彼女と一緒にいる為、どこまで自分の欲を抑えられるか自分でも分からないくらい彼女に惚れてしまっていた。


札幌駅まで戻り、ススキのまで地下道を歩く。その間、真希はずっと無言だったすっかり酔いは醒めているようだ。話しかけようにも、話しかけない方が良いと判断。彼女にとって、それ程、川上陽菜は会うのに覚悟がいる相手だと言うことだ。


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