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第9章 彼と私は結ばれない

第69話 離婚届に判を押したのに。

雑居ビルの3階。


『別れさせ屋』は本日で閉店。

そう思って聡さんと向かった先に、私達が見たのは寝転がっているアラフォーくらいの女性だった。

白髪が少し混じった髪は手入れがされていなく、疲れ果てている印象。


「聡さん、この方はご存知ですか?」

「いや、ちょっと分からない⋯⋯」

首を傾げる聡さんに、私は意を決して女性の肩を叩いた。


「すみません、大丈夫ですか?」

パチっと女性の目が見開く。

瞳孔が開き切っていて、少し怖い。


「ハルト君て、私のこと嵌めてたの?」

「ハルト君?」

ハルトと言えば、川上晴人。


私の腹違いの弟、桐島雨の本名。

私がチラリと聡さんを見ると、聡さんは顔を顰めていた。


聡さんが岩崎聡という偽名を使ってたように、雨くんはハルトという偽名を使っていたという事だ。

(というか、ハルトって本当は本名だし)


 私は複雑な気持ちになって来る。

雨くんが実の母親よりも、0歳の記憶がない時に面倒を見てくれたという理由で私を守る選択をしたのも不思議。

偽名を使うのに、本当の本名も使うのも理解できない。


 今まで自分は察しが良いと思っていたが、雨くんは私が理解できない思考をしている。

よく考えれば当然の事だ。


 5歳で親に捨てられたとは言え、祖父の家で暮らしていた私と0歳で赤ちゃんポストに入れられた雨くんは違う。

それに雨くんは0歳の時から川上陽菜から身体的な虐待を受けていた。

私も精神的な虐待は受けていた自覚があるが、身体を痛ぶられた事はない。

私とは全く違う人生を歩んでいる雨くんの思考を理解できているなんて私の思い上がりだった。


そして、おそらく雨くんのロミオトラップにかかってパートナーと別れたであろう眼前の女の考えも私には理解できない。

桐島雨くんの存在は思い上がっていた私を謙虚にさせた。

世の中を斜に構えて偉そうに評価していたけれど、私程度の人生経験では理解できない人間が沢山いる。



「酷いじゃない。旦那と別れればハルト君と一緒になれると思ったのに、いきなり音信不通よ」

「ここに来たのはどうして⋯⋯」

「旦那が勝ち誇ってゲロったのよ。あっちは2年も不倫して不倫相手と再婚。ハルト君と一緒になれると思ったから、慰謝料も財産分与もなしで離婚届に判を押したのに」


 依頼主のこの女性の夫が最悪。

でも、『別れさせ屋』の仕事も良くない。

雨くんのロミオトラップに引っかかってしまったこの女性にも落ち度はある。


それでも、『別れさせ屋』に依頼した事だけは依頼主は墓場まで持って行くべきだ。

私は自分でこの場所を突き止めたが、『別れさせ屋』を使われるというのはかなりショックを受けるものだ。


「すみません。こちらは受けた仕事を完遂させただけなので、お引き取り頂けますでしょうか?」

優しくお人よしと思っていた聡さんの言葉に私は目を瞬かせた。

そして聡さんがこの女性を知らないという事は、彼女の依頼はマリアさんが受けて、雨くんが実行役だったのだろう。


「ハルト君と話をさせて! そうしたら、帰るわ。仕事とはいえ、私達心が通い合ってたと思うの」

女性は首をブンブンと振りながら私達に訴えて来た。


心が通い合っていると思わせた雨くんの演技力には脱帽。

でも、雨くんはターゲットと恋愛とかしない気がする。

しかも、彼女は自分が雨くんの二倍は生きている女で親になってもおかしくない年齢だと理解しているのだろうか。


「仕事として彼は貴方に接しただけです」

聡さんが毅然と対応するが眼前の女は引き下がろうとしない。


「違うわよ! 何が分かるの? 私を見ると自分を捨てたお母さんを思い出すって言ってたの。マザコンみたいで恥ずかしいけれど私のこと好きだって」

私は雨くんのホスト顔負けの仕事っぷりに震えた。


川上陽菜と彼女は似ても似つかない。

この女性はどちらかというと女をサボっている系だが、川上陽菜はいつまでも女でいたい美魔女系。


「申し訳ありません。そういうやり方で貴方を拐かしただけです。後は元旦那様とご相談いただけますでしょうか」

雨くんはもう『別れさせ屋』の仕事に関わらせたくない。

彼は新天地でプログラマーになるべく頑張ると言っている。


「なんなの? アンタに何が分かるのよ」

突然、立ち上がった女に思いっきり押される。

体が宙に浮いたかと思ったら、階段を転げ落ちそうになる。


「真希!」

聡さんの見たこともないような必死な形相で私を見ていた。






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