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第108話 私を選んでくれると思いますけどね。

「私、レズではないです。人嫌いなだけで⋯⋯そういう風に人をカテゴライズするやり方は好きじゃありません」

 ピシャリと扉を閉められたような感覚。


「すみません。気分を害してしまったようなら謝ります」

「別に害してませんよ。私、また言葉選び間違ったかも。ただ、私を勝手に枠に当てはめららたくなかっただけです」


 なんだか気まずい雰囲気が流れる。彼女は沈黙を好むような事言っていたから、黙ってた方が良いかもしれない。


私はそのまま店まで、黙って歩みを進める。


「山田さん、何か怒ってますか? 怒ってないなら何か言葉を発してください。気分が悪いです」

「怒ってないです! ただ、沈黙が好きなのかなと思いまして」

 先程とはうってかわって、不機嫌な顔をする沢田法子。

(この人、めちゃくちゃ付き合い辛い)


 私には珍しく何を話して良いか分からない相手だ。

「マリアさん、勘当されたと聞いたんですが⋯⋯」

「そうなんです。酷い親ですよね。だから、私も苦手なボスの元でも頑張らなきゃいけません。私を選んだ事で、マリアが苦労するのは見たくないので」


 彼女が話しているのは金銭的な苦労なことだろう。恐らくマリアさんは実家からの援助で生活していた。

(酷い親なのかな?)


 自分の親の最低さと比べてしまう。マリアさんは親から縁を切られてまで、沢田法子といたかったんだろうか。

 私から見ると面倒そうな方だが、マリアさんには違うのかもしれない。


「貴方に何ができるんですか?」

言わなくて良い事を行ってしまう。

でも、これ程までに相手に気を遣わない相手に気を使う必要があるのだろうか。

彼女の機嫌を損ねないように振る舞っている自分が馬鹿らしくなってきた。

客観的に見てこの女といたら、マリアさんはどんどん孤立する。

恵まれた環境があったのに捨ててまで選ぶ相手とは思えない。


「はぁ?」

「マリアさんの事を一緒にいて居心地が良い相手としか捉えてませんよね。しかも、沢田さん、元旦那さんも捨てている。彼女に色々捨てさせた挙句、結局はまた捨てるんじゃないですか?」

沢田法子という存在が理解できない。

コミュ障のようにも見えるが、結婚した経験もある。


「私はマリアを幸せにしたいから、面倒な上司のいる職場で頑張ろうとしているんですよ。結婚相手はモラ男だったんです。事情も分からないのに偉そうに説教しないでください」

「⋯⋯モラ男なんですね。なら、仕方がない」

「結婚した事もない。誰にも選ばれないような人に私の人生を批評されたくありません」


私は会話を切ることにした。

彼女も私の事情も知らない癖に偉そうだ。

我の強い彼女にかかれば誰でもモラ男になりそうだ。


「何だか嫌な感じですね。山田さんって」

彼女は相手を見て態度を変える人間のようだ。

私が何も言い返してこないのも気に食わないらしい。

ストレスの吐け口を見つけたかのように私を追いかけてくる。

百合子さん相手には何も言えずに俯いているだけの癖に、下に見ている私には言いたい放題。


「モラルハラスメントか。沢田さんの態度も十分ハラスメントですよ」

「私、山田さんとは上手くやれなそう。城ヶ崎先生に相談しちゃおうかな? スキルのない貴方より私を選んでくれると思いますけどね」

初対面の印象がここまで覆されたのは川上陽菜以来だ。

川上陽菜も初めて見た時は素敵過ぎて理想のママで憧れた。

沢田さんも空港でマリアさんといた時は爽やかに見えた。


「どうぞ、やってみたら? 沢田さんがそんな風に上司に意見とか言える人間には見えませんけどね。立場の強い人間の前では縮こまるだけでしょ」

「⋯⋯!?」

私がこんなにも相手を口撃するのは初めてかもしれない。

いつも全方向に嫌われないように過ごして来た。


家族が欲しくて手を伸ばしたら裏切られ、運命の相手を見つけたと思ったらその家族から拒否された。

一人で生きていこうと決意したのに、我儘にしか見えないマウント女に見下される。


「結婚失敗したバツイチアラサーなんだから、虚勢張らずにもっと謙虚になったらどうですか?」

「大人しそうな顔して本当に性格悪いですね。山田さんって!」

「それはこっちのセリフです」

結局、私と山田さんはその後も攻撃的な会話を繰り返しながら買い物をした。

楽しい時ではなかったけれど、居心地は悪くなかった。




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