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第110話 産みたくないな⋯⋯。

海の見える結婚式の二次会が行えそうなレストラン。

私は持っている薔薇の花束の置き所に困っていた。

城ヶ崎慎一郎が合図をすると、スタッフの人がクリスタルのグラスを持ってくる。

私はそこに薔薇の花束を刺した。


「永遠の愛を示す99本の薔薇。俺と君は永遠に共犯関係だ」

彼の言葉を一瞬で理解できる自分はもう彼の術中にハマりかけている。

彼はゲイであるのに跡取りを残さねばならなかった。

社会的にLGBTQの風当たりが強く偏見がある故にできれば隠したい。


彼の要望の全てを遂行できるのが私だったのだろう。

何かがあった際に周りに言わなくては済まない承認欲求の強い痛い女ではない。

私の痛さは隠れていて、私自身も隠したいもの。

全てを分かった上で彼は私をちょうど良い存在だとみなし近づいてきた。


(産みたくないな⋯⋯)

心の中に浮かんた予想外の言葉に自分でも驚く。

私の欲しかった家族が手に入る。

私はもう寂しくない。


それなのに、隣の男の子を産みたくない。

それだと契約自体が壊れてしまう。


控え室に行き、ドレスアップさせられる。

ウェディングドレスを思わせるような白いロングのワンピース。

ハイブランドのワンピースに身を包んだ私は自分ではないようだ。

ノックと共に控え室に入ってきた城ヶ崎慎一郎は白いタキシードを着ていた。


「似合うじゃないか」

「これって、仲間内の婚約披露パーティーですよね。ここまでドレスアップする必要あるんですか?」

「見た目で判断する奴らだから、あるんだよ。君は誰より高級なものを着ていなきゃ笑われる」

そう囁いた彼は私に某ブランドのネックレスをさせ、左手の薬指にダイヤモンドの指輪を嵌めてきた。


「原裕司の買った指輪の10倍の値段がするものだ」

「流石にいらないです。今日、使ったら返品してきてください」

私の言葉に彼は楽しそうに笑った。

私は彼の計画に乗ってから、ずっと気分が冴えない。

その理由は分かっている。


彼は私を利用したいだけ、私は寂しさを埋めて、経済的不安を解消したいだけ。

⋯⋯23歳。

自分の欲しいものも見失い、流されているだけの感覚。



レストランに訪れた高級スーツに身を包んだ男とドレスアップした女たち。

女たちは平日だと言うのに、大企業の御曹司の婚約の場ということで短時間でお色直ししたのだろう。


趣味の悪い光の雫のようなシャンデリアがバブル時代を思い起こさせる。

デートに出掛けると言われて思わず首を傾けたが、婚約パーティーを企画しているとは思わなかった。

このような場所には来たくない。

私が望んでいるのはささやかな幸せだ。

ウィンウィンと思っていた彼との結婚契約も不安の雲が立ち込める。


「婚約おめでとう。この間の気が強そうな奥さんとは逆のタイプだね」

私たちに近づいて来たいかにも派手な港区女子。

なんで揃いも揃って巻き髪、整形顔なのだろう。

一目で整形と分かる顔にする事を私は恥ずかしいと感じるが、今の子達は違うようだ。


人工的な涙袋に細すぎる鼻は魔女のよう。

自分のルックスに自信のない私でも、これよりはマシだと思う。

そもそもカラーコンタクトで黒目を大きくし過ぎでトランス状態の宇宙人みたいだ。

しかし、彼女たちの中では宇宙人のような顔が可愛いという感覚。

周りが引いているのにも気がつかないくらい美的感覚が狂っている。


これくらい一般世界の剥離した常識の中で生きていたら私よりは生きるのが楽そうだ。


彼女の持ち物からもお金が大好きということが伝わってくる。

私のことを咎めたくて仕方がないのか頭の先から足の先まで見て意地悪そうに笑った。


「若くてナチュラル系の子が最強でしょ。人工的なのは街並みだけで十分だよ」

辛口御曹司、城ヶ崎慎一郎の言葉に、女の子が鼻を抑える。

周囲が暗がりのせいか、整形した鼻が光ってしまっていた。


「暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのさ!」

私が口づさんだ歌に女の子がカッと顔を赤くし去っていく。


「意外と意地悪だね真希は」

楽しそうに笑う慎一郎さんは私のことを何も知らない。

秘密の共有者、子を産む道具として私は採用されただけだ。


「意外ではなく私は意地悪で捻くれています。あの子たちの誰かに腹を借りて跡取りを産んでもらった方が良いのではなりませんか?」

私の問いかけに彼は肩をすくめた。


「あいつらの誰か1人にでも秘密をバラしたら、次の日には全員が知っている。顔だけじゃなくて心も病気なんだよ界隈の女どもは⋯⋯。承認欲求の塊なのに、みんな同じ顔にする恐怖集団。振ればカラカラ音がなるくらい頭は空っぽさ」

冷めたような表情で言う城ヶ崎慎一郎はゲイ。

でも見た目は明らかに女好きのモテ男だ。


きっと、金目当てのアホ女たちが群がってきて散々嫌な思いをしたのだろう。

根っからの女嫌いの男が結婚しなければならない時に私を選ぶのは理に適っている。

私は「1人で生きる決意」をしたはずなのに、彼のような屈折した男からの提案に乗った自分を蔑んでいた。


私と彼は別に気が合うわけではない。

だけれども、彼と一緒にいれば人から舐められる事も、お金に困ることもなくなる。


幼い頃から貧乏と軽蔑に苦しめられた私が辿り着いたのは打算的な選択だった。



「城ヶ崎先輩、おめでとうございます」

聞き慣れた声に振り向くと、原裕司がいた。

浮気して一方的に婚約破棄したかと思えば、私に縋り私を咎めた男。

出張なんて短い間にわざわざ足を運ぶのだから城ヶ崎慎一郎は彼にとって重要人物なのだろう。


「原くん、久しぶり。紹介するね。俺の婚約者の山田真希」

一瞬、時が止まる。

ガラス窓にぽつりぽつりと飴粒が打ち付ける。


「はぁ、嘘だろ。最悪」

今まで見たことのないような祐司の意地悪な表情。

ひん曲がった口元に、小馬鹿にしたように下がる眉。


「何が最悪? まさか俺の婚約者に対してそんな事言っているんじゃないよね」

わかりきった質問をする城ヶ崎慎一郎の目は笑っていなかった。

私はその時になって気付く。


きっと彼が本当に復讐したいのは自分がカミングアウトした時に非難した奥さん。

私のように結婚詐欺師呼ばわりされたのだろう。

彼の元奥さんは某企業のご令嬢。

ひたすらにこちらの落ち度を認め謝罪したという。


彼にとってそれは心を抉るような経験だったのだ。

乗り越える為に彼は面と向かって言えない元妻ではなく、自分より弱者の原裕司を痛めつけて憂さ晴らしだ。

私の為に復讐をしたいのではなく、自分の為の嫌がらせをしたい彼。


お金に群がる女批判する彼も十分病んでいた。

そして、これから原裕司がどう料理されるのかを楽しみにしている私も病んでいる。





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