「城ヶ崎先輩、俺、この女にいくらムシり取られたと思ってるんですか?」
原裕司は私の方を全く見ない。
もう、彼の中で私はどうでも良い人間になってたらしい。
私の復讐心が沸々と湧き起こる。
就職活動は私にとって楽なものではなかった。
書類審査のエントリーシートレベルでは書かないが、最終面接の段階では履歴書を出した。
私が決して裕福な子ではない事は細やかに書いた履歴書には滲み出ていた。
商社の最終面接でも根掘り葉掘り聞かれた。
いくら上品に振る舞っていても、私の貧しさを見抜いた面接官は両親のことまで聞いてきた。
幼少期に捨てられた話は殆ど興味本位で聞いてきたのだろう。
商社の事務職はお嫁さん要員もかねているのか、私のような苦学生を求めている訳ではない。
実際、入社したらお金持ちの家のお嬢さんばかりだった。
私は落とされる予定だったはずだが、受かった。
後ほど聞いた話では、子会社であるテレアポの仕事で大学生ながらに責任者を務め売上を出していた事が評価されたらしい。
つまりは兵隊要員だ。
それでも、商社勤務は短いながらも楽しかった。
私は散々ブラックな職場でバイトしてきたが、大手のホワイト企業は福利厚生もしっかりしていて社員を大切にしていた。
その仕事を辞める決意がついたのは、原裕司が私の夢である家庭をくれると思ったからだ。
「彼女は最悪な婚約者に一方的に婚約破棄された上に結婚詐欺師扱いされて苦しんでるんだ。それって、原くんだったのか。山田真希って同姓同名の他の子かと思ってた」
わざとらしく大きな声で言った城ヶ崎慎一郎の言葉に皆の注目が集まる。
「この女に何を吹き込まれたんですか? こいつは本当に最低な結婚詐欺師ですよ。元々俺と結婚する気もなかったんです」
私を指差し自分が被害者だと主張する原裕司。
彼の記憶から自分が浮気したことや私に縋り付いた記憶は消されてしまったようだ。
「人の婚約者を結婚詐欺師呼ばわりしないでくれる? 彼女は君が浮気して一方的に婚約破棄されたって言ってたけど?」
私を引き寄せながら淡々と言う城ヶ崎慎一郎が睨みをきかせていた。
自分に都合の良い話だけを周りにしていた原裕司は私を睨みつけている。
私は何だかこの茶番のような復讐が馬鹿らしくなってしまった。
こんなのはただの憂さ晴らしに過ぎない。
ふと、今、川上陽菜に復讐しようと彼女を越えるシステムを構築しようとしている雨くんを思い出す。
自己愛の化け物である母親が一番大切にしている名声を取り上げる。
あれこそが本当の復讐だ。
周りを見ると、どこから湧き出たのかアテンドのような港区女子に加え弁護士バッチをつけた人やテレビで見るような有名社長もいる。
学閥の強い某大学のグループラインで集まったメンバーの評判は祐司にとって打撃なのかもしれない。
「婚約していたのに浮気だって、最低⋯⋯」
「原裕司って浮気原因で北海道に飛ばされたって、風の噂で聞いたよ」
「あいつ経費横領したって話を実は三友商事に就職した奴から聞いたんだけど」
ヒソヒソと噂する声が聞こえている。本当に世界は狭くて悪いことはできない。
同じ大学のOB同士で繋がりが強いだけあって、噂の回りは早そうだ。
原裕司が居心地が悪くなったのか、私を鬼のように睨みつけるとレストランの外に出て行った。
「逃げちゃったね。少しはスッキリした?」
私のためにやったとでも言いたさそうな城ヶ崎慎一郎にため息を吐く。
彼がやっていることは全て自分のためだ。
それが分かるけれど指摘して喧嘩する気も起きない。
「スッキリしました。ありがとうございます」
私の返答に満足げに笑う彼。
全くスッキリなんてしていない。
ずっとあるモヤモヤの原因が分かっているが無視する。
挨拶が続いて肩が凝ってきた、私は1人になりたくて城ヶ崎慎一郎に断りを入れる
「お化粧直ししてきます」
「おう。行ってらっしゃい」
私の言葉にひらひらと手を振る彼と私は仲睦まじく見えてそうだ。
お手洗いに向かう途中の廊下で急に腕を引かれて壁に押しつけられる。
「痛っ!」
「お前、ふざけんなよ。この結婚詐欺師が!」
「ちょっと、何?」
血走った目で私を凄い力で掴む原裕司の目には殺意があった。
私に愛を語り、プロポーズをし、捨てようとし、縋ってきた男。
今、彼は私を殺したいくらい憎んでいる。
「お前と会ってからこっちは地獄なんだよ。北海道に飛ばされるし、変な疑惑かけられて会社に居辛くなるし」
彼は爪をたて私の肩を握りつぶしそうな勢いだ。
「それは全部、原さんが悪いのでは?」
私の他人事のような問いかけは火に油を注いだ。
「この疫病神が! お前が悪いんだろうが! お前の昔の話聞いた時から俺はお前の周りは全員不幸になるって思ってたよ。お前が全部悪いんだよ!」
祐司の攻撃的な物言いに私の中の何かが切れた。
彼の事なんてもうどうでも良いと思っていたが、最上級の復讐をプレゼントすることにする。