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第16章 桐島雨の挑戦(雨視点)

第129話 俺は紛れもなく川上陽菜の子だ。

桐島雨とは俺の本当の名前ではない。

赤ちゃんポストに捨てられた俺につけてくれた名前。


晴人が俺の真の名前。

きっと一生名乗ることはない。


川上陽菜を逮捕に追い込んだが、俺の復讐は達成しなかった。

彼女は賢く狡猾で精神異常を装う。

それ以上に、彼女が作った社内管理システム『HARUTO』が日本中で使われていた。

それは彼女が逮捕されてからでも関係ない。


だから、俺を虐待した上で捨てた母親に復讐するのは難しい。

人心掌握の天才である川上陽菜は刑務所でも帝国を作るだろう。

そして出所した後は、刑務所での経験を自分の貴重あn経験のように綴る。


人々は涙する。

本当に彼女は悪なのか?


天才ゆえの苦悩があったのではないだろうか?

実際多くの大企業が彼女の作ったシステムに頼っている。

彼女は生まれるのが早すぎた。彼女を理解できなかった自分たちが成長途上過ぎたのだ。


手に取るように川上陽菜の筋書きが読める。

狂ってしまったのは慣れない育児に悩んだせい。


─────周囲に寄り添う姿勢を見せる。世論をコントロールするのは簡単だ。


才能はあるのに、子育てという多くの人間が直面する問題に躓く彼女に皆共感する。


反吐がでる。冗談じゃない。俺は間違いなく捨てられた。

ズタズタの体の0歳児を受け入れてくれたのは施設の人。

児童養護施設というと酷いイメージを浮かべる人が多いかもしれないが俺のいた場所はそうではなかった。


─────記録。俺はとにかく自分について記録されたものを読んだ。


赤ちゃんポストに入れられた捨て子の0歳児である俺は傷だらけだった

虐待されて来た子である俺を受け入れる施設は動揺しつつも過保護な程に守った。


『雨って、人につけるような名前じゃないよね。改名手続きもできるらしいから』

施設にいたのは15年。見送る初老の女性は5年前にここで勤めてきたばかり。

それでも彼女は俺に対して親身になってくれた。

「ありがとうございます。でも、気に入ってるんです。この名前」


『雨』という文字はマイナスイメージ。

晴子、晴人はいても、雨子、雨人と子供につける人はなかなかいない。

だけれども、施設の人が泣き過ぎる俺を見てつけてくれた名前が愛おしかった。


親にも捨てられた子を見て哀れに思い、あまりに手が掛かって苦しんだ。

そんな中で名も無い捨て子につけられた名前、『雨』。

雨のように泣いてばかりの俺が大人になる頃には全く泣かなくなっていた。


何もかもが自分の人生の外側で再生されているドラマ番組のよう。

驚く程に、親切にしてくれる坊っちゃんと嬢ちゃん。

甘い言葉をかければ簡単に思い通りになる女たち。

全てがゲームの世界のような偽物で、その1人1人の人間に心があるなど思いもよらなかった。


俺は自分の楽しさと居心地の良さを優先した。

その自分の絶対的な法則が揺らいだのは間違いなく山田真希のせい。


川上陽菜の指令で近づいた『別れさせ屋』の居心地はたまらなくよかった。

変に言い寄ってこない男性恐怖症の戸部マリア。


お人好しで居場所のない俺に同居生活を提案する五十嵐聡。


2人とも何の苦労もしたことのない坊っちゃんとお嬢ちゃん。

手に取るように心の変化が分かり、少し同情させれば思い通りに動く。

俺にとって最高に居心地の良い場所だった。


そんな天国のような環境の中で現れたのが山田真希。

別れたくないと背を向けた男に縋る女。

みっともないと思いながらも、俺は彼女から目が離せなかった。


「真希姉ちゃん⋯⋯」

俺は直感に従い彼女の身元を調べ、やっと探し求めた人を見つけたと喚起した。

彼女は陽菜さんが見せてくれた保育園の連絡帳に出てきた5歳児クラスの真希ちゃん。


『泣き止まない晴人くんでしたが、出張してきた真希ちゃんが抱っこしたらスヤスヤと寝ました』

(⋯⋯5歳に対して出張してきたって何だよ)

実の姉の晴香よりも登場率の高い彼女のことが気になって仕方がなかった。


たった5歳の女の子の行動を真剣に語る保育士のコメントに思わず笑みが漏れる。

うちの両親がコメントを書く日は三日に一度くらい。

他は読了したとばかりにハンコばかり押していた。



(この人たちなら俺を捨てるな)

自分でもドライに人を見定めていると思う。

児童養護施設には様々な種類の子がいた。


「育てられない、迎えに来る」と言いながら泣くだけで無責任な親を待つ子。

恋人に捨てられたJKに預けられた子。

そんな子たちから見ても俺は最上級に可哀想な子らしい。

ポストという人間が入れられるはずのない場所に捨てられた子だからだ。

でも、俺は自分が可哀想だとは思えなかった。


周囲と見比べても見目も優れているし頭も良い。

中学生まで実際施設から通っていたが、俺はモテた。

しかし、不思議なことに誰に好かれようと全く嬉しくない。

むしろその「好き」という感情を弄んで傷つけるのが楽しかった。


そんな俺は紛れもなく川上陽菜の子だ。


それでも、唯一大切にしたいと思いえる人がいた。

真希姉ちゃんだ。

愛を求めていないと思い込んでいる彼女は誰よりも愛して欲しいと願っている。


「俺は好きだよ。真希姉ちゃんが大好きだ」

俺の中には常に溢れ出る真希姉ちゃんへの渇望があった。

調べれば直ぐに分かった真希姉ちゃんは俺の本当の姉ちゃんだった。

腹違いの姉への執着を俺は拗らせ始めていた。


真希姉ちゃんが、母へ復讐したがっている。

俺の中で擦り寄って来た母は別に憎くもなければどうでも良い存在だった。

しかしながら、真希姉ちゃんの願いを叶える為に彼女を潰そうと思った。

その過程で真希姉ちゃんが傷つくかもしれない。

一瞬心配になったが、俺はすぐに自分の直感に従うことにする。


親に捨てられ俺と同じように天外孤独の彼女が一体今更何に傷つくのだろう。

要領も良さそうだし、本当は人生をゲームのように楽しむ術を知っている。

俺と同じように、誰にも期待していない。


俺は自分と真希姉ちゃんは同じだと考えた。

そして、母、川上陽菜を裏切り真希姉ちゃんを幸せにするプランを考えた。

真希姉ちゃんにとって何が良いかを考え母を地獄に追い込んだ。


真希姉ちゃんは俺の立ち回りに驚き感謝してくれた。

やっぱり俺は正しかった。俺は川上陽菜を地獄行きにした後も真希姉ちゃんの監視を続けた。

彼女の下手くそな人生の生き方は俺が彼女を幸せにしなければならないという義務感を強くさせた。



彼女は聡さんと一緒にいるのが一番良いのに、彼の親に拒否された。

まあ、聡さんは名家の坊ちゃんで、真希姉ちゃんは両親に捨てられた挙句、母親は自殺、父親は不倫相手に殺されたという問題のある家庭育ち。

彼女自身も予想していた通り、彼の家族は彼女を受け入れなかった。


聡さん自身は一緒に住んでいた時に、甥っ子、姪っ子いるから自分は将来DINKSでも良いなんて言っていた。

でも、明らかに彼の両親はそう思っていない。


銀座でのフレンチやその後の会話を盗聴してても、真希姉ちゃんの家庭環境だけでなく子を産まない選択をするのが受け入れられないように聞こえた。

聡さんは自分の決定を親は全て受け入れてくれると未だ勘違いしている。


子供なんて最後まで責任を持てるか分からない。

実際、俺も真希姉ちゃんも親に捨てられた。


聡さんの親も自分たちのコミュニティー内の人間しか彼の結婚相手と想定していなかったのだろう。

とびきり不幸な境遇の子に同情はしても、自分たちの身内にはなって欲しくない。

聡さんは鈍感なところがありその空気を感じ取れず、敏感な真希姉ちゃんは居心地の悪さに苦しんだ。




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