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第18話 ボクにとっての幸せと僕の幸せ

 抜けるような青空の下、のどかな時間が流れる静かな公園で、南月は真剣な眼差しを受け止めていた。

「本当にいいのかい?」

 念押しするような言葉に向かって、南月はしっかりと頷いた。

「護さんしか考えられません」

 左の薬指に輝く大きめの指輪を見ながら南月は目を潤ませた。

「ありがとう。……分かってるんだ。君は、日本……いや、世界の頂点に立つアルファの伴侶になることができる人で、その方がずっと多くの幸せを手にできるって、分かってるんだよ」

「そんなこと……!」

「端っから負けを認めてるみたいに聞こえるかもしれないけど、でも、オメガはアルファとツガイになることが自然で、それが正しいことだと思う」

 少し寂しそうな笑みで言う護に、南月は泣きそうな顔を向けた。必死に首を左右に振って否定する。

「僕の一番はあなたです!」

「こんな……、サプライズでプロポーズしようってカッコつけて、サイズの合わない結婚指輪を贈ってしまうようなボクが一番?」

 南月は目元を潤ませたままプッと吹き出してしまった。

 確かに結婚指輪は全くのサイズ違いだった。でも、色恋沙汰に慣れていない護が、独りで指輪を準備した姿を想像しただけで胸の奥が熱くなった。

 込み上げてくるものを噛み締めながら、南月は改めて言った。

「護さんも知っているでしょう? 僕にとってアルファは……。アルファと幸せになるなんて考えられません。護さんの傍に居られることが僕の幸せです」

「ありがとう」

 ギュッと抱き合い、至高の時間を噛み締め合う。そうしながら、南月は耳に囁かれた言葉に涙を零した。

「ボクにとっての幸せは、君が笑顔でいてくれること。ボクは全力で君を想い、君のためにどんなことでもする。忘れないでね」

「はい!」

 ギュッと強く抱き締められる感触。それがとても心地良くて、南月はその幸せに浸った。

 お互いの体温を感じ、肌で幸せを確かめ合う時間はなにものにも代えがたいものだ。


 大切にしたい――。


 心からそう感じて思いを新たにする。 

 が――。

 なにかが違う。

 ペチペチと頬を叩かれているのが分かった。

 幸せな感触なのに、容赦なくて強引さが否めない。判然としない意識の中で「あれ?」と小首を傾げた時だった。

「ママ! おぎにりたべたいの!」

「おぎにり、たべたいのぉ!」

「は、はい!」

 一気に脳が覚醒した。

 目を開けると、首元と腕にギュッと愛娘達が抱きついていた。

「おきて!」

「おきて!」

「おぎにり! おしおのおぎにり!」

「おしおのおぎにり! たべたいの!」

「は、はい、はい! 塩むすびを作ろうね」

 揃いのパジャマを着た二人が柔らかい頬を擦り寄せてくる。幸せな夢を強制的に終わらせた愛の塊に苦笑しながら、南月は急いで身を起こした。

 二人と一緒に顔と手を洗い、おむすびころりんの歌を歌いながらリクエストに応える。保育園で歌っているのか、二人は両手でコロコロ転がる様子を表しながら朝食を待っていた。

「はい、どうぞ」

 小さなお皿に大きめのおにぎりを乗せた。すると、二人は目を輝かせて両手を広げる。

「おっきい、おぎにり!」

「おっきい~! おいしい~」

 今朝はいつにも増して二人が可愛く見えた。会話をしながら食事を摂る。そんな普通の日常がかけがえの無い物に思えた。

「いただきます!」

「いただきます!」

 大きな声で挨拶してから、二人はおにぎりを頬張った。

 ハフハフと口を動かし、一生懸命食べる姿は愛おしさの塊だ。

「ママ、おいしいよ」

「おぎにり、おいしいよ」

「良かった! 美味しいって言ってもらえて、嬉しいよ」

「ママ、うれしいの?」

「うん。とっても嬉しい!」

「ママうれしいの、さほ、うれしい! おいしいの、だいすき。ママ、だいすき」

「さきも! さきもママ、だいすき!」

 頬や手にいっぱい米粒を付けながら食べる愛娘が連発する「大好き」を存分に浴びるとは、なんと贅沢なことか。表情を崩しながら、南月はフッと気が付いた。

「……口に出して言えば、気持ちが伝わる……」

 当たり前のことだが、今、重大なことに気付いたような気がした。

「……」

 夫を失って以降のことが脳裏をよぎる。

「言葉で……伝わる……想い……」

 壁に貼った絵が見えた。


 双子が描く、二人のパパ――。


 黄色のパパと、青のパパ。


 南月はゆっくりと立ち上がった。

 明るい窓辺に近付き、そっと手を伸ばす。

 そして、震える手で「それ」を起こした。

「護さん……」

 変わらない笑顔がまぶしかった。

 線香に火を灯す。久しぶりに線香の香りが漂った。

「パパ、おはよう!」

「パパ、おぎにりおいしいの!」

 米粒がたくさんついた手を差し出して挨拶をする二人の頭を優しく撫でながら、南月は真正面から護の笑顔を受け止めた。

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