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第70話災厄の悪魔 6

 レシファーはゆっくりと歩き出し、アザゼルに向かっていく。


 そして辺りにまだ残っている木々が消え去り、それらが緑の粒子となってレシファーの右手に集約されていく。


「切り刻んであげます」


 レシファーの右手に集まった緑の粒子たちは、黄緑色に発光しながら剣の形を模していく。


「フハハハハ!! 面白いぞレシファー! まさかそんな奥の手を隠しているとはな!」


 アザゼルは心から楽しそうに笑う。


 完全にこっちをなめている。


 アザゼルは最後に勝つのは自分だと信じて疑っていない。自分が負けるビジョンなど一切頭にない。


 自身が最強の悪魔であることを疑っていない。だから彼にとってみれば、敵は強ければ強いほど愉快なのだ。どうせ自分が勝つのは決まっているから、少しでも手応えのある者を倒したい。


 そういう欲求なのだろう。


「死ね」


 レシファーがそれだけ囁くと、発光する剣を構えて、アザゼルにむかって走り出す。


 私は大型魔法の行使に向けて、周囲の魔力を両手に集めながら戦況を見守る。



 レシファーの移動スピードが急激に増し、アザゼルの目の前に一瞬で移動する。


 そして右手の剣を振るう。アザゼルは後ろに飛んで避けるが、剣を振った残像から、先端が鋭く研ぎ澄まされた草花が凄まじい速度で発生し、ジャンプ中で躱せないアザゼルに襲いかかる。


「なに!?」


 アザゼルはまさかの攻撃に驚きながらも、迫りくる草花を自身の剣で切り裂こうと振るうが、アザゼルの巨大な剣でさえ、その草花を切り裂くことは叶わなかった。弾くのが精一杯。


「固いな!」


 そう感想をもらしたのも束の間、すでにレシファーはアザゼルの背後に移動し、剣を振るう。今度はアザゼルも間に合わず、剣の直撃を受ける。


「ぐああああ!!」


 背中から切られたアザゼルは、そのまま前方に数メートルほど吹き飛ばされ、地面に転がる。


 初めてアザゼルにダメージというダメージを負わせることができた。


「私のこの形態は、自身を命の魔法そのものとすることで、飛躍的に身体能力と剣の威力が高まった状態……このまま切り刻んでさしあげます!」


 レシファーはそう宣言すると、転がるアザゼルに剣を振りかざす。


「舐めるな!」


「獄門! 陽炎地獄!」


 アザゼルは剣を手放し、両手をレシファーに向けて短い詠唱を口にする。


 レシファーは危険を感じたのか、剣をさげ、後ろに下がる。そしてその判断は正解だった。


 ゆっくりと立ち上がるアザゼルの周囲の地面が、直径五メートルほどにわたって赤黒く光りだす。


「なるほど確かにお前は強いぞレシファー。他の冠位の悪魔と比べても間違いなく最強クラス。我に傷をつけた悪魔など、お前ぐらいだ」


 アザゼルの声は周囲に木霊する。もはや口では喋っていないように感じる。


「よって我も本気で相手をしよう! 我が最強の悪魔と言われる所以を見せてくれる!」


 そう言って地面を足で叩くと、アザゼルを中心に巨大な四つの岩壁が前後左右に浮かび上がる。それらは高度をあげていき、ちょうどアザゼルの頭上で停止する。


「焼け死ね!」


 そう叫んだ瞬間、頭上に浮かび上がった四つの岩壁の中心に小さな光体が発生する。


「そんなまさか!」


 流石のレシファーも驚きの表情を浮かべる。


 私から見ても異常な光景だった。


 その光体は徐々に大きく眩しくなっていく!


 その光が照らした地面を、焦がしていく!


 まるで小さな太陽。


 アザゼルのこの魔法は天体を模したものだった。彼によって作られた疑似太陽は、その大きさを肥大化させ、最初は人の頭ぐらいの大きさだったのが、今ではアザゼル本人ぐらいの大きさにまで成長している。


「マズイ!」


 私とレシファーは同時に口にした。


「アレシア様!」


 レシファーは一瞬で私の真横に移動すると、右手の剣を解除する。


「命よ、緑の残滓よ、大いなる災いの盾となれ!」


 彼女の詠唱によって、緑の粒子たちが輝きだす。


 おそらくこれがレシファー最大の防御魔法。


 輝く緑の粒子たちは、私とレシファーの前に漂うと緑色に輝く盾が出現する。


 その形はどこか見覚えがある。



 そうだ、エリックが持っていた盾とまったく同じ形!


 違うのはその魔力量だけで、それ以外は瓜二つ。


「アレシア様の方は?」


「後は詠唱するだけだけど……大丈夫? 私も防御に徹した方が」


「いいえ大丈夫です。この魔法はエリックの盾をもとに考えたものです。絶対に私達を守ります! ですからアレシア様は攻撃を!」


 レシファーは首を横に振って、自信満々に答える。


 エリックの盾なら絶対に私達を裏切らない。守り通す。


「命よ、」


 私は静かに詠唱を開始する。


「残酷なる樹海の主よ、」


 私が詠唱している間にも、アザゼルの疑似太陽は膨れ上がっていく。


「死ね!」


 アザゼルがそう叫び、疑似太陽を私達に向かって投げつける。


 疑似太陽が通り過ぎた地面は焦土と化し、通った後には一切の生命が存在せず、まさに地獄の太陽と言っても過言ではない。


「止めて見せます!」


 レシファーは盾を、飛来してきた疑似太陽にぶつける。


 疑似太陽の燃え盛る音と、固い金属がぶつかったような甲高い音が周囲に鳴り響く。


「侵入者に絶対の絶望を、」


 私はレシファーとエリックの盾を信じて詠唱を続ける。


 生き残るための魔法ではなく、確実にアザゼルを殺しきる魔法を!


「歯向かう者に必中の一撃を!」


 盾が疑似太陽を押し返し始めた時、私の魔法は完成する!


「ローズパニッシュ!」


 私がそう叫ぶ。


 魔法の発動と同時に私から見える範囲全ての土地が、バラ畑に変貌する。


「なんだこれは!?」


 アザゼルは驚愕の表情を浮かべる。


 アザゼルはバラ畑のバラを散らそうと踏みつけるが、バラはビクともしない。


「無駄よ!」


 私が指を鳴らすと、周囲の生えているバラ達から一斉に棘のツタが上空に伸び始める。


「行け!」


 全てのツタが上空十メートルほどまでに伸びきった時、私の合図で一斉にアザゼルに襲いかかる。


 そのツタ一本一本が変幻自在の動きをし、アザゼルを追いつめる。


「獄門! 陽光の鎧!」


 アザゼルはたまらず魔法を行使する。さっきの疑似太陽のような光の鎧がアザゼルを覆う。


 するとその陽光のカーテンに触れたツタは一瞬で灰になり、朽ちていく。


 踏みつけても剣で切っても切れないあのツタを灰にするとは……恐ろしい魔法だ。


 だけどもうおしまい。


 もう勝負は決まっている。


 アザゼルは勘違いしている。


 バラが地面からしか生えないと思うな!


「流石ねアザゼル。だけどそれじゃあ守れない。守る方向を間違えたわね」


「どういう意味だ!?」


 私の態度を不審に思ったアザゼルが尋ねる。


 彼からしたらそうだろう。


 完璧に守っているつもりなのだから。


 傍目からみたらそれは正しい。


 地面から伸びた棘のツタたちは、そのどれもが陽光のカーテンに遮られ灰になっていく。


 だけどアザゼル。


 自身の内側は警戒したかしら?


「さようならアザゼル。これで終わりよ」


 私が再び指を鳴らした瞬間、アザゼルの体内から一気に全身の皮膚を突き破り、漆黒の黒バラが咲き誇る。


「な、なぜ……」


 アザゼルは口から血を吐き、全身からは血と魔力がこぼれだす。


「私の黒バラの養分は強い魔力。この場にいる誰よりも強い貴方の魔力に反応したみたいね」


 この魔法は、自分より強い者が相手の時しか使えない。


 もしも相手の方が弱ければ、あの黒バラは術者本人を食い破るだろう。


「何か言い残すことはあるかしら?」


 私は全身から咲き誇った黒バラを見つめながら、アザゼルに最後の問いかけをする。


「我は負けぬ……再び舞い戻り、貴様に復讐を……」


 アザゼルの声は弱弱しく、もう戦う前の圧迫感は無くなっている。


 その存在が希薄になりつつある。絶命の時は近い。


「そう。好きにすれば良いわ。だけどもう貴方は蘇らない。貴方だって知っているでしょう? 異界で死んだ悪魔は消滅する。それに……」


 私は大きく息を吸って、最後の言葉をアザゼルに送る。


「復讐は私の特権よ? 知ってる? 黒バラにも花言葉があるの」


 アザゼルは虚ろな目で私を見つめる。


「黒バラの花言葉は”憎悪”。今の私達にもっとも相応しい言葉だと思わない?」


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